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邪魅
邪魅
霞花怜
ホラー都市伝説
2025年05月26日
公開日
1.4万字
完結済
【21:00】 学校で、職場で、何気ないやり取りの中で、 悪意のない言葉に傷付く。 繊細なんだね、といわれるその言葉にすら、気が滅入る。 そんなときは、思い出してみるといい。 変り映えなどないはずの日常で、触れてはいけない何かに触れてしまった 何気ない瞬間が、きっとあったはずだから。 ※『仄暗い灯が迷子の二人を包むまで』に登場する  主人公・瀬田直桜・枉津楓・田中陽介がサブキャラで出てきます。  世界観は同じ。アナザーストーリーです。

第1話 つまらない毎日

 つまんないな。

 そんなのはいつも思っている頭の中で、今更繰り返すまでもない。


 クソ詰まんねぇ日常に、ちょっとでも楽しい何かを見付けたいから、

 そのためだけにファインダーを覗く。


 今日もそうだった。


「潤、今日は帰るの? 部活行かないとか、珍しいじゃん」


 話しかけてきたのは同じ学部の田中陽介だ。

 大学の中でも、他の奴よりは話す友達だけど。


「撮りたい写真があるんだ。だから、今日は外で活動」

「相変わらず熱心だな」


 熱心という程じゃない。

 他にやりたい何かがないだけだ。


「陽介は、今日は飲みないの?」

「直桜と楓に断られてさぁ。他に当てもねぇし、ナシかな」


 一年の頃からコンパだ合コンだと忙しくしていた陽介は、四年になっても変らない。

 ある意味で、そのバイタリティには頭が下がる。


「潤だって、誘ったって行ってくれねぇんだろ」

「行かない。忙しいし、飲みとか合コン、興味ない」


 興味がないというより、疲れるから行きたくない。

 何故に、どうでもいい相手に愛想を振り撒きに行かなきゃならんのか。

 疑問しかない。


「楓といい、潤といい、モテる奴ほど飲み嫌いだよなぁ。そりゃ、行く必要ねぇよなぁ」


 陽介が不貞腐れている。

 大変、心外だ。


「俺はモテない。オタクで根暗だから、女子とは縁遠いよ」


 それはもう中学の頃から変わらない。

 陽介が、じっとりとした目を向けた。


「そう思ってんの、お前だけな。ミステリアスで素敵! とか言われてたぞ」

「話したら性格バレて飽きられるやつな。そういう浅いの、興味ねぇんだよ」


 自分の理想通りではなった、とかいう理由で不満を言われるのは、ムカつく。

 そういう感情の無駄は極力避けたい。


「別にいいじゃん、浅くて。そっから深くなんだろ」

「大概ならねぇよ。つか、お前はどこまで付いてくんだよ」


 大学の敷地を出て歩いているのに、陽介がずっと付いてくる。


「どっか行くなら俺も行きてぇ」


 子供のような理由で行動するやつだ。

 阿保だと思うのに、どうしてか、陽介は嫌いになれない。

 明るくてお調子者で、誰にでも分け隔てない。

 そんなやつだから嫌われないんだろう。

 自分と違って世渡り上手だ。


「お前、怖い話とか平気? 今から行くの、例の祠だけど」

「例のって、大学で噂んなってる、アレか? 怨霊が見えるとかいうヤツ」


 陽介の顔が蒼褪めた。

 大学では今、ちょっとした都市伝説が流行っている。


 宅地開発で動かしてはいけない祠を動かしたせいで、封印されていた怨霊が解き放たれた。

 以来、この周辺は怪奇現象が多発し、行方不明者も出ているらしい。

 噂ばかりが独り歩きしている眉唾だ。

 だが、祠の周辺は人気もなく近くに神社もあるから、雰囲気がある写真が撮れそうだ。

 噂の都市伝説のお陰で、折角存在を知ったから、行ってみようと思った。


「ソレだよ。祠って大学の裏山の麓だろ。近いから撮りに行こうかなって」

「怨霊を?」

「幽霊とか怨霊って、写真に写り込むっていうだろ」

「でもそれ、一眼レフのデジカメじゃん。あーいうのって、もっとレトロな機械じゃないとダメなんじゃねぇの?」


 陽介が潤の肩に下がったカメラを指さす。


「媒体は関係ねぇだろ、多分。一応、トイカメラも使い捨ても、古いねじ巻きも持ってきてる」

「一応の割に準備がいいな、おい」


 陽介が引き気味に呆れている。

 写真部である潤は、趣味がカメラだから、大抵の機器は揃えてある。

 古いフィルムの写真現像だって、お手の物だ。


(さすがにガラス盤は経験ないけどな。いつかやってみたい)


「機械も詳しいけど、潤は撮るのも好きだもんな。この前の四季の写真、県のコンテストで入賞してたろ」

「なんで知ってんだよ」


 狭義の趣味の、一部の人間しか知らないような話だ。

 驚きすぎて照れた。


「大学に飾ってあんじゃん。直桜が褒めてたから、俺も知った。塚元の写真好きだって、言ってたぜ」

「瀬田が? 話したことねぇけどな」


 同じ学部の瀬田直桜とは、特別仲が悪くもない。

 だが、良くもない。

 いわゆる普通の、同じ学部の学生。それだけだ。


「直桜も潤と同じで愛想ねぇからなぁ。似てるよなぁ、お前ら」


 愛想もなく口を利くどころか笑った顔すら見たことがない直桜と同じといわれても、嬉しくない。


(けどまぁ、同種の人間なんだろ。必要以上に周囲に関わらずに、平和に生きたい)


 人間に関わると、良くも悪くも感情が動く。

 それが、非常に煩わしい。


「夏川さんも好きって言ってたぜ」


 さらりと流れた言葉に、ドキリとした。

 しすぎて手が滑って、カメラを落とした。

 重いカメラに首が引っ張られて、前のめりになった。


「おい、大丈夫か? 落として壊れたらヤベェだろ。何十万だよ」

「びっくりした、手が滑った」


 単語がカタカタ口から零れた。


「なんで、夏川さん?」

「何でって、結構みんな見てるぜ。久伊豆神社の風鈴の短冊って、毎年夏になると、やるんだろ? 子供の頃から、好きなんだってさ」

「へぇ、そうなんだ」


 夏川遥が自分の写真を見ていたなんて、初めて知った。

 大学がある埼玉県岩槻の出身だというのも、初耳だ。


(地元の催しの写真、撮って良かった。夏川さんに観てもらえた)


 しかも、気に入ってもらえた。

 それだけで、かなり嬉しい。


「てか、陽介は夏川さんとも仲いいんだ。学部違うのに。飲みとか行ったりすんの?」

「あー、時々なぁ。夏川さん、誘ってもあんま来てくれないから。美人だしモテるから仕方ねぇけど」


 嬉しいような悲しいような返答だ。

 陽介には遥と話すきっかけがあるらしい。

 ちょっと羨ましい。


「なぁ、この辺じゃねぇの? 例の祠」


 陽介と話しているうちに、大学の裏山に付いた。

 竣工した工事が中途半端に止まっているのか、立ち入り禁止の看板があるだけで、人気はない。

 潤はコーンをそっと退けて、中に入った。

 後ろを陽介が付いてくる。


「バレたら叱られんぞ。本当に付いてくんのか?」

「今更じゃん。ここまで来たら、俺も見たいって」


 仕方なく潤は、陽介と一緒に木々の茂る山に足を踏み入れた。

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