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鍵を預かる者 ―Guild Receptionist Elithia―
鍵を預かる者 ―Guild Receptionist Elithia―
水篠ナズナ
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年05月26日
公開日
1万字
完結済
冒険者ギルドで“激カワ受付嬢”と評判のエリシアには、もうひとつの顔があった。 それは――封印指定された禁呪と、ギルド内の深い闇を監視・管理する“特務執行官”。 新人冒険者たちの成長を見守る日々の裏で、過去の宿敵《十三番》が動き出す。 浮かび上がるギルド上層部の腐敗、時を断ち切る禁術の秘密、そして彼女が背負う“正義”の答えとは? 受付嬢としての微笑みの奥に、“鍵を預かる者”の覚悟が燃える。 全ての扉が開かれる時、世界は再び問い直される――

プロローグ

 その冒険者ギルド《緋剣の瞳》には、奇妙な噂がある。


 曰く――「あの受付嬢に惚れると、冒険者として出世する」

 曰く――「あの受付嬢に睨まれると、依頼に失敗する」

 曰く――「あの受付嬢は、Sランク級の魔物を素手で倒したことがある」


 もちろん、ほとんどは誇張であり、尾ひれのついた与太話だ。だが、唯一すべての冒険者が共通して口にする真実がある。


 ――彼女は、美しい。


「初めてのご登録ですね。身分証と、簡易魔力測定をお願いします。あ、それと……緊張してます? ふふ、大丈夫ですよ」


 静かに微笑んだ彼女の声は、まるで上等な紅茶の香りのように、じんわりと胸を落ち着かせる。新人冒険者として受付に立ったばかりの青年は、思わずその場で頷くだけで精一杯だった。


 受付嬢の名は、エリシア・フローレス。


 銀糸のような長髪をふわりとまとめ、ギルド制服に身を包むその姿は、冷たさと温かさの絶妙なバランスで成り立っている。どこか人間離れした気品を備えながらも、応対は極めて丁寧。しかも的確で速い。目の前の冒険者の実力や嘘すら一瞬で見抜いてしまう観察眼は、受付カウンター越しの女神とまで称されている。


 今日もまた、エリシアは変わらず、静かにギルドの窓口に立つ。


 だがその日、ギルドの外れにある町の依頼で、事件が起こった。新人三人組が受けた、低ランクの護衛任務。突如現れた魔物の群れ。破られる防衛線。間に合わぬ救援。


 絶望が迫るそのとき――


「……ご案内、遅れて申し訳ありません」


 音もなく、空間が裂けた。そこから現れたのは、見慣れた制服姿の、あの受付嬢だった。


「ギルド《緋剣の瞳》、受付主任・エリシア・フローレス。……あなた方の救援、兼、任務の後処理に参りました」


 薄く笑うその瞳は、まるで獣のように鋭く、

 その手には、真紅に輝く封呪の札が十枚――


 今、ギルドの“もうひとつの顔”が、静かに幕を上げる。

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