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異能者は一人で眠らない
異能者は一人で眠らない
G3M
現実世界裏社会
2025年05月27日
公開日
1.2万字
連載中
小柄でおとなしい男子中学生の風見弘樹は、義理の母、矢谷令子が顧問兼コーチを務める「鈴之森総合格闘技クラブ」の合宿に参加していた。弘樹は格闘技が好きではない。夜中にこっそり宿を抜け出して一人で公園のベンチで泣いていると、合宿の参加者の一人、安達英子が通りかかった。満月の月明かりのもと、英子は弘樹の涙に引き込まれて……。 <主な登場人物> 風見弘樹・・・・主人公 風見和也・・・・弘樹の父親 安達英子・・・・弘樹の先輩 矢谷令子・・・・弘樹の義理の母親 矢谷麻里・・・・弘樹の義理の姉 宮崎朱良・・・・弘樹の姉 宮崎蓮・・・・・弘樹の妹、蘭の双子の姉 宮崎蘭・・・・・弘樹の妹、蓮の双子の妹 風見正一・・・・弘樹の祖父 風見妙・・・・・弘樹の祖母 宮崎ナナ・・・・弘樹の母親 田中敏夫・・・・ナナの内縁の夫 田中敬一・・・・敏夫の息子 風見仁美・・・・弘樹の従姉 風見順子・・・・弘樹の従姉 風見絵里・・・・弘樹の腹違いの妹 川島弘美・・・・絵里のバンド友達 上野早苗・・・・絵里のバンド友達 上野亜紀・・・・絵里のバンド友達、早苗の妹

第1章 合宿

第1話 英子

 クラブの合宿での、三日目の真夜中のことだった。部員とコーチは公営の宿泊施設に泊まっていた。寝付けなかった安達英子は誰もいない小さなラウンジと受付を通りぬけ、玄関の重いガラスのドアを押して開けた。他の部員は昼間の稽古の疲れでぐっすり眠っているようで、英子が外に出たことに気づくものはいなかった。


 真夏の八月にしては、心地よい風がそよそよと吹いている。昼間の暑さが嘘のようだった。高く上がった満月の明かりであたりの様子がわかる。


 英子はどこか行くあてがあって外に出たわけではない。少し考え事をしたかっただけだ。このクラブ、「鈴之森総合格闘技クラブ」での活動を続けるべきか辞めるべきかを迷っていた。


 「総合格闘技クラブ」という物々しい部名は、もともと部員数が減少した柔道部と空手部を統合した際につけられたものだ。しかも今年からは鈴之森高校での部活動の廃止により、「鈴之森」の名前を追加して地域のスポーツクラブとして活動を続けていた。


 普段は柔道と空手を日替わりで稽古している。英子が得意なレスリングの稽古は、月に二回ほど外部から専門のコーチが呼ばれたときだけだった。


 レスリングで全国大会を目指していたころの情熱はもうない。だがクラブをやめたとして、自分はどこへ行けばよいのだろう。何をすればよいのだろう。子供のころから通っていたレスリングの道場にはもう戻れない。総合格闘技と聞いて顔をしかめた師匠の顔を思い出す。


 だが毎日授業を受けるためだけに高校に通う自分をイメージできない。


 宿泊施設の隣の敷地は公園だった。芝生の広場があり、朝食前のジョギングの集合場所にしている。英子はまとまらない考えを行きつ戻りつさせながら、たしか公園の奥にベンチがあったはずだ、と思い出しながら芝生の上を歩いた。


 並木の陰にベンチが見えたとき、英子はぎくりとして立ち止まった。子供が一人、ベンチに座っている。こんな人里離れた真夜中の公園に子供が一人でいるなんてありえない。背中にゾクリと冷たいものが走った。


 子供は英子の気配に気が付いたのだろうか、うつむいていた顔を上げた。英子は知った顔であることに気が付いてほっとした。近づいて声をかけた。「弘樹、ここで何しているの?」



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