【本文】
本日の路地裏にはなんと、カラー半グレが勢ぞろいである。
赤青黄色の各種鬼魔族に、緑のオークが加わった。路地裏でピンク肌の小柄なひょろがりを追い詰める。
「ヒイイイイイッ! お助けぇ!」
ひょろがりが悲鳴をあげた。子供みたいな体躯(たいく)だが、顔はおっさんで目が異様にぎょろっとしている。黒目がちで白目がほとんどない。
頭髪も落ち武者感のあるはげ散らかしっぷり。手足は枯れ木のように細い。
商人風の服装だが、靴もバッグもボロボロで、服の肘や膝に穴が開きっぱなしだ。
ダメージジーンズってレベルじゃないな。痛めつけられる前からやられすぎである。
半グレ連合のリーダーは赤鬼魔族だった。
やっぱセンターって赤なんね。
「おいこらガキみてぇなおっさん。ちっとは金持ってんだろ?」
「も、ももも、もってない」
「俺ら今、困ってんだよ。最近めっきりカモがネギしょって迷い込んでこなくてよぉ。どいつもこいつも赤いバンダナ腕に巻いて、なんかありゃあ笛吹くなりベル鳴らすなり。で、あいつらを呼ぶばかりか犬連中が武器もって囲んできやがったり」
「な、なな、なんの話?」
「おっさんみてぇなお上りさんがいねぇってこと。こう見えて俺ら元ゴクド組なんだよ」
「ひ、ひひひ、ひいいい」
「組の再興なんざ考えてねぇけどな。組長がどこぞの暗殺者に吊されて、今じゃ面子もなにもあったもんじゃねぇ。シマは他の組織にあっという間に染められちまった……惨めったらねぇぜ。なあ、俺らが何したっていうんだよなぁ? なんもしてねぇのに、ある日突然、全部なくなっちまったんだ」
ふーん、そういう感じなんだぁ。
物陰に隠れたまま、私は思い出す。
そういえばサキュルを解放するために、前に潰したよな。ゴクド組。
全部が全部、幸せな取り引きなんざ無理だと思うよ私だって。
誰かの不幸の上で成り立つ幸せってのが大半かもしれん。現実的に考えて。
けどさ――
残党がいかに惨めな思いをしようとも、誰かの不幸のみで成り立つ幸せで成り上がってきた連中には、同情の余地なんて欠片もない。
赤鬼魔族がピンク肌ヒョロガリおっさんの襟首を掴んで持ち上げた。
「ぐ、ぐぐぐ、ぐるじい」
「振って叩けば魔貨が落ちたりすんじゃねぇかおっさん?」
手を出したな。大義名分いただきました。
頭上から「待て悪党ども!」とカゲ君……改めシャドウジャスティス一号の声。
ここからはいつも通りだ。ただ、認知度が上がったおかげか「誰だ!?」じゃなくて「出たな!」と、カツアゲ君たちの反応も変わりつつある。
建物の上で少年忍者が腕組みポーズ。
「知っているなら話は早い! 今すぐその人を解放しろ! とうッ!」
かけ声とともに英雄的な着地を決める。
少年を青、黄、緑の三人が取り囲んだ。
緑のオークが声を上げる。
「お出ましだ! 出てこいやテメェら!」
各色4~5人ずつ伏せていた兵隊たちが、路地裏にぞろぞろ集まった。
これにはカゲ君も驚いたようだ。
「し、師匠!」
私が隠れてる物陰に視線を向けなさんな。
とりま、人質の安全確保を最優先だな。
短距離転移魔法で赤鬼の背後に立つと、頸動脈に手刀をトン。
意識を失い男はヒョロガリおっさんを手放し倒れた。
が、指揮系統が乱れることなく、上半身ムキムキ系青鬼魔族が声を上げる。
「ガキの方から畳んじまえ!」
「「「「「「「「「「おうッ!!」」」」」」」」」」
私を最初(はな)から無視して、カラフルなバッドボーイズたちがカゲ君……じゃない、一号に殺到する。
「し、ししょ……二号!」
「いいから一号、背中に目をつけるんだ」
「無茶言わないでくだ……破ッ!」
忍者刀を峰打ちモードにして、一号は前後から襲ってくる男たちを迎え撃つ。
左右が壁のおかげで、四方同時に相手をせずに済んだ格好だ。
たった数日の手ほどきだが、元々才能溢れる少年である。以前よりも動きにキレが出ていた。けど、まだ魔法力コントロールは相変わらず苦手っぽいな。
反応速度が肉体強度を追い抜いていた。どうしたって腕や足といった、わかりやすい部分のリソースを割いてしまいがち。
「一号! 後ろから三人来てるぞ。常に全身の可動域に魔法力をまとわせるイメージだぞ」
「は、はいししょ……二号!」
少年は関節に留める意識を持つと、流れる水のなめらかさで逆に男たちの懐に飛び込み、バッタバッタと倒していった。
いい感じだ。あいつ、戦いながら成長してやがる。ってか。
たぶんもう、刀の届く範囲内での近接戦闘なら、私よりも強かろう。
ほら、私って後衛職だしね、基本的に。
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性懲りも無く全滅したカラフル半グレたちが、路地を埋めるように床ペロする。
私が手伝わなくとも、一号には良いトレーニングになったな。
刀を収めて少年が私とピンクおっさんの元に戻ってきた。
「ししょ……二号! なぜ見てるんです?」
「ほら、人質守らなきゃいけないし」
背に庇った小男に向き直った瞬間――
「し、ししししねえええええ!」
ナイフが私の腹部目がけて突き出された。
同時に――
「危ない師匠!」
どすんと私は横から突き飛ばされ……。
「や、ややややったぞおおおおおおおおおおおお!」
ピンクおっさんが少年の胸に銀の刃を突き立てると絶叫した。
チッ……。
私も焼きが回ったもんだ。
「ししょ……ごぶじ……で……」
「カゲ君ッ!?」
黒衣の胸元をさらにどす黒く染めて少年は斃(たお)れた。
ピンクおっさんがにんまり笑う。こいつ、最初から半グレに雇われてたな。
「き、きひひひ! 死んだ死んだ!」
「貴様……本職だな」
普通殺意だの緊張だのが出てしまうもんだ。だが、私にまったく悟らせなかった。
気取られないよう弱者を演じきる。こいつはプロの暗殺者だ。
「ひ、ひひひひ!」
ピンクおっさんはバッグから煙り玉を取り出し地面に叩きつける。
スモーク発生。視界が白く染まった。
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「ひーっひっひっひ! 死んだ死んだぁ! 致命傷だぁ! 心臓ぶちゅっと楽しぃなぁ!」
路地裏で煙幕を張って逃げる。
大通り手前のマンホールが脱出経路だった。
中に飛び込み蓋を閉める。
薄暗い地下の下水道に降りる。
追っ手はこれまい。今頃、死に絶えようとしている仲間に涙してるだろう。
手荷物から魔力灯のランタンを取り出す。このまま運河に出れば……。
不意に、背後に殺気が生まれた。
肩をぐいっと掴まれる。
振り返ると……長身の忍者がいた。
「ひひ? な、なんで?」
「私から逃げられると思ったか」
シュッ……と、何かが空を切る。
次の瞬間、視界がぐるりと回った。ありゃ? 毛たぐられて倒された……か?
あれ? 男の他にもう一人、ズタボロ服の商人風がいる?
ん、これってオレの身体じゃん。
って、ことは――
オレ、もしかして死ん……だ?
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・
私も聖人君子ではない。むしろイラっとしがちだし、キレがちだ。
けど、今回みたいなケースでは感情そのものが凍結して、身体が機械的に動いてしまう。
生かしておいてはいけない。ある種のラインを超えた相手に対して、どこまでも無慈悲に無機質になる。
ピンクおっさんに名乗らせることなく、その首を極大破壊魔法(ソードフォーム)で刎(は)ねる。
すぐに裏路地へと跳び、瀕死のカゲ君に触れてもう一度転移魔法で跳躍。
向かう先はただ一つ。
キャンプ地の……元一級聖女シャロン・ホープスさんの居所である。
頼むから間に合ってくれ。
【後書き】
よいお年を~!
来年もお付き合いくださいませ~!
【リアクション】
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