それは、祖父がまだ小学生だった頃のことです。
九州にある小さな村で、その頃の祖父は所謂立場の弱い少年でした。虐められているというわけではないのですが、リーダーのご機嫌取りとでも言えば良いのでしょうか? そういう立場もあって、自分から何かを発言するということは、あまり無かったそうです。
祖父はある日、小学校の職員室に呼ばれました。彼からすれば何のことだか分かりません。だけど、あれが関わっているのではないかと不安に思うものは、あったそうです。
前日、祖父は少年グループのリーダーから肝試しに誘われていたそうです。ちょっと、村の池にある祠を見に行くだけなのだと、名前もない小さな祠を見て帰るだけだと誘われていました。ですが、祖父はその日、どうしても外せない用事があったのだと言います。彼自身、今となっては思い出せない用事ですけど、その用事があったおかげで、彼は今も生きているのだと語っています。あれは本当に幸運なことだったと、言うのです。
とにかく、祖父を含めた数人の少年が職員室に呼ばれました。確か五人だったと祖父は言っています。五人の少年が、職員室で教師の前に並んでいました。その時、不思議なことに、見知らぬおじさんがその場に居たそうです。おじさんがどういう人物だったのか祖父は詳しく知らないそうです。覚えていないのではなく、分からなかったのだと。祖父はなんとなく、お坊さんなのではないかと言っていました。スキンヘッドの似合う男性だったそうですので。
「おまえたちが祠を壊したのか?」
そんな感じのことを教師は話していたそうです。対して、少年たちは、それが事故だったんだと訴えました。その辺りの会話を祖父は曖昧に覚えているそうですが、とある言葉だけは、その場で出たある言葉だけは強烈に覚えているそうです。
「じゃあ、もうダメだ。君たちもうおしまいだよ」
スキンヘッドのおじさんがぶっきらぼうに言い放った無責任な言葉。その言葉は少年時代の祖父の心に強烈に突き刺さりました。今でも時折、その言葉を思い出すのだと語る祖父の顔には、明らかな恐れの感情が見えました。祖父のそういう顔を見ることは滅多にありませんから、よほど恐ろしい言葉なのでしょう。
スキンヘッドのおじさんは教師に「やれるだけのことはやってみます」というようなことを、話していたそうです。祖父は、言い様の無い不安を感じていたそうですが、それは他の少年たちも同じだったでしょう。彼らは何か、致命的なことをやってしまったのです。
それから回りの動きは早かったそうです。祖父を含めた少年たちは村の寺に集められ、そこで住職に「この部屋から出てはいけない」と、大部屋に集められました。その部屋に居ると、守られている。と祖父には感じられたようで、もしかしたら本当に寺の大部屋には、彼らを守ってくれる、不思議な力があったのかもしれません。
「誰が呼んでも、決して部屋から出てはいけない。決して答えてはいけない」
そんなことを言われたと、祖父は語りました。私が、スキンヘッドのおじさんはどうしたのかと聞くと、祖父は困ったような顔をしていました。職員室以降、謎の少年の姿は見てはいないそうです。そのことは、妙に不気味だと祖父は感じました。
少年たちだけが、部屋に残されました。どうして大人は一緒にいてくれないのかと、祖父は泣きたい気持ちだったそうです。同時に、何故、一緒に居る少年たちに自分も巻き込まれているのかと疑問に思っていたそうです。いつも、一緒に居るグループの一人だとしても、こんな扱いはあんまりじゃないかと祖父は思っていたそうです。
部屋には、日が沈むまでは何の変化も起きなかったそうです。夜になると障子の向こうから音がしたのだそうです。それは猿とか、そういう獣の声を思わせたそうです。少年たちは皆が押し黙り、その場から動かずに外の様子をうかがっていました。障子を開けるようなことは決してありません。外には、複数の影が現れだします。複数の影たちはどうにかして部屋の中に入ろうとして、外をうろうろとしているようだった。そうです。
夜の間中、ずっとそうでした。ですが、やがて朝が来て、影たちは障子の向こうには見えなくなったそうです。その時、祖父は心の底からほっとしたのだと語りました。
それから少しして、また新たな影が障子の向こうに現れました。その場に居た皆が身構えましたが、住職の声で「もう大丈夫だぞ。よく頑張ったな」と声がかかりました。少年たちの中でも特にやんちゃな一人が、障子へ向かい、勢い良く開けました。祖父は、そこに住職型って居る姿を想像していました。しかし、その場に居たのは黒くて、くねくね動く何かだったと、祖父は覚えているそうです。
少年時代の祖父には、その姿を見てからの記憶がないようで、おそらく気絶していたのではないかと本人は語っていました。
そして、その日を境に、直接障子を開けた少年の姿を見なくなったと言います。「おそらく彼はさらわれてしまったのだ」と語る祖父は寂しそうな顔をしていました。