少年時代の祖父の回りで再び事件が起きたのは、一年後のことだったと聞きます。夏のある日、祖父の友人が失踪したのだそうです。失踪した友人は、あの日に、祠を壊したとして職員室に呼ばれた少年たちの一人でした。
なんで? という困惑を祖父は感じたそうです。破壊された祠は新しく建て直されましたし、あの日から一年経っているのに、どうして? 祖父はそう感じていました。同時に、祖父自身には何も起こらなくて良かったと、その時には思ったらしいです。
一人の少年が失踪して、祖父の通っていた学校では色々な噂が立っていました。その中には、やはり祠を壊した祟りなのではないかという、そんな噂もありました。だからこそ、祖父も気にしていたのです。
それから数日後、祖父は奇妙なものを見たと言います。今でも、それを時々思い出しては、言い様の無い不安を感じるそうです。
祖父が見たそれは村の田んぼに揺らめいていたのだそうです。夏の田んぼで蜃気楼みたいに揺らめいて、祖父のことを呼んでいるような気がしたのだと言います。声は聞こえなかったはずなのに、何故か、呼ばれていると感じたそうです。また、手招きをしているようにも見えたといいます。
それは少年時代の祖父が去年見た何かのように、くねくねと動いていました。祖父は直感的にそれを理解してはいけないと思い、踵を返して、来た道を引き返したのだそうです。何かを聞かないように、必死で両耳を抑え、逃げるように走ったのです。
走る祖父を後ろから何かが追って来ました。その時、祖父は絶対に振り返ったらダメだと感じていたそうです。そして、何かの、理解してはいけない音を聞いていたそうです。とにかく、祖父は走ることだけを考えていました。やがて、後方から迫る何かは、狩りを諦めた肉食獣のように、祖父から離れたそうです。そういう気配を背中に感じながらも走り、祖父はなんとか家に帰り着きました。
そうして家に帰った祖父に、更に恐ろしい現象が起こりました。恐ろしい存在から逃げきれたことに安堵し、両耳を抑えていた手を離した祖父は、赤黒い液体が、両手についていることに気付きました。その時、祖父は大いに混乱していました。今も祖父はその現象を介意による祟りだとしか思えないのだそうです。彼は両耳から出血していました。
それ以降、祖父は耳を悪くしました。全く聞こえないほどではありませんが、難聴を患ってしまい、今でも補聴器を必要としています。でも、それで良いのだと祖父は言います。耳を悪くしたおかげで、恐ろしい何かを聞かなくて良くなったのですから。
その年、祖父以外にも奇妙な経験をした者たちが居たそうです。彼らは死んだり、後遺症を患ったりすることはなかったそうですが、皆が遠い場所に、くねくねと動く何かを見たのだと話していたと祖父から聞きました。おそらく、彼らは祖父と同じものを見た。けれど、祖父のように追われるようなことはなかったのでしょう。彼らが幸運だったのか、何かは祖父だけを狙っていたのか、分かりません。
同じ年に、失踪した少年が見かけられました。誰が見かけたのかは祖父も覚えていません。重要なのは目撃情報があったということです。少年は、妙な時間に、妙な場所で目撃されました。
深夜の峠道で、その誰かは車を走らせていました。人通りなんて無いような時間と場所です。そんな場所に、少年はうずくまっていたのだとか。車の運転手は少年の姿に気付いて、車を停めました。車から降りて、運転手が声をかけます。すると少年はにっこりと口を動かし、立ち上がりました。少年はまるで山の中へ誘うように、木々の間を走っていきました。運転手は、恐怖を感じて、少年を追うことはできませんでした。
それきり、その少年の姿は見られてはいません。きっと祠を破壊した罰は続くのだと、祖父は悟ったそうです。時間をかけて一人づつ、あの日集まった少年たちには罰が与えられるのだと、祖父は思ったのです。
その時すでに二人の少年が失踪しています。もしかしたら、祖父もその年に失踪していたのかもしれません。そう考えると、孫の私も、嫌なものを感じます。もしかしたら、ここでこうして祖父の話を語る私は生まれなかったかもしれないのです。
話を戻しましょう。
少年時代の祖父は、このままではいけないのではないか? と考えました。何かの、行動を起こさなければ、また恐ろしい目に遭うかもしれない。そう考えた祖父は、当時祠を壊していた少年たちに協力を求めました。
しかし、少年たちからの返事は協力には否定的なものでした。何故、忘れようとしていることを思い出させようとするのか。そう言われると祖父はもう強くは言えませんでした。ただ、そのことを忘れるというのは、良くないことじゃないかと祖父は感じているそうです。それは、今でも変わりません。
むしろ、忘れるということが、何か恐ろしい結果に繋がるのではないかと祖父は思うのだといいます。