更に翌年、祖父が中学に進学した年。新たな事件が起きたそうです。中学校の入学式で、祖父の友人が何かに怯えるように、その場から逃げ出したそうです。友人は鬼気迫る表情をしていて、ただ事ではないと、祖父は思いました。
友人が逃げ出して、失踪しました。彼も、あの日に職員室へ呼び出されたうちの一人です。あの日の少年たちは、その時になっても祠を壊したことを許されてはいなかったのです。友人が逃げ出した次の日、彼は村の中で見つかりました。彼だったもの、と言う方が適当なのでしょう。
その友人は村の高い木の上に吊るされていました。体内のものが溶けるように、木の下へと落ちていた。そう聞いても、私にはその様子が上手く想像できませんでした。ただ、それが人間業でないことは分かります。人ならざる者の力によって、少年は恐ろしい亡骸へと成り果ててしまったのでしょう。
一時期は騒ぎになったと祖父は言います。けれど、それは事故ということで処理されたそうです。いったいどのような事故なのか、どのようにして、そんな結果になったのか、警察は調べようとはしませんでした。それはまるで、何かを知ることで、縁ができてしまうことを恐れていたようだった。そう祖父は語ります。
その後、次第に騒ぎはおさまっていき、皆がその少年の事件について話題に出さなくなった頃、再び異常が起きました。あの高い木の上で、布のようなものが引っ掛かっていると話す者が居ました。それは人によって見えると言ったり、見えないと言ったり、反応は人によって違いました。それを、見えると言った人たちは、ほとんどの人が、不気味なもののように感じていたようです。
ある日、祖父もその木の上で、布のようなものが枝に引っ掛かっていると気付きました。それは見るべきものではないと感じたそうです。
祖父は、前の年に耳を悪くしてから、その不調を補うかのように目が良くなったらしいです。私にはそれが不思議に思えます。耳を悪くしたとしても、目が良くなったりするものなのでしょうか? それは怪異から送られた祝福のようなものなのでしょうか? あるいは呪いでしょうか? もしかすると、怪異が自らの存在を祖父に気付かせるために、そういうことをしたのかもしれません。いえ、断言することはできませんが。
話を戻します。祖父が見たそれは布のように見え、風に揺れて動いていました。くねくねと踊っているようにも見えたそうです。そして、祖父は気付いてしまった。目が良くなっていたから、かもしれません。祖父は、それに気付いてしまったことを、酷く後悔したといいます。
それは祖父がよく知る者でした。中学校の入学式で何かから逃げ出した友人。彼の亡骸が、もう何日も前に木から降ろされたはずの亡骸が、そこには、ありました。風で飛んできて、たまたま引っ掛かったみたいに、ひらひらと、くねくねと揺らめいていました。中身の無い、人間の皮が揺らめいていたのです。
祖父が身体的な被害を受けることは、ありませんでした。心はだいぶ疲労したそうですが、それだけでした。それでも、何かしなければという気持ちは強くなったといいます。同時に、恐ろしい何かを知ってしまうのではないかと、行動を起こせずにも、いたのです。
せめて、協力者が居たなら、行動を起こすことができるのにと祖父は考えていました。ですが祖父はその思いを周囲に話すことはできず、周囲からも、そういう話は出ませんでした。忘れることだけが、効果のある方法なのだと言うかのように。そういう雰囲気があったそうです。けれど祖父の考えは違いました。それを忘れることだけはいけないと、いつからか、頭にこびりついているのだと、言います。まるで、誰かに忘れるなと念押しをされたみたいに、そう思うのだと語っていました。
何年も立て続けに異常な事態が起きていたため、村を離れるものも居たそうです。その中には祖父の友人の一家もあり、彼らは隣の県へと引っ越していきました。あの日職員室に呼ばれた少年は、祖父と、リーダー格の少年の二人になってしまいました。
そうして、中学一年の年は過ぎていきました。
祖父が中学で二年生に進学する頃、テレビのニュースで、隣の県に越していた少年の一家が皆亡くなったのだと、知ったそうです。当時のテレビには、衝撃的な映像が映っていました。今も、その映像はネットで検索すれば見ることができます。私もその映像を見てゾッとしました。
激しく燃えるマンションの窓に、踊り狂うような人の影が映っていました。くねくねと踊るその人影は亡くなった一家のうちの誰か、だったのでしょうか? 私には分かりません。祖父にも、誰にもその正体は分からないのでしょう。
なんとなく私も、その映像を見た時に感じました。それは、理解するべきではない。理解しては、いけないものがあるのだと、私は知りました。
しかし、だからこそ、気にはなります。祖父の知ることを私はもっと知りたいと思いました。少なくとも、祖父の知っている範囲までであれば、知ったとしても死ぬことはないはずですから。私は祖父を安全のラインだと認識していることに気付き、嫌な気持ちになりました。