やめておこうと言ってからものの数秒で白露先輩はウズウズそわそわとし始めた。
「ダメだ、何か代わりの露出をしないと耐えられそうもない……そうだ!」
そう言って立ち上がった白露先輩は、生徒会室の窓に向かって歩き出した。
そして窓に辿り着いたところでくるりと振り返って僕を見る。
「各島クン、この生徒会室は何階にあるかな?」
「三階ですけど、それがどうかしましたか?」
「生徒会室の窓の外には何があるかな?」
「グラウンドですけど、それがどうか……まさか」
気付いてしまった僕を見て、白露先輩がぱあっと顔を綻ばせた。
「やっぱり気付いたね、各島クン!」
「気付きたくはなかったですけど、気付いちゃいましたね……」
「うんうん。私が見込んだだけはあるね!」
白露先輩は窓の前で両手を広げると、真顔で述べた。
「私はこれから窓の前で制服を脱いでいこうと思う。いわゆるストリップショーだね」
「真顔でとんでもないことを言うのはやめてください」
「そう思うのなら、キミが隠してくれればいいだろう?」
ついに僕は大きな溜息を吐いた。
この高校の生徒会長であり先輩でもある白露先輩に向かって溜息を吐くことなんてしたくないけど、溜息を吐かずにはいられなかった。
「何度も言ってますけど、僕が隠すんじゃなくて、白露先輩が露出しないでくださいよ!?」
「あのね、各島クン。私は譲歩しているのだよ。本当は全校集会で露出をしたいのに、各島クンが全校生徒の気を逸らせないと言うから、窓際ストリップショーで我慢しようと言っているわけだ」
露出を譲歩して露出をするなんて意味が分からない。
全然譲歩になっていない。
「ここは三階だからね。上手くいけば誰にも気付かれない。しかし気付かれたが最後、みんなに指を差されてしまう。そうしたら周りにいる生徒たちも指差す先が気になって生徒会室の窓を見て下着姿の私を見つけて……ああっ、刺激的だね!」
「下着は脱がないんですね」
興奮した様子で話す白露先輩にうっかりツッコんでしまった。
すると白露先輩が僕にグイグイと顔を近づけてきた。
「おや。各島クンは私に下着も脱いでほしいのかな? それともキミも脱ぎたい? キミもこっち側の人間なのかな?」
「こっち側って言わないでください! 僕に露出趣味を教え込もうとしないで!」
僕のワイシャツを掴んで脱がせようとしてくる白露さんの手を必死で押さえる。
「そっち側」に行ってたまるか。
僕はまともな人生を歩みたいのだ!
「まあいい。それよりも私の露出だ」
僕に露出する気が無いと知った白露先輩はサッと僕のワイシャツを離すと、今度は自身のワイシャツを掴んだ。
窓の方を向いて。
「やめてくださいってば!」
「おや、大声を出していいのかい? 誰かが生徒会室に入ってきたら、またこの前みたいに誤解をされるかもしれないよ?」
それは困る。
それなら誰かが入ってくる前に、入らせないようにすればいい。
「僕だって馬鹿じゃないんです。生徒会室の鍵を閉めちゃえばいいんですよ!」
僕が得意気に言うと、白露先輩がくすっと笑った。
「残念。生徒会室の鍵はドアに刺しっぱなしなのだよ」
「なんでそんなこと……この事態になると思ってたんですね!?」
ドアの内側から鍵を閉めるだけならすぐに終わるけど、廊下に出て鍵を抜いてからまた生徒会室に入って鍵を閉めたのではかなりのタイムロスだ。その間に白露先輩の露出を許してしまう。
その上もし僕が廊下に出た際に生徒会役員の誰かに見られでもしたら、面倒くさい事態になること請け合いだ。
まったく厄介なことをしてくれたものだ。
「ん-、こうなると思っていたというよりは保険かな。こうなった場合用に用意しておいたのさ。もし全校集会での露出の話が上手く進んだ場合には、ドアに鍵を刺しっぱなしにしていた件はお茶目なうっかりということにしようと思っていたのだよ」
ということは、最初から全校集会の話が駄目だったら窓際ストリップショーをするつもりだったのか。
最初に難しい方の要望を告げて、断られたら譲歩すると言って、次の案を僕に手伝わせようとしていたのだろう。
そういう交渉の仕方をすると相手が要求を受け入れる可能性が高くなると、どこかの心理学者が言っていた気がする。
つまり白露先輩の本命は全校集会ではなく、窓際ストリップショーの方だ。
策士というか、白露先輩は露出に全力すぎる。
「ということで、さっそく」
白露先輩がワイシャツを上へまくり上げ始めた。
「何が、さっそく、ですか! 風紀を乱す行為はやめてください!」
「うむ。風紀が乱れないように各島クンがどうにかしてくれたまえ」
「……ああもう! 白露先輩なんてこうです!」
僕は紺色のカーテンを掴むと、そのカーテンで白露先輩をぐるぐる巻きにした。
これならいくら脱いだとて、見えることはないだろう。
「カーテンで巻くとは。やるな、各島クン!」
「あまり僕のことを舐めないでいただきたいです」
「別に舐めてはいないぞ。私は露出をダシにキミと青春を愉しみたかっただけだからな」
「僕と青春を楽しみたいって、それってまさか、白露先輩は僕のことが……」
好きなんですか?
そう尋ねようとしたとき、後ろから足音が聞こえてきた。
そうだった、生徒会室の鍵は閉まっていないのだ。
「おーい、鍵がドアに刺さったままだ……ぞ……」
「あっ」
慌てて振り返ると、この前と同じように副会長の先輩と書記の先輩が、生徒会室の前に立っていた。
しかも白露先輩を狙っているらしい副会長の先輩が、わなわなと震えている。
「今度は何をしたんだ、各島!!」
怒りを前面に表す副会長の先輩とは対照的に、書記の先輩は自身の口を手で押さえつつ何かに気付いたような顔をしている。
「もしかして白露さんと各島君……イチャイチャしてたの? ってことは、この前のもセクハラじゃなくてただのイチャイチャだった?」
「はあ!? 各島ごときが白露と釣り合うわけがないだろ!?」
「でも状況的に、どう考えても……」
「白露、そんなとこに追いやられて大丈夫か!?」
書記の先輩の言葉が信じられない様子の副会長の先輩が、カーテンに包まる白露先輩に近付いた。
「ああ、その……ちょっとだけ生徒会室の外に出ていてくれるかな、みんな。制服を着ないとだから」
「制服を、着る!?」
副会長の先輩がものすごい目で僕のことをにらんできた。
だけど彼の思っているようなことは何一つしていない。
露出するぞ露出するぞやめてください、が僕たちのやっていたことのすべてだ。
「何をしたんだ、各島! 回答次第では覚悟しろよ!?」
「僕は何もやってません!」
「嘘を吐くな! 各島、こっちに来い!」
生徒会室の外へと連れ出される僕に向かって、白露先輩が悪戯っぽく舌を出した。
そんな白露先輩のことをちょっと可愛いと思ってしまったのは、きっとただの気の迷いだ。
了