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第13話「ガラス作りを学ぶ」

 エルフのガラス職人アーシャの説明どおりガラス炉を組み立てていくタダシに、最初は無理だろうと見ていたイセリナたちも騒然となる。

 イセリナは、慌ててアーシャに聞く。


「あのレンガがすぐできていくのはなんなんですか?」


 ガラス炉に使うレンガを乾かしてから焼くのにも、だいぶと時間がかかるはずだ。

 それがあっという間にできていくのが信じられない。


「鍛冶の加護で製造が早くなるということはあります。どうやら、タダシ様は鍛冶の加護もお持ちのようでして」

「複数の神の加護を持つことなんてありえませんよ!」


 しかし、そうは言っても現にできているのだ。


「うーん専門家のアーシャがそう言ってるんだし、でもまさか、そんなことが……」


 目の前でイセリナの常識が崩壊していく。

 イセリナが悩んでいる間にも、ガラス炉作りは続く。


「アーシャ。吹きガラスのパイプってどれぐらいの細さで作ったらいいんだ」

「は、はい。そこはですね……」


 結局、鍛冶仕事用の炉もレンガをつくる焼成窯もつくるハメになってしまった。

 各地にあったほうが便利なので無駄ではないだろうが。


 タダシがカンカンハンマーで叩いて、器用にパイプを作り上げてしまうことにアーシャは驚く。


「凄い腕前ですね」

「師匠が良かったからな」


 バルカン様たちは、元気にしているだろうか。

 塩も手に入ったことだし、余裕ができたら海の幸もお供えして献上しなければな。


「ここの砂にもよるんですが、海草や貝殻の灰を混ぜたほうがいいと思います」

「なるほど、貝殻はあるな。じゃあ海草も育てよう」


 イセリナたちの漁船にいって、彼女らが食べているという海草をもらうことにした。


「ん、これ昆布にワカメじゃないか」

「そうですよ」


「そうか異世界の海にもあるんだな。それにしても立派な昆布、出汁だしを取るのに良さそうだ」

「え、タダシ様は昆布を食べるんですか?」


 イセリナが驚いているので尋ねると、島に来た人間は食べないそうだ。


「それ海エルフだからじゃないと思うぞ。沿岸部に住んでない人達だから海藻を食べ物だと思わないんじゃないかな」

「なるほど、ではタダシ様も海の民なのですね……」


 心なしか、タダシを見るイセリナの碧い瞳が優しくなったような気がする。


「海の民か。まあ、日本人もそうなのかもしれない。えっと、この種は?」


 船の中をくまなく調べて、タダシはいくつか種を発見していた。

 農業の神クロノス様の教え通り、気が付かないうちに種は飛んでいるものだ。


「これは、海木綿うみもめんと海ゴムの木の種です」

「海木綿、スポンジをつくる海綿かいめんではなく?」


「海綿もありますよ。私達の着ている水着は、この海木綿と海ゴムをあわせて縫製ほうせいしているんです」


 説明ついでにイセリナが水着の紐をパチンと鳴らして見せるので、タダシは顔を背ける。

 漁村でおおらかな暮らしをしているせいか、イセリナたちはどうもそういうのを恥ずかしいと思わないようだ。


 しかし、さすが異世界ファンタジー。

 日本にあったら産業革命が起こりそうな植物もあるんだな。


「ではそれも育てよう。俺も今の服や下着がヘタっちゃったら困るなと思ってたんだ。収穫の仕方とか、縫製の仕方も教えてくれると助かる」

「それは構いません。ですが、残念なことに海木綿は最低でも一年、海ゴムの木は数年育てるのにかかるんです」


「まあ、みてなって」


 確か昆布やワカメは胞子で増えるんだったが、現物さえあれば植え付けはできると確信していた。

 海の浅瀬に入って、丁重に胞子や種を植え付けする。


 タダシが植えると、全ての植物は三日で育つ。

 育てるのに数年かかるという海ゴムの木が最初にニョキッと水面より新芽が顔をだした。


「え、これはいったい……」


 驚くイセリナを尻目に、タダシは貝殻をすり鉢でゴリゴリと粉にする。


「貝殻の粉なら肥料になるんじゃないか?」

「ご慧眼けいがんです。土壌を豊かにするために肥料として撒いたりします」


「ならば、これでいいはずだ」


 貝殻の粉を撒いたことで、さらに勢いよく昆布やワカメがモジャっと増え始め、海木綿も海面より新芽が頭を出して海ゴムの木はニョキリと成長した。


「……信じられない。これは何の奇跡ですか!」

「これが、農業の加護☆☆☆☆☆☆☆セブンスターだ。そのままなら三日、肥料を撒けば二日で育ってくれる」


 どのように収穫するかもわからないが、これでこちらの海でも海草を増やしてガラス作りに使う植物灰も作れる。

 しばらくすれば、糸や布地を増やしていけるだろう。


「タダシ様……」


 イセリナは呆然と、エリンたちは惚れ惚れとした顔でタダシの農業を見ていた。


「イセリナ。先程、食糧の礼がしたいと言ったな」

「はい。私達にできることでしたら、なんなりと」


 イセリナは覚悟を決めて言う。


「俺は見ての通り農夫だ」

「タダシ様の奇跡は、このイセリナもこの目で見て納得しました」


 どうして誰も気が付かなかったのだろう。

 今この世界に一番求められているのは、仲間を救う癒しの薬師でも、猛々しき獣人の勇者でもない。


 飢えた人々に食べるものを与える農業の加護なのだ。

 それを持つ世界一の農夫タダシこそが、この世界を救う希望なのだとようやくイセリナも理解した。


「俺はまだこの世界のことを知らない。だから取引といこう」

「取引ですか?」


 貿易というのも悪くないとタダシは、楽しそうに笑う。


「農夫の俺が欲しいのは、新しい植物の種と知識だ。俺がここで食糧やエリシア草を提供する代わりに、どんなものでもいいからかき集めて持ってきてくれないか」

「そんなことでよろしいのですか。タダシ様が与えてくださった救いに対して、あまりに小さなものですが……」


「小さいどころか、現に今ガラス作りについてアーシャ先生に教えてもらってるところだからな。大変助かっている」


 タダシがそう言うと、ガラス職人のアーシャは恥ずかしそうにうつむいて手をソワソワさせた。

 島の代表としてイセリナは言う。


「わかりました。私達は明朝いただいた食糧やエリクサーを持って故郷の島に帰る予定ですが、タダシ様の要望に従って必ずやそれを果たすとお約束します!」


 イセリナがそう言うと、暮れていく空を見上げてタダシは叫んだ。


「明朝? ああそうだ。しまった!」

「え、タダシ様なにかこちらに落ち度がありましたでしょうか!?」


「もう日が暮れ始めている」

「……え、はい。そのようですが、それがなにか?」


 タダシの悪い癖だ。

 ガラス作りに夢中になってしまって、今晩のことをまったく考えてなかった。


「先に家を建てておくべきだったな。考えが至らなかった」


 ガラス炉をつくるのにだいぶ資材を使ってしまったので、ここにいる十数人のエルフや獣人たちが眠れるような家を建てることは不可能だ。

 せっかくの向こうの海からの客を野宿させることになってしまった。


「それでしたら、大丈夫です。エリンお願い!」

「任せてー!」


 小柄なのに力持ちの獣人エリンは、なにやら布と竹のようなものの束を持ち出した。

 バサッっと開くと、一瞬にしてテントが広がる。


「なるほど伸縮性の布があるから、簡易テントも作れるわけか」


 ファンタジー世界にも、その世界なりの文明があるのだと驚かされる。

 やはり、タダシが彼女らから学べる事は多い。


「夜に海にでるのは危険ですから、このようにして一晩休んでいきます」

「そうか。それでは、安心してガラス作りに戻れるな。アーシャ、もう少し続きを教えてくれ」


「は、はい!」


 安心した途端にガラス職人のアーシャを伴って、すぐに作業に戻るタダシの熱心さにイセリナたちは苦笑するのだった。

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