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第15話「船出を見送る」

 クルルの作ってくれた壁のおかげで、昨日はなんとか寝れた。

 テントから外に出て昇る朝日を見て、ここにもちゃんとした家を作ろうと思うタダシである。


「ごしゅ、タダシ様おはよう」

「おう、エリンも早いな」


「タダシ様はほんとによかったの。チャンスだったと思うんだけどな」

「何がだ」


 エリンがテントの入口をペロンとめくって見せるので、覗き込んで見るとイセリナがものすごい勢いで寝乱れていた。

「うう~ん」と甘ったるい声を出して、毛布を抱きしめている。


 普段の上品な印象の割に、寝相が悪い。


「イセリナは、意外と夜は乱れるタイプなんだよねえー。ボクも昨日は大変だったよ。だからタダシ様に真ん中に寝てって言ったんだよ」

「お前、俺を犠牲にするつもりだったのか」


「えへへ。でもタダシ様的には美味しくない?」


 エリンが妙なことを言い出しそうなので、タダシは話を打ち切る。


「大人をからかうな」

「えー、タダシ様だって若いじゃん」


「いや、俺は見た目は若くなったけど四十過ぎたおっさんだからな」

「え、どう見ても二十歳以上にはみえないんだけど。タダシ様もエルフだったりするの?」


 エルフは長寿の種族なのか。

 そうすると、イセリナも見た目通りの年齢とは限らんわけかなと思うが、あんまり見ているのも目に毒なのでテントの入り口を閉める。


「俺はただの人間だが、転生ボーナスで神様に若返らせてもらったんだよ」

「ええ?」


 どうも、納得行く説明ができそうにない。


「ところでエリン、このテントの竹と布はどうやって貼り付けてるんだ」


 ごまかすために聞いたのだが、気になってはいた。


「あーそれは、なんだっけにかわ? ボクは手仕事とかしないからよく知らないけど」

「なるほど」


 そこにアーシャもやってきた。


「おはようございます。テントの作り方ですか?」

「ああ、どうやって作ってるのかなと思って」


 膠は、動物の骨,皮,けんなどから抽出した天然の接着剤だ。

 テントがビヨンと伸びるのは、海ゴムの木の伸縮性もあるが、木材と竹を組みわせている合成素材だかららしい。


 金属加工については鍛冶の神バルカン様からかなり勉強したものの、こういう植物性の素材についての扱いはエルフたちに学ぶところが多い。

 熱心にアーシャに聞き取りをしているタダシに、エリンが呆れたように言う。


「タダシ様はほんとモノ作りが好きだねえ」

「ずっとやりたかったことだからな。エリンは何が好きなんだ」


「好き? よくわかんないけど、ボクは戦うことしかできない勇者だから、それしかしなくていいって言われてる。この前はさめとも戦ったんだよ!」


 朝の稽古なのか、粗末な手槍をブンブン振り回しながらエリンは言う。


「そうなのか。それがエリンの天職ってやつなんだろうな」


 いろいろと騒乱の絶えないこの世界において、戦闘力というのは何よりも大事なものなのだろう。

 獣人の勇者であるエリンが、リーダーであるイセリナに次いで大事にされているのもそのためだろう。


 彼女らはよく働く。

 朝から、自分たちのテントを片付けて船にタダシが与えた大量の食料を積み込んでいた。


 それも終わる頃になって、ようやくイセリナがよろよろとテントから出てきた。

 寝間着から、ビキニに毛布をマントのようにかぶった姿に戻ってるが、顔色が悪い。


 なんか、めちゃくちゃ朝に弱そうだ。


「はい、お水」

「タダシ様、無体を見せて申し訳ありません」


「いや、考えたらイセリナも病み上がりだっただろう。ゆっくり休めてるようでよかったよ」


 エリンが「いや、イセリナは毎朝こんなもん……」って言いかけて、他のエルフたちに口を抑えられてモゴモゴ言っていた。

 やはり、朝が弱いのか。


 しっかりしたリーダーだと思ってたんだが、こう見ると印象がちょっと変わってしまう。

 いかにも、お姫様育ちらしいもんな。


「これより私達は、この場所が辺獄の海岸だということもわかりましたので、この風向きなら帆を張れば一日で島に戻れると思います」


 水を飲んで落ち着いたのかコホンと咳払いして、舐めた指先で風を見てリーダーらしき姿を見せる。


「それは良かった」

「そして、また戻ってきます。船いっぱいに積み込んでも、まだ食糧は足りてないのです。何の関係もないタダシ様に、こんなことをお願いするのは心苦しいのですが……」


「要求されてるのは倉七つをいっぱいにするだったか。ここにも畑を作って、その分の食糧を提供しよう」

「本当ですか!」


「ああ、俺だって無関係ではない。話を聞いていれば悪いのはお前たちではないだろう。この世界の人間がやった不始末を、同じ人間として見過ごしてはおけない」


 タダシが農業の神クロノス様から力をもらったのは、きっとこのためのことだったのだろうと思う。

 恩を受ければ、報いなければならないのはタダシも同じだ。


「なんとお礼を申していいか……」


 仲間を人質に取られる形で、食糧集めの辛い日々。

 イセリナの苦悩は深く、これで仲間が助かると思うと、思わずその碧い瞳から涙をこぼした。


 その涙が、エルフや獣人たちにも広がっていく。


「湿っぽいのは好きじゃない。善は急げという。早く仲間の元へ食糧を持っていってやれ」

「……はい。すみません」


「お礼なんていいさ。こちらだって得るものがあるわけだから、島の有用そうな植物をかき集めてきてくれ。頼んだぞ」


 イセリナは涙を拭いて頷くと、仲間たちを集めて言い含める。


「タダシ様。こちらのお仕事もあるでしょうから、アーシャとその他二名を残していきます。エルフの縫製などを教えることもできますし、お仕事を手伝わせてやってください」

「そうか。じゃあ頼むよ」


 彼女らのためにもなることだから、畑仕事を手伝ってもらうのは良いことだろう。

 タダシが作った畑を、他の人が作業を引き継いでどうなるかも実験してみたいところだった。


 イセリナたちの出港を見送ると、さっそく残った三人に尋ねる。


「えっと、アーシャとあと二人の名前を聞かせてくれ。できれば、得意な仕事も」


 名前を聞かれるとは思ってなかったのか、二人は当惑する表情を見せた。


「ローラです。裁縫が得意です」

「ベリーです。島では畑仕事をしていました。力仕事が得意です!」


 なるほど、裁縫と畑仕事が得意な人間を残してくれたわけだな。

 三人ともエルフなので美しい。


 アーシャが黒髪、ローラが金髪、ベリーが赤茶色の髪だった。

 アーシャとローラは平均的、ベリーは力仕事が得意というだけあって少しふっくらとしている。


 みんな水着を着てるから、体型がわかりすぎるのが困る。


「とりあえず、みんな何か服はないのか」

「服ですか?」


 水着美女を並ばせているのはシュール過ぎる。

 タダシがそう言うと、アーシャたちは一張だけ残してあるテントの中に入ってきて白いワンピースを着て戻ってきた。


「あるんじゃないか服」


 なんで海エルフは水着デフォルトなんだ。


「浜だと水着が便利なんです」

「なるほど」


 まあ、わからなくもない。

 だがこれからは、陸の仕事が主体になるのでワンピースを着てもらおう。


「それでタダシ様。何から始められますか。ガラス作りでしょうか? それとも裁縫か、畑仕事でしょうか?」

「まず森から作ろうと思う」


「「「森」」」


 エルフ三人娘は、声を揃えてタダシの言葉を復唱した。

 そんなに驚くことかな。


 ガラス作りの燃料の確保にも、家をつくるのにも、まず木材が必要だ。

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