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第29話「神前結婚式」

 神々もとりあえず食事に満足して、ざわついていた村の住人たちも落ち着いた。

 皆にも各自食事を楽しむように伝えると、タダシはクロノス様にお願いする。


「クロノス様、実はこの機会に神前結婚式を執り行なおうと思ってるんです」

「おお、タダシが結婚じゃと。それはめでたいことじゃ」


「それで、神様に結婚式を見届けていただこうかと」

「うむうむ、農業の神であるワシは五穀豊穣、子孫繁栄もつかさどるから結婚を見届る神にはふさわしいと言える。良いじゃろう」


 こうしてクロノス様を前にして結婚式が始まった。

 盛大に神々の酒盛りが始まって、唯一ほとんど酔っ払ってないのがクロノス様しかいないということもある。


 初花はつはなの儀というものはあるものの、タダシの言う結婚式を見るのは村人たちも初めてである。

 村の住人たちも、なんだなんだと自然に集まってきて輪ができた。


「それではクロノス様、誓いの言葉を述べて百合の花と結婚指輪を交換しますので」

「嫁の数が多いのはよくあることじゃが、それにしても見たことない結婚の儀式じゃな。まあ、良いじゃろう。では神前にて誓いの言葉を述べよ」


 島の風習とタダシの考えている結婚式を混ぜたらこんな風になってしまったのだ。

 これもまあ、自分たちらしくていいだろうとタダシは思う。


「はい、ではえっと……」

「タダシ様! お受取りください!」


 タダシがアーシャからダイヤモンドの指輪を受け取って渡そうとしたのだが、花嫁たちは一斉に百合の花を持ってくる。

 これでは、誓いの言葉もなにもあったものではない。


「ああ待て、一人ずつな。一人ずつ!」


 イセリナ、リサ、アーシャ、ローラ、ベリー、シップ、マール。

 タダシは、七人の花嫁に一人ずつに幸せにするという誓いの言葉ともにダイヤモンドの指輪を渡していく。


「うむ、これで夫婦めおとじゃ。末永く睦まじく、子孫繁栄していくがよい!」

「ありがとうございます」


 タダシの手には、百合の花束ができてしまった。

 美しい花嫁たちに囲まれて、両手に花とはこのことかなともう笑うしかない。


 クロノスは、わいわい酒盛りをしている神々の席による。


「ほら、お前らもめでたい結婚の儀じゃぞ、タダシたちになにかご祝儀をやらんか」

「ご祝儀っていっても何をするんじゃ」


 鍛冶の神バルカンに、クロノスは言う。


「ほら、新しく加護の☆を授けるとか」

「あかんで、どさくさに紛れて何を言っとるんや爺さん!」


 そこに割って入ったのが知恵の神ミヤだ。


「ミヤは、またそんなケチなことを言うのか」

「ケチとかそういう問題やないやろ。これ以上タダシに加護を与えたら地上界の秩序がめちゃくちゃになってしまうわ!」


 癒しの神エリシアが調停する。


「では、こうしましょう。お祝いとしてタダシの花嫁たちに、加護の☆を一つずつ与えましょう」


 エリシアは、イセリナの手を取ると☆を一つ増やしてやった。


「エリシア様。ありがたき、幸せ……」


 生まれついての加護の☆が増えることなど、伝説でしかありえぬ奇跡的なことなのだ。

 イセリナは感激のあまり泣き始めた。


 タダシの妻は、みんなそれぞれ信仰する神に☆を一つずつ与えてもらえることとなった。

 加護を持たなかったローラも鍛冶の加護をバルカンからもらい、ベリーもクロノスから農業の加護を貰えることとなった。


「エリシアも、みんなも、そんなホイホイ加護を与えたらあかんやろ! ウチは反対やからな!」

「タダ飯食らいなのはミヤだけじゃぞ」


 そう言われると、知恵の神ミヤ様も分が悪い。


「チッ、しゃーないな。おい、タダシ」

「はい、なんでしょう」


「うちだけ何もなしってのも確かにあれやから、ウチの信者の中でも選りすぐりの商人賢者をここに来るようにお告げを出したるわ」

「それはありがたいです!」


「気にせんでええよ。農作物をやたらたくさん作るタダシとの商売は、ウチの信者の役にも立つやろしな」


 村がこれだけの規模になって、足りない商品もたくさんある。

 こんな辺境の地に商人が来てくれるだけでも、とてもありがたい話だった。


「なんじゃ、ミヤは人を寄越すだけか。相変わらずケチンボじゃな」

「情報の価値を知らんやつやな。頭が切れる人材のサポートは、それだけで高い価値があるんやぞ」


「素直にタダシに加護を与えれば、それでええじゃろに」

「安易に加護を与えるのと違って世界の秩序も乱れんし、ウチが一番タダシの役に立っとるで」


 またケンカを始めたので、タダシはまあまあとなだめる。

 あれっと気がついて、タダシは言う。


「あれ、そういやエリンも加護をもらったのか」

「うん、ボクも英雄の神ヘルケバリツ様にもらったよ」


 いや、エリンの英雄の加護の☆が増えるのは戦力強化になるので助かるのだが、嫁へのお祝いじゃなかったのか。

 嫁じゃないエリンが、こっそり混じってもらっていても大丈夫なんだろうか。


「そういや、エリンは俺と結婚するとかは言わないんだな」

「えー、ボクにも嫁に来てほしかったの? ボクまで欲しがるなんて、ご主人様はエッチだなあ」


「いや、そういうことじゃなくて」

「アハハ、冗談だよ。ご主人様に誘ってもらえるのは光栄だけど、つがうのはまだちょっと早いかなって」


 またからかわれてしまったのかと、タダシは頭をかく。

 エリンが結婚にはまだ早いというのもそうだろう。


「誘ってるわけじゃないからな。ゆっくり考えて、エリンは好きな相手と結婚すればいいぞ」

「まー、ご主人様がボクとそんなにつがいたいっていうなら、考えておくよ」


「なんかいつの間にか俺が結婚したいみたいな話になってるんだが、まあいいか」


 タダシとしては、七人の妻でもめいっぱいだった。

 こうして受け入れてみたものの、どういう生活になるのか想像もつかない。


「タダシ様! 私達、タダシ様と結婚できて本当に良かったです」


 嬉し涙を流してイセリナたちにそう言われると、結婚して良かったのかなとも思う。


「うん、俺もみんなを幸せにするようにがんばるよ」


 前世では結婚なんて考えもしなかったのだが、こんなことになるとは考えもしなかった。

 ともかく、こうして村初めての祭りの夜は過ぎていく。


 神々の降臨は、タダシにとっては当然でも移住してきた海エルフや島獣人たちにとっては青天の霹靂へきれきであった。

 もはや驚きすぎて声も出なかったのだが、ようやくボソボソと相談し始める。


「ねえ神様を降臨させられる王様って凄くない?」

「いや凄いってレベルじゃないでしょ。イセリナ様たちも加護を与えられてるし、これは伝説だよ伝説!」


「歴史の生き証人になっちゃったわね」

「タダシ様こそ神々に認められし最高の王様だよ。おまけに食べ物も美味しいとくれば、移住してきて本当に正解だったな!」


 この村は、誰ともなく神降村かみおりむらと呼ばれるようになり、故郷を離れることを渋っていたカンバル諸島の人々もこの評判を聞きつけて全員が移住を決定する契機となる。

 これこそが辺獄よりアヴェスター世界を耕転させる生産王タダシ伝説の始まりでもあった。

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