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第37話「グラハム隊突入」

  百人の騎士と雑兵を乗せて、十隻の軍船が辺獄の海岸へと近づいていく。


「グラハム副団長、やっぱり噂通りでゲシたねえ」


 腕を組んで軍船の先頭に立つグラハムに、部下が話しかける。

 誇りある天星騎士団とは言え、虐殺騎士グラハムの部下は素行の悪い連中が揃っている。


 相手が敵対する魔族や亜人種ならば何をやっても許される。

 略奪、暴行なんでもござれのならず者揃いだ。


「ああ、エルフや獣人どもは島からこっちに流れて来てたってわけだな。俺たちから逃げ切れると思ったら大間違いだ」


 漁村が豊かなのは、間近に見ればすぐわかる。

 辺獄の海岸線に、グラハムたちの餌食えじきとなるであろう可愛いカモどもがびっしり巣を構えている。


「ケケケッ、こりゃまたいい稼ぎになりそうだ」


 村ごと焼き払って略奪すればどれほどの金になるか。

 謹厳実直なマチルダ団長の手前できなかった奴隷狩りも、今回はたっぷりとできる。


 エルフや獣人の娘を乱取りして慰み者にしてやるのもいい。

 グラハムの部下たちはいやらしい笑いを浮かべて、すでに頭の中はそれでいっぱいになっている。


「お前ら、略奪はいいが仕事はきっちりしろよ」

「へい、それはもちろん……」


 副長格の百人隊長ガンズの顔が気に入らなくて、グラハムはその首を片手で持ち上げた。

 それだけで鎧を着た大柄な騎士の身体が宙に浮き、足をバタバタさせる。


 凄まじい膂力だった。


「わかってねえだろうが、ガンズ! 未知の領域の上に未知の敵だぞ。どんな罠が待ってるかわかんねえのに、なめた顔してんじゃねえぞ!」

「ぐるじい! ゲホ、ゲハ! わがって、おりやず!」


「いいやテメエはわかってねえ! 敵地の情報を集めるのが俺らの仕事だ! それがきちっとできねえと、公国軍の看板背負って稼ぎもできねえんだよ。お楽しみは仕事が終わった後だ」

「き、き、肝に銘じるでゲス!」


 顔を真っ青にさせて半泣きで悲鳴を上げるガンズがそう言うと、船の上に叩きつけた。


「わかればいい。すまなかったな」


 暴力を振るった後のグラハムは、やけに優しい声色で倒れたガンズの手を取ってやる。

 副長格の騎士ガンズでもこの扱いだ。弛緩しかんしていた兵士たちの空気がそれでビリっと引き締まった。


「こちらこそ、気の抜けたことを申してすみませんでゲス。おめえら、敵地に突入するんだ気合い入れていくぞ!」


 ガンズの必死の叫びに、騎士達は「応!」と叫ぶ。

 こうして、意気揚々と島に乗り込んだグラハム隊は、辺りの漁村を偵察する。


 しかし、人っ子一人いない。

 各小隊が馬に乗って、あたりを捜索したが近隣の複数の漁村には誰もいなかった。


「いねえな」

「こっちも村はあっても人は見えずデゲした、島のエルフや獣人どもはどこに行きやがったんでしょうかねえ」


 再び最初に上陸した村に集合したところで、異変が起こる。


「なんだありゃ!」


 ガンズが叫び声を上げて指差した方向から、ドドドドドッと土煙を上げて突っ込んできたのは魔牛の群れであった。

 完全なる奇襲。


 しかし、グラハムはこれでも平民から天星騎士団の副団長まで上り詰めた男だ。

 その対応は早い。


「散開しろ!」


 直線的に突っ込んでくる魔牛の群れに、すぐさま散開を指示する。

 騎士たちは馬に飛び乗り、兵士は必死に駆けて猛牛の突撃を回避した。


「ぎゃぁああ!」


 油断していた兵士が数名き潰されたが、上陸前にグラハムが気合を入れたことが功を奏して犠牲は少なかった。

 しかし、これは意図された攻撃だとグラハムは察知した。


「クソッ、敵に魔獣使いでもいるのかよ。おい、迂闊うかつだぞ!」

「ぐぁああ!」


 副長格のガンズが、飛び込んできた魔鶏まけいを倒そうとして、鋼鉄より硬いくちばしと牙で腕ごと鎧を打ち砕かれて後ろに吹き飛ばされた。

 このままではガンズが殺られる。


 グラハムは舌打ちしながら、腰の魔剣を引き抜いて魔鶏の首を落とした。


「だから、敵をなめるなって言ってんじゃねえかガンズ!」

「た、ただの鶏ふぜえが俺の腕を!」


 なまじ腕に自信があるからこそ、こうなるのだ。

 利き腕をやられたガンズはもう戦力にならない。


「バカが! お前らも、姿に惑わされるな! こいつら、ただのでけえ動物じゃねえぞ。魔牛と魔鶏は凶悪なAランクの魔獣だ。必ず五人一組で当たれ!」


 そこはグラハム隊もただの野盗ではなく、日夜厳しい連携戦闘の訓練を積んでいる公国軍の騎士隊だ。

 きちんとグラハムの指示があり、態勢さえ整えれば大型の魔獣の群れとも戦える。


 しかし、ざっと敵の数を確認してグラハムはひとりごちる。


「だが、厳しいか」


 再び漆黒の魔剣を一閃して魔牛の胴体を一刀両断するが、それでも数が減らない。

 ざっと見て、魔牛が三十匹に魔鶏も六十羽もいる。


 それに対して、グラハム隊の数はたかが騎士百名に雑兵が五十名程度。

 部下に弱いところは見せられないが、これで本当に勝てるかと内心で冷や汗をかく。


 漆黒の魔剣を振るい凶暴な魔獣を次々と死肉に変えながら、頭は冷えているグラハムは状況次第で部下を犠牲にして撤退することも考えなくてはならないと思考する。


「ガンズのことは言えねえか。辺獄ってあたりで警戒しとくべきだった。この俺としたことが、迂闊すぎたぜ」


 辺獄に上陸してすぐに、公国軍でも精鋭のはずのグラハム隊が壊滅の危機にまで追い込まれていた。

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