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第40話「外交交渉」

 天星騎士団千名を引き連れて、タダシ王国の東南の港へとマチルダ率いる百隻の軍船が入港した。


「タダシ王国とやらは、こんな港まで作っているのか。どこにそんな金がある」

「あの知恵の神の加護☆☆☆☆☆ファイブスター持つ商人賢者シンクーの猫耳商会がバックアップをしているそうです。シンクーはこの私以上の加護と魔力を持つ賢者。決して油断してはなりませんぞ」


 大きな港から、遠望する海岸線にはびっしりと豊かな畑や村々が広がり、豊かであることがうかがえる。

 こちらは威圧するために騎士団と軍船を並べているのに、タダシ王国の兵士は見当たらない。


 それどころか、整備されつつある港は閑散としている。

 物珍しげにタダシ王国を眺めるオージンとマチルダは、ボソボソと相談している。


「豊かな割に、軍事力はないに等しいな」

「軍事情報を秘匿ひとくするためやもしれません。タダシ王国は、辺獄の強大な魔獣を味方にしております。何度もいいますが、決して油断は……」


「耳にタコができるぞ、オージン。その程度のこと、私にもわかっている」


 そこに、獣人やドワーフ、ケットシーなどに取り囲まれてやってきたのは、野良着を着た人間だった。


「やーどーも。貴方方が、公国の代表ですか」


 亡命希望者が続出しているため、タダシは今日もそこで畑を耕し続けていたのだ。


「は、何だお前は」

「俺が、大野タダシです。本業は農家なんでこんな格好で失礼しますが、一応、この国の国王をさせてもらってます」


「農家だと!? お前のようなただの人間が、今回の事態を引き起こした原因だというのか。ふざけるのも大概にしろ」


 困惑するマチルダに、オージンが耳打ちする。


「マチルダ様、あの男の手!」

「加護の星が、七つ、八つ、九つだと!?」


 マチルダたちの驚愕に気がついて、右手をさすりながら言う。


「珍しいってよく言われますよ。俺は、農業の加護☆☆☆☆☆☆☆セブンスターに鍛冶と英雄の加護を星一つずつ持ってるんです」

「ば、バカげた話を、仮にも公王の代理であるこのマチルダ・フォン・フロントラインを愚弄ぐろうするつもりか!」


「マチルダ様。信じるべきかと思います」

「オージンまで何を言うか、農業の加護☆☆☆☆☆☆☆セブンスターに、複数の加護を持つというふざけた話を信じろと言うのか!」


 マチルダ自身、英雄の加護☆☆☆☆☆ファイブスターを持つ勇者だが、加護というものはそれ以上はありえないのだ。

 いや、タダシが転生するまでのアヴェスター世界においては、それはなかったと言うべきか。


「神に見捨てられし辺獄にこんな豊かな農業国ができるのは、それしかありえません。これまでにありえなかった農業神の加護であるならば説明が付きます」

「与太話にも程がある!」


「閣下。何度も申し上げましたが、どんなにありえないことでも、それでしか現実を説明できないならばそれが真実です」

「しかし!」


「現状が認識できないのであれば、交渉は公王陛下に外務を任されている私が代わりましょう」

「グッ……わかった」


 こんな状況にもかかわらず、オージンは冷静だった。

 マチルダが混乱すればするほど、彼は後ろから冷静に物事を見極めなければという自制を働かせる。


「えっと、それで和平交渉はどうするんだっけ」


 タダシは、傍らにいる商人賢者シンクーにたずねる。


「はいニャ。こちらの要望はシンプルだニャ。捕虜にしている騎士は、こっちはいらないので返すニャ。いきなり攻撃してきたのも不問に処すニャ。その代わり、我が国の存在を認めて干渉かんしょうしてくれるなニャ」


 捕まった騎士十数人が、連れてこられて公国側に引き渡される。

 そのシンクーの物言いに、マチルダは激昂する。


「ふざけるな! こちらは領民を一万人も奪われているんだぞ! 先にこちらの経済に打撃を与えたのはそちらだと言っても過言ではあるまい」

「奪ったとは言いがかりニャ、みんな希望して亡命してきたのニャ。フロントライン公国の治世が悪いからこうなってるニャ」


「それは、タダシ王国とかいうふざけた国を公国が認めていればそういう言い逃れもできような」

「認めないつもりかニャ」


「ふん、だいたい王国というのが気に食わない。魔王軍と相対する軍事強国の我が国ですら、東の帝国や聖王国に遠慮して公国と名乗っているというのに、この程度の小国が独立王国を名乗るなど許されるはずもあるまい!」

「今更、国の名前なんかにこだわるかニャ」


「それが人の世の名分めいぶんというものだ。どうせ小賢しきケットシーのお前が、この異能の男を焚き付けて王に据えたのだろう。有名な猫耳商会の商人賢者シンクーとはいえ、所詮は獣風情に騎士の道理はわからぬか」

「ケットシーは猫妖精だニャ! 獣人じゃないニャ!」


 なんだか、話が本筋からそれてしまっている。

 話がまとまらないと困るので、タダシも提案する。


「公国が欲しいのは食糧なのだろう。さすがにただというわけには行かないが、交易で安く食糧などを売ることはできる」

「ダメだな、ぜんぜんダメだ」


「じゃあ、公国は何を欲している」

「まず、我が国の民であるドワーフの職人たちを返せ。獣人や、そこのエルフの姫も島に戻せ」


 それには、亡命してきたドワーフを代表するオベロンが怒る。


「ワシらは、タダシ王の下に自分の意思で来たんじゃ。誰に仕えるかはワシらが自分で決める!」


 エリンやイセリナも、タダシの手にすがって言う。


「公国の姫騎士、もうボクたちを支配できると思うなよ!」

「私達は、タダシ様の妻になったんです。妻が夫の下にいるのは当然のこと!」


 みんなを見て、タダシは言う。


「公国軍のマチルダさんと言ったな。その提案は飲めない。みんな自分の意思でここに来たんだ!」

「そうであるなら、このタダシ王国とやらが属国になればいい。辺獄ごと我が公国の版図に入れば、魔王軍の脅威からも守ってやろう」


 みんな公国の支配が嫌でここにきたのだ。

 シンクーが激高する。


「そんな条件飲めるわけ無いニャ! 公国は最初から和平交渉する気がないのニャ。さっきから言ってることがむちゃくちゃニャ!」

「我が国の寛大な提案が飲めないとあらば仕方がない。帰るぞ、オージン」


 さっさとマントを翻して軍船へと戻るマチルダに、オージンは慌てて言う。


「閣下、先程のはあまりにも」

「これでいいのだ、オージン。それより、この軍船ですぐさまカンバル諸島に行って軍勢を動かす手はずをせよ」


「はい? 魔王軍を攻めるのですか?」

「違う。今すぐ全軍をもって、タダシ王国を攻めるぞ」


「なんですと! 魔王国への反抗作戦の兵力をそのまま使うのですか!?」

「一旦は交渉に応じて見せたのは、敵を油断させるための策略だ。まず私が率いる天星騎士団千名が、直ちにこの港を占拠する。オージンは、島から総軍を率いて海岸線に上陸して辺りの漁村を制圧しろ」


 食糧が豊富な畑が広がっているのだから、兵士の補給は略奪でまかなえる。

 攻めるのにこれほど適した土地はない。


「しかし、タダシ王国の実力は未知数です。敵の情報もわからないのに戦争を仕掛けるなどあまりにもいくさの条理に反しております」

「だからこそやるのだ! 敵の総数はたかだか一万の民に小数の魔獣だ。たとえ商人賢者シンクーが味方についていようと、今なら勝てる。いや、今やるしか無い!」


 マチルダは敵を甘く見ているつもりは毛頭ない。

 タダシ王国を放置すれば、そのうちに公国ですら手の負えない強国となる。


 一方、これ以上亡命者が増え続ければ公国はジリ貧になって弱っていくだけだ。

 攻めるならば、今この時しかないという判断自体は、オージンにも理解はできる。


 味方の老賢者オージンですら予想できなかったタイミングでの、電撃的なタダシ王国への奇襲。

 確かに成功するだろう。


「いや、それでも賛同できません! 魔王国とタダシ王国を同時に敵に回す二正面作戦など、ただの博打ではありませんか!」

「そのためにもやるのだ。あの豊かな土地を見ただろう。あれさえ手に入れれば、軍団を二倍に増やすことも容易いぞ。魔王軍との戦いにもこれで勝てる!」


 それはあくまで、タダシ王国の防衛がまだ整っていないという楽観的な予想によるものだ。


「閣下は、祖国の存亡をさいの目に頼るおつもりか……」

「賭けて悪いか! どの道、我が国は賭けなければ滅ぶところまで追い込まれているのだ。公国軍総帥として、天星騎士団団長として、そして公王代理として参謀長のオージンにタダシ王国奇襲作戦の遂行を命じる。逆らうならば、その地位をこの場で剥奪するぞ。他の幕僚に参謀長を任せて国に帰るがよい」


 ここでお目付け役のオージンがいなくなれば、歯止めが効かなくなるだけだ。


「かしこまりました。閣下のご命令謹んで拝命いたします」


 厳しい顔でオージンは頭を下げて、軍船でカンバル諸島に向かい四百隻を超える軍船に騎士二千と、二万の歩兵を満載して海岸線の漁村に奇襲作戦を仕掛けた。


 一方、マチルダは天星騎士団千名を率いて港を攻撃。瞬く間に施設を占拠する。

 マチルダは、ここでさっさとタダシたちを捕らえて戦争を終わらせてしまおうと探したが、不可思議なことに彼らは忽然と姿を消してしまっていた。

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