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第59話「公王ゼスター」

 せっかく公国を乗っ取る意図などないとタダシが言って話がうまくまとまったのに、いきなり公国の王になれとは、マチルダはさっきの話を聞いていたのだろうか。

 一人で盛り上がってしまったマチルダに、オージンが渋い顔をして止める。


「お待ち下さい姫様。タダシ王の下に姫様が輿入れする案は、私も一度は考えましたが……なんと申しますか。やはり、あまりにも無理が……」

「なな、なんだオージン、その顔は! 私が行き遅れだとでも言いたいのか!」


 転生で若返ったタダシは見た目二十歳なので、二十五歳のマチルダはかなり年上に見える。

 黙っていればマチルダも美人とはいえ、平均寿命が短く早ければ十五歳で結婚してしまうこの世界の常識からすると、有り体に言えばタダシ王に行き遅れの姫を押し付けることになってしまう。


「い、いえ、決してそうは言っておりません! そうでなく、そうでなくですな」

「オージン。此処から先は、よく言葉を選べよ……」


 行き遅れだの、さっさと結婚しろだのと、酷い陰口を公国の貴族どもにずっと言われ続けていたマチルダである。

 ギロッと睨みつけるマチルダのプレッシャーに、肩を震わせるオージン。


「コホン。姫様が輿入れされるということは、つまり次の公王にタダシ陛下がなられるということ。それを私達だけで決めてしまうわけにはいかないでしょう」

「もちろん、お父様の許しを得てこようと思う。しかし、まずタダシ陛下に申し込まなければ始まらないだろう」


「しかし、そんなことを急に言っても……」


 そこに、小さいがよく通る声が響く。


「ワシならば構わぬぞ」


 皆が振り向くと、城の中から車椅子に座る白髪の老人が現れた。

 病み上がりの痩せた姿であるが、それでもなお背筋は伸びていて眼光は鋭い。


 かつては、さぞ威厳ある勇猛な王であったのだろうと思わせる風貌の老王だった。


「お父様!」

「ゼスター陛下! お身体は大丈夫なのですか!」


「タダシ王がここまで救援に来てくださったのに、ワシが寝ておっては……ゲホゲホ」

「お父様、無理をなさっては……」


 公王ゼスターは、慌てて背中を擦るマチルダの手を押しやる。


「大丈夫だ。寄る年波には勝てぬが、病はすでに癒えておる。我が友オージン、苦労をかけたな」

「いえ、我が身はすでに国に捧げております」


「マチルダも、報告は聞いた」

「はい……」


 マチルダの犯した罪は軽くはない。

 本来であれば、この場に出てくることも許されぬ身である。


 キツい叱責を覚悟していたマチルダだが、公王は意外なことにフッと笑う。


「道を誤ったようだが、それは我が身も同じだ。生きている限り、挽回の機会はあるぞマチルダ」

「はい!」


 公王ゼスターは、タダシたちに向き直り、細い足でよろよろと立ち上がろうとするのをタダシは慌てて止める。


「ああ、そのまま!」

「礼を失してすまぬ。フロントライン公国、公王ゼスター・フォン・フロントラインだ。タダシ王、まだ足腰が立たなくて……」


「いえ、どうかそのままお座りください」

「こんな姿で情けない限りだ。我が不徳の致すところで、タダシ王に幾度となく迷惑をかけた。こうして話せるのもそなたのおかげよ」


「俺としても公王陛下と話せてよかったです」


 レナ姫を始めとした穏健派の魔族を連れてきているのだ。

 公王にこの場で味方として認知してもらえれば、これ以上の保証はないだろう。


 公王ゼスターは、無言で顔を伏せている金剛の騎士オルドスに声をかける。


「金剛の騎士オルドス」

「ハッ!」


「なんだ、泣いておるのか」

「申し訳、ございません。陛下の御前で、拙者としたことが……」


 金剛の騎士オルドスは、公王ゼスターに忠誠を誓って地味で過酷な防戦を二十年以上も繰り広げてきた忠臣である。

 もはや、二度と拝謁はいえつは叶わぬだろうと考えていた公王ゼスターに再び会うことができて、涙を堪えることができなかった。


「マチルダに先を越されてしまったが、ワシもタダシ王こそ公国の未来を託すにたる英雄だと思う。オルドスはどう思う」

「お互いに剣を交えてわかりました! タダシ王は騎士の誇りを尊び、臣下の心を汲んでくださる君主です。それに、タダシ王はすでにマチルダ殿下に勝利されておりますので文句を言う騎士はいないかと」


 騎士の持ちたる国であるフロントライン公国では、実力が最も重視される。

 公国最強の剣士であるマチルダをわかりやすい形で下しているタダシならば、天星騎士団からも文句は出ない。


 雨降って地固まるというが、奇しくも両国の戦争があったおかげでタダシが公国の王位を継ぐ下準備ができてしまっていた。


「神を降ろし、魔族と和合わごうし、飢える民を救い、病床にあって死を待つだけだったワシをも救ってくださった。若き頃にはワシも夢見たものだ。勇者や賢者、聖者ですら治められなかったこの乱れた世を平らげる大君たいくんにタダシ王はきっと成ろう」


 未来を見据えるように、遠い目してそう言う公王ゼスターに、オルドスは言う。


「公王閣下がそこまでおっしゃるならば、我ら天星騎士団は心を一つにしてその覇業をお支えする覚悟です!」


 その言葉に、ひれ伏した天星騎士たちも皆口々に声を合わせる。


「それで良い。反対する貴族や官僚がいれば、ワシが言い聞かせよう。国家存亡の時だ、それでも聞かぬなら始末する。それで、どうだろうタダシ王よ」

「どうだろうと、言われましても……」


 そう水を向けられても、タダシも急な話で困ってしまう。

 マチルダはと見ると、モジモジとしていた。


「残された時間はあまりないが、今すぐ返事しろというのも無理か。まずは、お互いの親睦を深めるとしよう。どうか、城でゆっくりと寛いで欲しい」


 城の応接間に入ると、なんとマチルダが直々にお茶を淹れてくれる。

 ほのかに花の香がする良い紅茶だ。


「美味しい紅茶ですね」

「は、はい……」


 それを見て、公王ゼスターが笑い始めた。


「オージン。長生きはするものだな、マチルダが茶を淹れてくれるとは」

「まさに青天の霹靂へきれき。雨でも降るのかと、ゴホンゴホン……美味しいお茶ですな」


 余計なことを言ったオージンが、マチルダにギロッと睨まれる。


「あの公王陛下。マチルダさんもですが、紹介したい人がおりまして」


 タダシがそういうのに、公王ゼスターはさっと手を挙げる。


「報告はすでに受けている。そちらが、アンブロサム魔王国の魔王の遺児だな」


 皆の視線を受けて、緊張した面持ちでレナ姫がお辞儀する。


「先の魔王ノスフェラート・ヴラド・アンブロサムの末子、レナ・ヴラド・アンブロサムです……」


 普段無口なレナ姫だが、練習した甲斐があって、しっかりと挨拶できた。

 言ったら言ったで、タダシの背中に隠れてしまう人見知りは相変わらずだが。


「報告は聞いておる。魔王国に政変があったのだな。しかし、これまでずっと戦ってきた魔族の国の王族と相対するとは思わなかった」


 公王ゼスターは重々しく言う。

 しばし、応接間を沈黙が包み込む。


 タダシが口を開く。


「公王陛下、レナ姫とその一族である吸血鬼族は我が国が保護してます。穏健派の魔族と人族は和合わごうできると考えています」

「わかっている。それが一番良いことは、しかし公国の民が受け入れるには時間がいるであろうな……」


 公王ゼスターの言葉は重い。

 魔族に対する人族の偏見はかなり強いのだ。


 いや、偏見どころか大多数の人族にとって、魔族は人を襲う魔物と同等のものであった。

 しかしその空気が、次のレナ姫の言葉で変わった。


「あと、タダシ様には魔王になってもらいたいと思ってます!」


 タダシの服の裾を掴みながら、レナ姫はきっぱりと言い切った。


「おい、レナ姫。そんな話をするなんて、打ち合わせになかったぞ」

「人族の姫様だけズルい……」


 服の裾が伸びるくらいギュッと握りしめてレナ姫は言う。


「いや、そういう問題じゃないだろ。俺を魔王にするつもりとか、フジカにもまったく聞いてないんだが」


 フジカたちは今、魔王国の各地に散って亡命者をタダシ王国に逃がす作戦を遂行をしているところだ。

 レナ姫が急にそんなことを言い出すので、タダシは当惑してしまう。


 しかし、それを聞いて公王ゼスターは笑い出した。


「フハハハ、そうか魔王国の姫よ。こちらがマチルダを嫁に出すから、そちらも姫が嫁に入るというわけだな」


 それに、レナ姫はこくんと頷く。


「いやいや、レナ姫はどう見てもまだ結婚できる歳じゃないだろ」

「私は十三歳。すぐに大人になる……」


「え、十三ってまだ子供じゃないのか?」


 そう言うタダシに、みんなは成人は十五だからすぐだと言う。

 そう考えるとそんなに先じゃないのか?


「いやいや、いきなりそんなことを言われても。レナ姫、フジカはなんて言ってたんだ」

「とりあえず婚約からって……」


「おおい、聞いてないよ」


 よくよく考えれば、レナ姫たちの寄る辺はタダシ王国しかないわけでそうなるというのはわからない話ではない。

 しかしいきなり公王になれとか、魔王になれとか両方から言われてもタダシも困ってしまう。


 公王ゼスターは楽しそうに笑う。


「どうするマチルダ。手強い敵だぞ。あの魔族のお姫様は、幼く見えて我々よりもしたたかだ。もうタダシ王を懐に入れておる」


 レナ姫は、タダシの腰にすがりついて「負けない……」とつぶやいている。

 一方、マチルダはと見ると。


「十三。私より一回り以上若い、しかも可愛いだと……」


 レナ姫の爆弾発言に愕然としていた。

 マチルダはマチルダで、意を決して告白したつもりだったのだが、まさかこんな伏兵が待っていようとは思いもよらない。


 タダシは、気を使ってマチルダに言う。


「あの、さっき年齢の話があったんですが」

「は、はい。すみません若くなくて……」


 年齢の話になると、マチルダがシュンとしてしまう。


「いやいや! そういうことじゃなくて、俺は四十のおっさんなんですよ。転生した時に若返っただけで」

「なるほど、転生者だとそういうこともあるのですね。若いのに年上で頼もしいとか、最高の相手です! も、もちろん、タダシ王がこの縁談を受けてくださればですが」


「マチルダさんはお綺麗ですし、ありがたい話だと思いますよ。しかし、俺もすでに九人も妻がいる身ですし、相談しないといけないかなと」


 タダシとしては公国との友好関係を考えると無下にする訳にもいかないのだが、これ以上妻を増やすのも本当にどうかと思っている。

 しかしそんなことを聞いちゃいないマチルダは、綺麗と言われてのぼせ上がる。


「まあ、綺麗だなんて、それでは話を進めても問題ありませんね! もちろん。私は奥様方の末席で構いませんので!」

「いや、うちの王宮は席次とかは特にないんですが、ああでもエルフの姫のイセリナが正妻ということになってるのかな」


 その辺りは、妻たちに任せっきりなのでなんとも言えないタダシである。

 ちらっとそちらを見ると、獣人の勇者エリンが言う。


「ボクは反対だよ。そいつは、ボクたちの島を襲ってきたやつらの首領じゃないか!」

「そういうわだかまりもあるよなあ」


 エリンの隣でケットシーの商人賢者シンクーは反論を述べる。


「タダシ陛下、ここで公国と血縁関係を持っておくのは必要なことニャ」

「シンクー、それはどういうことだ?」


 タダシに直接答えずに、シンクーは公王ゼスターに言う。


「マチルダ姫の輿入れの話を受けてタダシ王が次期公王となるなら、公国は穏健派魔族との協調も約束してくれるニャ?」


 シンクーの言葉に、公王ゼスターは頷く。


「もちろんだ。公国は、タダシ王の方針に従おう」

「そうなれば、フロントライン公国も同胞どうほうとなるニャ。食料や薬品だけでなく、虎の子の魔鋼鉄製の武器を公国軍にすぐにでも提供できるニャ。公王陛下もそう考えて提案したのニャ」


 そうだったのかと、タダシは公王ゼスターを振り向く。


「さよう。そのためにワシもここに来た。マチルダから婚姻の提案がなくても、そう勧めるつもりだった。報告を聞く限りにおいて、公国軍に残された時間の猶予ゆうよは少ない。そうだろう、商人賢者シンクー殿」

「さすがは賢君と名高い公王陛下ニャ。フジカたちから入ってくる情報では、暗黒の魔王ヴィランの軍勢はすぐに攻めてきてもおかしくないニャ」


 公王ゼスターと、商人賢者シンクーはすでに同じ結論に到達していたようだ。


「さてこういうことなので、後はタダシ陛下の決断次第ですニャー」

「俺次第なのか、うーん」


 ここでタダシがうんと頷けば、全てが丸く収まる形になってしまっている。

 マチルダがガバっとタダシの手を取る。


「タダシ陛下、勘違いしないでくださいね。国のこともありますが、私は父上たちとは違って政略とか関係なくタダシ陛下が素敵だなと思って……」


 そこに、伝令の兵士が転がり込むようにして入ってきた。


「大変です! 魔王軍から奪還した穀倉地帯に新たな軍勢が攻めてきました。敵は、黒旗をひるがえした、これまでにないおぞましき力を持った軍勢とのこと!」


 タダシに決断を促すように、みんなの目が集まる。


「わかった! マチルダ王女と婚約する!」

「タダシ陛下!」


 マチルダは、夢見るように碧い瞳をキラキラと輝かせてタダシの手を取る。


「シンクー! これでフロントライン公国も同胞だ。魔鋼鉄製の武器を運び込んでくれ。公国の民を無駄に死なせてはいけない」

「すでに準備はできてるニャ!」


 こうして、新たなる魔王ヴィランが率いるアシュタロス魔王国の軍勢とタダシ王国が完全バックアップするフロントライン公国軍との戦いが始まった。

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