戦の後始末やマチルダやフジカ達吸血鬼の女官との結婚式(ちゃっかり司式司祭を務めたシスターバンクシアも結婚した)を終えて、タダシ王国は平穏を取り戻した。
辺獄の地中にいるという暗黒神ヤルダバオトはとりあえず神々とタダシの浄化によって抑え込み、準備が整い次第始まりの女神アリアが封印を施すということになった。
レナ姫は無事に魔王となり、タダシ王国の保護領としてではあるがアンブロサム魔王国を再建。
簒奪者ヴィランが荒らし回ったせいで魔界の国土は荒れ果てているが、タダシ王国の援助によって小康状態を保っている。
同時に保護領となったフロントライン公国に加えてタダシの支配する版図は広がり、辺獄の地はより安泰となったと言える。
その後も、タダシは生産王として流入する難民の保護や農地の整備、村の建設などに奔走して、日々はあっという間に過ぎていった。
そして、半年もの年月が流れた。
「タダシ様、少しは落ち着いてください」
大きなお腹を抱えたエプロン姿の獣人マールが苦笑している。
海エルフのガラス職人のアーシャ。裁縫が得意でおしとやかなローラ。タダシと同じ農家のベリー。兵士長のリサ。
獣人で大工の女棟梁のシップ。獣人の勇者エリン
タダシの最初の九人の妻はすでに全員懐妊している。
夜の生産王の面目躍如である。
そして、イセリナの出産の日がやってきていた。
イセリナにとっても初産だが、タダシにとっても初めての実子である。
「うーむ。しかし、落ち着けと言われてもな」
心を落ち着けようと、王城の窓から外を眺めるタダシ。
ヴィランを倒した時に出来た巨大なクレーターには川の水が流れ込み、大きな湖となっていた。
景観の良い湖畔にはボートが浮かび、
そのような観光を市民が楽しめる程度には、タダシ王国も落ち着きを取り戻したということだ。
まだ戦争で荒れ果てた魔王国や疲弊した公国の深い傷を癒やすまでには至っていないが、両国ともに結びつきを強めて援助しているのでいずれはタダシ王国のように平穏を取り戻すだろう。
「産まれてくる子供には、良い未来を作ってやりたいものだ」
そんなことを考えていたら、少し落ち着いてきた。
「なあマール、俺も手伝ってはダメか?」
部屋の中からは、イセリナがお産に苦しむ声が聞こえてくる。
「人手は足りてます。こういう時、男はじっとしているものですよ」
島の男はそうなのだろうが、普段から忙しく働いてるタダシはじっとしてるのが一番苦手だ。
「いや、しかしお湯を沸かすくらいならできる」
「イセリナ様にも、見られるのが恥ずかしいから絶対にタダシ様入れないようにとくれぐれも頼まれましたから、じっとなさっててください」
「そ、そうか……」
いっそ何か作業でもしてた方が落ち着くのだろう。
しかし、イセリナが頑張っているのに見守ってやらないのも良くない。
こういう時は神様に頼ろうと、クロノス様の像を綺麗に拭いて、無事に産まれてくるようにとお祈りすることにした。
マールが後ろから覗き込んで尋ねる。
「クロノス様は何か言っておられますか」
「アハハ、マールと同じ事を言ってた。無事産まれてくるから、安心してじっとしておれとたしなめられたよ」
タダシがそう苦笑した時、ひときわ大きくイセリナがいきむ声が聞こえて、助産師達が慌ただしく動き始めた。
「これは、産まれましたね」
「本当か!」
お産を経験しているマールにはわかるらしい。
「おっと、ダメですよ。イセリナ様がいいというまで入っては」
「ああ、そうだった」
「私が先に見てきますからね」
そう言って身につけているエプロンをアルコールの噴霧器で消毒してから、カーテンの中に入っていくマール。
「タダシ陛下、うち達も消毒しておきましょうニャ」
気を利かせたシンクーが、アルコールの噴霧器を持ってくる。
消毒という概念は異世界人が多く転生したこの世界の知識にもあることだが、コストが掛かりすぎてほとんど廃れていたそうだ。
金持ちは万能薬であるエリクサーが使えるから治してしまえば良いという考えもあるのだろう。しかし、病に最初から掛からないに越したことはない。
酒造りの要領でタダシが高濃度の消毒用アルコールを製造して、医療用具などには消毒することを奨励している。
カーテンを上げて、マールが白い布に包まれた赤ん坊を抱いてでてくる。
「これが、俺の子供なのか?」
「目元など、タダシ様によく似ておられます」
少し耳が長いのは海エルフであるイセリナの血だろうか、可愛らしい銀髪の子供だった。
確かに瞳はタダシと同じ黒だった。
「ほら、男の子なんですよ」
「ああ、いいなあ~」
恐る恐る赤ん坊を受け取って、思わずタダシの口をついて出たのがそういう言葉だった。
「タダシ様。泣いておられるのですか」
「あ、ああ、なんかうん……」
タダシは感極まって泣いてしまった。
心の奥底から熱い思いがこみ上げてきて、言葉にならない。
これが、自分の子供が産まれるということなのか。
「イセリナ様も、もう大丈夫のようですよ。頑張ったのですから、褒めてあげてください」
「そうだな」
ようやく分娩室に入れてもらえて、ぐったりとベッドに横たわっているイセリナに会う。
「頑張ったなイセリナ」
「はい……タダシ様。赤ん坊の名前はどうされますか」
「今この子の顔を見て思いついたんだが、リョウというのはどうかな」
この世界の者にはわからないだろうが、漢字を当てると『良』となるだろう。
この子を初めて見た時、タダシはそれ以外の言葉を思いつかなかった。
「リョウですか?」
「俺の故郷の言葉で、良いということだ。これからのこの子の行く末が良いことばかりであるようにと」
子供の名前には、親の願いを込めるものだと言う。
だったら、タダシはそれがいいと思った。
「なるほど、それは良い名前ですね。ほら、この子も笑いましたよ」
「ほんとだ。赤ん坊って笑うんだな、お前の名前はリョウだぞ」
赤ん坊の笑顔につられて、タダシもイセリナも周りのみんなも笑った。
長い戦争に疲弊した国々の復興はまだこれからだが、それでも未来の希望はタダシの手の中にある。
「おぎゃあ、おぎゃあ」
「おお、よしよし。喜んでるのかな」
より良き未来に向けて、タダシの子供リョウは小さな手を伸ばしてみせた。
――第二部 完 第三部に続く。