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第100話「暗黒騎士グレイブ蠢く」

 豊かな港町シンクーで狼獣人ワーウルフ達が経営している料理店、月狼亭に入ってくる怪しげな黒ずくめの軽装騎士を見て、店主のルナは顔を顰めた。


「暗黒騎士グレイブ。一体何のようだ」

「なんだ。ここは客にそんな態度を取る店なのか?」


 渋い声で、金髪をかきあげて暗黒騎士グレイブがからかうように言う。

 それを聞いてルナは顔をしかめると、くすんだ銀髪をかきむしって叫ぶ。


「あーくそ! おい、ドウカン。店を閉めろ」

「はい……」


 客もまばらな時間帯だ。

 大柄な料理人であり、月狼族の戦士長でもあるドウカンは、店の扉をクローズドにした。


「この店はキツネうどんってやつが美味いらしいな、それでももらおうか」


 どこまでもふざける聖王国の『暗部』グレイブに、ルナは激高してテーブルを叩く。


「ふざけるなグレイブ! 一体何の用だと聞いている!」


 勝手に店の水をコップにとって、黒い丸薬を水と一緒にグィッと飲み干すと、グレイブは言う。


「お前らさあ。聖姫アナスタシアを殺せ」

「なっ! お、お前は! 自分が何を言っているのか理解してるのか……」


 仮にも聖王国に仕える暗黒騎士が、次期女王である聖姫アナスタシアを暗殺しろなどと。


「もちろんわかってる。大宰相リシュー様直々のご命令だ」

「我々狼獣人ワーウルフは、アナスタシア様に助けていただいたんだ。恩義あるアナスタシア様を裏切れと言うのか!」


「だからいいんだよ。そんなお前達だからこそ、聖姫は油断する。お前らがアナスタシアを殺る間に、俺は国王タダシを殺る。それでこの国は終わりだ」

「そんな手伝いを、我々がすると思っているのか!」


 凶暴そうな牙をむき出しにしてルナが叫んでも、グレイブはそれを鼻で笑って叫び返す。


「するなあ、ルナ! 逆らえば聖王国にいる狼獣人ワーウルフを全員殺すぞ!」

「こ、この外道がっ!」


 難民キャンプにいる千人を超える月狼族の命は、大宰相リシューの考え一つなのだ。

 ルナ達は、人質に取られる形でタダシ王国に派遣された密偵だった。


「お前達は、同族を見捨てられない。そういう意味では、大宰相リシュー様はお前らを信用してんだよ。嬉しいだろう?」

「クソが、私達はどうしたら……」


 苦悩するルナに、グレイブはささやくように言う。


「お前達だって、そのために派遣されてきてるんだろ。大宰相リシュー様のために働けば、月狼族の栄達は約束されてるんだ。悪い話では、うっ、くっ……」

「おい、どうした。顔色が悪いが……」


 得意げだったグレイブが、突然テーブルに突っ伏して呻き出したので、ルナは怪訝そうに声をかける。


「クックック、そろそろ効いてきたか。ほう、星四つとは、ヤルダバオト様は気前がいい」


 もともと英雄の星を二つ持っていたグレイブの手に、禍々しい黒い星四つが浮かび上がる。

 これで加護は六つ。


 暗黒神に魂を売ることで、本来は五つまでという加護の限界をグレイブは突破できたことになる。

 禍々しい瘴気を発して邪悪な笑みを浮かべるグレイブに、鋭敏なルナ達は毛を逆立てて後ずさった。


「な、なんだそれは!」

「この丸薬を飲めば、暗黒神ヤルダバオト様の加護と神技が与えられる。お前達も暗黒神の新たな力を手に入れ、それでアナスタシアを殺せ!」


 そう迫るグレイブ。

 迷っているルナを見て、戦士長ドウカンは丸薬を掴んで飲み干した。


「うう……」

「ドウカン!」


 苦しみだしたドウカンの右腕が禍々しく黒く染まり、悪魔のように黒く染まった爪がまるで鋭利な刃物のように伸びていく。


「うぉおおお! 暗黒騎士グレイブよ! その任務、誇り高き月狼族の戦士長ドウカンがやろう。族長の手は汚させない!」


 そんな覚悟を見せる戦士長ドウカンをあざ笑うように言う。


「やる気は買うが、お前だけではダメだ。タダシ王国だって、優秀な護衛は付けているだろうからな。ここにいる全員に協力してもらう。お前らに拒否権はない」


 そう迫るグレイブに、ついに月狼族の族長ルナも丸薬を飲み干した。


「ルナ様!」

「言うなドウカン。お前だけにさせるわけにはいかん。やるなら、みんなでだ……申し訳ありませんアナスタシア様」


 泣きながら暗殺者となることを決めたルナに従い、店の狼獣人ワーウルフ達はみんな丸薬を飲み干して暗黒神ヤルダバオトの加護を受けた。

 それを見て、冷酷にグレイブは言う。


「お膳立てはすでに整ってる。自由都市同盟で起こった騒ぎで公国軍は北に誘導されている、それと同時に暗部の仲間がタダシ王国国内で反乱騒ぎを起こす手はずになっている。その隙に俺達で殺るぞ」

「そんな作戦で大丈夫なのか? タダシ王は加護の☆を十個も持っていると聞くが……」


 作戦が失敗すれば、暗殺者である自分たちは死ぬのだ。

 ルナが不安がるのも無理はない。


 しかし、グレイブは不敵な笑みを浮かべて言う。


「国王タダシは俺が殺ると言ってる。俺は自分より高い加護持ちを殺った経験がある。神技は侮れないが、その力が強ければ強いほど不意打ちに弱いんだよ」


 所詮は、神ならぬ身だ。

 グレイブのようなプロの暗殺者ならば、高い加護を持つ神技持ちを殺す方法もある。


「暗殺に成功したところで、私達はその後どうなる」


 タダシ王国とて、暗殺者をそのまま逃しはすまい。

 みんな使い捨てにされるのではないかと疑っているのだ。


「心配するな。これを見ろよ」


 グレイブは、黒褐色のペンダントを見せる。


「それはなんだ」

「これは『転移のペンダント』だ。一度限りだが、これを使えば聖都の王宮まで一瞬で飛べる。禁忌の魔法、瞬間移動ってやつだ」


「暗黒神の加護を与える丸薬といい、その魔道具といい。かなり用意周到な作戦のようだな」

「ああ、お前らは大宰相リシュー様の作戦通りに動けばいい。そうすれば、無事は保証してやる」


「ここまで来たら逆らうわけにもいかん。不本意ながら、お前に我らの命を預ける」

「それでいい」


 バカな獣人どもは、面白いように大宰相リシューの手のひらの上で踊っている。

 これならば、本当に暗殺計画も成功するかもしれないなとグレイブは考えるのだった。

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