あの山の向こうで上がる、きのこ雲の爆炎はもしや……。
ゾッとするタダシだが、まずは目の前にいる瘴気に操られる騎士達を助けてやらないと。
「神様達、どうか俺に彼らを救う力を!」
タダシは、願いを込めて鍬を天高く構える。
天より降り注ぐ白銀のオーラを溜めて、一気に振るう。
「ぐぁあああ!」
瘴気に真っ黒に染まった神聖騎士達は悲鳴を上げて倒れるが、その身体は傷ついていない。
タダシが薙ぎ払う鍬より発せられる白銀の光は、暗黒神ヤルダバオトの悪しき瘴気だけを切った。
だが、あまりにも数が多い。
「ぐぉおおおお!」
「何をするかお前らーっ! 正気にもどれ! うわー!」
日頃の
ある意味コミカルだが、笑ってもいられない。
このままでは、同士討ちになってしまう。
そして、この間にも空を舞うグリフォン達は、次々に空爆を仕掛けてくる。
タダシ達がせっかく苦労して作った畑や街が、投下された爆弾に焼き払われていく。
「なんて酷いことを! 止めないと撃ちますよ!
創造神アリア様から
タダシの味方にも、魔法を使える者はいる。
矢は届かない程の高空からの爆撃だが、直進する魔法ならば迎撃もできる。
商人賢者であるシンクーも攻撃魔法を駆使して次々に撃ち落としていったが、それでも打ち漏らしの爆撃で街が吹き飛ばされる。
「ええい、切りがないニャ! これならどうニャー! 知恵の神ミヤ様、どうかうちにお力を!
防御魔法に切り替えるシンクー。
知恵の神ミヤ様から最大の加護である
その神力を全開にした圧倒的な魔法防壁だ。
だが、激しい爆撃を喰らうごとに揺らいでくる。
このままでは、被害を抑えきれない。
しかし、タダシには操られた騎士達を正気に戻す作業で手一杯だ。
そこに、ハァハァと息を切らして赤茶色の長いツインテールの髪を揺らしてスカートの可愛らしい少女(に見える竜人の少年)
「王様! ドラゴン部隊、ワイバーン部隊、迎撃いけます!」
この街ハーモニアは、農業都市であるとともに新たな聖王国軍の拠点である軍事都市の性質も持っている。
以前、帝国海軍に対してタダシが空爆によって勝利したので、敵も何らかの方法で同じ手を打ってくる可能性は考慮していた。
だから、いざという時に空中戦の準備もされていたのだ。
「デシベルくん、グレイドくん、行ってくれるか!」
ズボンの元気そうな少年(に見える竜人の少女)
「王様、ここは俺様達に任せろ! どっちが空の支配者か見せてやる!」
爆弾を落とすグリフォンが爆撃機なら、ドラゴンとワイバーンは戦闘機である。
隊列を組んだドラゴンや、ワイバーンが次々に飛び出し、口から炎を吹き出してグリフォンを迎撃していく。
これならばとタダシが思った時……。
余裕の笑みを浮かべる暗黒騎士グレイブが声を上げる。
「タダシ王! 俺達の見世物は気に入ってもらえたかな。結婚式の余興にはちょうどいいだろう!」
「ふざけるなよ!」
タダシ達は操られる騎士を正気に戻すのに手一杯になっているが、乱を起こした暗黒騎士グレイブはこちらにかかってくるつもりはないようだ。
こちらを
「ハハッ、これは怖い。早まるなよ、俺はタダシ王と本気でやり合うつもりはない」
「この爆撃、一体何が目的なんだ!」
「それは、これからわかるさ。この余興の
暗黒騎士グレイブがそう言い終わると同時に、一際大きなグリフォンが特出してくる。
グリフォンの上に乗っている若い金髪の男が黄金に輝く長槍を振り回して、突撃してくるドラゴン軍団を切り裂いて突破した。
シンクーの張った
ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオンン!
「きゃー!」「うわー!」
大気を震わせる大きな爆風とともに、所々で上がる悲鳴。
シンクーの張った
そうして、派手に上がる爆炎とともに現れたのは、豪奢な黄金の甲冑に身を包んだ見るからに
「貴方は、帝国の皇太子ゲオルグ!」
聖姫アナスタシアの叫びに、皇太子ゲオルグはキザったらしく金髪をかきあげて笑う。
「ハハハッ、久しぶりだな聖姫アナスタシア。超絶美男子の俺を捨てて、こんな冴えない男と結婚か?」
「タダシ様は下劣な貴方と比べれば、百倍素敵な方です!」
皇太子ゲオルグは、睨みつけて忌々しげに舌打ちする。
「チッ、言ってくれる。気の強い女はこれだから、気に食わぬのだ! おい、お前がタダシだな!」
聖姫アナスタシアを背中にかばいながら、タダシが言う。
「皇太子ゲオルグと言ったな! お前に聞きたいことがある!」
ゲオルグは、タダシの顔色を見てニヤッと笑っていった。
「お前が聞きたいことを当ててやろう。爆弾の中に、核兵器がないかだろう?」
「なんでそれを……」
「クククッ、フハハハハッ! 知っているぞタダシ! お前も地球からの転生者なのだろう。何を隠そう、この俺もなのだ!」
「なんだと?」
タダシが転生者であることは身内には言ってしまっているため、ゲオルグが伝え聞いて知っていてもおかしくはない。
しかし、皇太子ゲオルグもまた同じ地球からの転生者であることに驚いた。
「俺達は、同じところから来た人間だ。あのキノコ雲を見れば、核兵器ではないかと疑うよな。そりゃそんな顔にも成るわけだ」
「だが違うんだよな?」
「安心しろ。今爆発しているのは、燃料気化爆弾というものだ。まだ核兵器は爆発していない」
「そ、そうか……」
そう聞いて、タダシはホッとする。
気化爆弾というやつは、タダシもマンガやアニメなどで見たことがある。
連発すれば山を崩すほどの強い威力はあるが、核兵器のような致命的な兵器ではない。
考えてみれば、核兵器を使えばこの場にいるゲオルグとて無事では済まない。
帝国の転生者は、現代知識で超弩級戦艦などを作っているからもしや核兵器もと恐れた。
いや、しかし、もしそれがあったとしても使うわけがないと思ったその時……。
「おい、何を勘違いしている。俺は、
「え、お前は何を……」
後ろから聖姫アナスタシアが怪訝そうに尋ねる。
「タダシ様、核兵器というのはそんなに恐ろしいものなのですか」
「ああそうか、この世界の人間にはわからないよな。俺の故郷で使われたことがあって、何十万という人が死んだ悪魔の兵器だ」
「そんな!」
そう聞いて、タダシの恐怖をようやく周りの人間も実感する。
「それだけじゃない。放射能と言って、何十年も土を汚染する猛毒を出すんだ。核なんて使ったら、その土地は汚染されて生き物はみんな死に絶えるんだ」
何という悪魔の兵器かと、周りが絶句する中、皇太子ゲオルグがニヤニヤと笑っていう。
「そうだよなあ。核兵器を作った帝国の初代皇帝も、作ってしまったことに後悔したらしく、世界の危機でも訪れないかぎりは絶対に使うなと、一発だけが厳重に保管されていたよ」
作ったことは許せないが、帝国の祖先はまだ良識があったということか。
「その通りだろ! お前だってわかるはずだ。そんなものを使えば、もう戦争どころじゃない! 人としてやってはいけないことだ!」
そう叫ぶタダシに、ゲオルグが言う。
「だが、核兵器を使っても俺だけは平気なんだよ」
「なんだと、何を言って……」
「暗黒神ヤルダバオトが言ったのだ。この暗黒神の加護
そう言って、自らの腕についた禍々しき黒き星を見せる皇太子ゲオルグ。
タダシはそれを見てゾッとする。
すでにこの男は、悪魔に魅入られてしまっていた。
「待て、そうは言っても、核兵器なんて使ったらこの土地はめちゃくちゃになる。みんな死ぬんだぞ!」
「ここでなら、使っても構わんだろう」
「なんだと!」
核兵器は、多くの民間人が巻き添えになる悲惨な被害を出した世界そのものを滅ぼしかねない兵器だ。
日本人であるタダシは、そう子供の頃から教えられてきた。
通常の兵器とは違うのだ。
普通の神経を持った人間ならば、絶対に使いたくないはずなのに……。
「帝都や聖都でなら、俺も使わんさ。だが、こんなクソみたいな土地や民はいらん。だから、この俺は使うことにためらいなどない」
「どこだ、どこにある!」
タダシが血相を変えて皇太子ゲオルグに迫る。
それを手でうるさそうに払って、皇太子ゲオルグが言う。
「もはや、俺にすらどこにあるかなどわからん。あの後ろの方のグリフォン爆撃部隊の持つ爆弾の中に、一発だけ核爆弾が混ざっている」
「ゲオルグ! お前は、なんてことをしてくれたんだ!」
いつになく焦るタダシに、皇太子ゲオルグがゲラゲラと笑う。
「いいぞ! その顔だ! 俺がアナスタシアを取られてどれほど悔しかったかわかるか! お前のその吠え面が見たかった!」
「そんなことのために、お前は味方すら巻き込むのか!」
何も知らないグリフォン達が哀れだった。
皇太子ゲオルグが生き残るといっても、核爆弾が起爆すれば敵味方関係なくみんな死んでしまうではないか。
「さあタダシ、時間がないぞ。お前ならどうする。俺達はここで、この忌々しい都市が丸ごと焼き尽くされるのをゆっくりと見させてもらうぞ」
「どうすると言われても……」
街に迫りくるグリフォン部隊を眺めながら、タダシは一瞬思考が止まってしまった。
そこに、聖王ヒエロスが声をかける。
「タダシ陛下。騎士の浄化ならば、余らにもできる!」
そう言って、タダシのやり方を真似て聖なる杖を振るって、暗黒神ヤルダバオトに操られた騎士を浄化してみせる。
聖王ヒエロスもまた、創造神アリア様から
「そうです! この場は私達に任せて、タダシ様はその悪魔の兵器をなんとか喰い止めてください!」
聖姫アナスタシアもまた、敵に操られる騎士達の抑えに回った。
「わかりました。ここはお願いします!」
核爆弾が爆発したら、農業都市ハーモニアは終わりだ。
これまでみんなで築き上げてきた街も、目指してきた異種族間の融和も全てが台無しになってしまう。
「くるるるる!」
「クルルか、頼む!」
タダシは、ピンチを察して現れたフェンリル、クルルに飛び乗る。
高度から爆撃を繰り返すグリフォン爆撃部隊に向かって、タダシを乗せたクルルは駆けるのだった。