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第126話「最終決戦に備えよ」

 魔王国でつかの間の休息(……には、全くなってなかったのだが命の洗濯)を済ませたタダシは、タダシ王国へと戻っていた。


「ちょっと下ろしてくれクルル」

「くるるる……」


「お前とであったのも、この森だったな」

「くるるるる!」


 まるで、地中から逆さまに根っこが生えているような魔木の林立する不気味な森。

 そこで、フェンリルのクルルがくるくると喜んで駆け回る。


「ちょ、うちも下ろしてー!」


 タダシの知恵袋である商人賢者シンクーも、慌ててクルルから降りる。

 コミカルな光景だが、タダシはそれを見ておらず、無心に魔木や土を調べていた。


「ふうむ」

「タダシ陛下。こんなところでいきなりどうしたニャ」


「ちょっと、気になったことがあってね」

「敵の本当の狙いは、暗黒神ヤルダバオトが封じられているこの辺獄へんごくニャ。帝国の艦隊が動き出す準備をしてるって報告もあったニャ」


 敵の動きを見れば、大陸内陸からの攻撃は陽動作戦に過ぎず、やはり本命は帝国艦隊による奇襲上陸である。

 早く海岸線の防衛を視察しに行かなきゃならないと、シンクーは気が急いている。


「まあ、待ってくれ。シンクーにも意見を聞きたいんだが、この魔木の森を見て、どう思う?」

「不吉で、不気味な森ニャ。この大地に暗黒神が封じられてると聞いたら、余計肝が冷えるニャ」


 タダシによって辺獄の浄化がなされても、それでもこの魔木の森にはみんな近づこうとしない。

 この辺獄へんごくが魔獣しか住めない瘴気の漂う魔境となったのは暗黒神ヤルダバオトのせいだ。


「でも、魔木は俺達の役に立ってくれている」


 魔鉱石を溶かせるのは、この魔木による炎だけなのだ。

 それで出来た魔鋼鉄の鍬に、タダシがこれまでどれほど助けられたかわからない。


「なるほど、暗黒神の力ですら利用できるかもしれないということかニャ。これは、商人賢者のうちも思いつかなかったニャ」


 猫のしっぽを振りまくって考え込むシンクー。

 タダシも自分で思いついたわけじゃない。


「暗黒神ヤルダバオトの加護を受けていたあの暗殺者を、小竜侯ワイバーン・ロードデシベルくん達が、暗黒神の加護を逆利用したって聞いてね」


 フジカに、寝物語に教えてもらったのだ。

 そういうことが出来るなら、自分だってやれることがあるのではないかと。


「おぞましき暗黒神の神力を逆利用するなんて、タダシ陛下の発想にはうちも脱帽するニャ」

「よし」


 なにやら土いじりをしていたタダシは、スッと立ち上がった。


「えっ、もういいかニャー!?」

「うん。ここで出来ることは終わったと思う」


 再び二人はクルルに乗って、来たるべき戦いに向けてタダシ王国の兵士達が塹壕ざんごうを掘ったりしている海岸線まで走り抜ける。

 敵の上陸に備えて魔鋼鉄砲が並べられた海岸線では、防衛拠点となるシンクーの街を中心に徹底的な防衛陣地が構築されつつあった。


「みんな、ごくろうさま」


 タダシがクルルから降りると、数百人の兵士がみんな慌てて集まってくる。

 なんと、最前線はタダシ王国の古参である島獣人や海エルフの女性ばかりであった。


「タダシ様がいらしたわ」

「生産王様!」


 後ろの方で「ゴケー!」とか「グモォオオオオ!」とか、魔獣の嘶きが聞こえると思ったら、魔鶏まけい魔牛まぎゅうまで防衛に駆り出されている。

 最初は魔獣を恐れていたタダシ王国の獣人達も、フェンリルであるクルルにしつけられている魔獣を恐れなくなっている。


「総力戦だから仕方がないのかな」


 タダシとしては、せっかく増えた重要な家畜達がまた減ることが残念でならない。

 魔鶏まけいの生み出す卵や、魔牛まぎゅうの乳は、タダシ王国の祭りやお祝いに使うケーキ作りには欠かせない材料だ。


 まったく、戦争というのは被害ばかり出て虚しいものだ。

 なるべくなら、これらの魔獣が全滅しないうちにさっさと勝負を付けたいところである。


「みんな防衛に全力を尽くしております!」


 防衛陣地構築の作業にあたっている島獣人の隊長が、タダシに向かい尻尾を振って誇らしげに言う。


「ありがとう。その頑張りに報いられるように俺も頑張るよ」


 島獣人の隊長は、強い決意を持ってタダシに言う。


「タダシ様に救われたあの日から、この国は私達の最後の安住の地です。防衛に志願した我々決死隊は、命がけで国を守ります!」


 そのように言ってくれる国を作れたことを、タダシは嬉しく思う。

 だが、決死隊とは穏やかではない。


 人命は魔獣にも増して失いたくないものだ。

 それが自ら最前線を志願した、古参の島獣人や海エルフ達であればなおのことだ。


「君、名前は?」


 獣人の若い女隊長は、感激に震える声で「ノエラです」と名乗った。

 タダシは良い名前だとつぶやいて、ノエラ隊長の肩に手をおいて優しく言う。


「ノエラ隊長や、みんなのその気持ちは嬉しい。だが、君達の命こそが我が国の一番の財産だ。決死隊は良くないな、なにか別の名前を付けよう」


 ノエラ隊長は、震える声で言う。


「で、では……その、あまりにも不遜ふそんではありますが、タダシ様の親衛隊を名乗ってよろしいでしょうか」

「それは良いね、ぜひそうしよう……ところでノエラ隊長、親衛隊の役割は何かわかるかな」


 タダシがイタズラッぽく笑って聞く。


「タダシ様のお側にはべり、タダシ様をお守りすることです」

「よくわかってるじゃないか。じゃあ、親衛隊である君達にいなくなってもらっては俺が困るだろう。だから、危なくなったら引いて一人も欠けることのないようにノエラ隊長に厳命する」


「はっ、はい! 謹んで、拝命致します」


 タダシの手を取ってその場に跪きながらも感涙にむせび、申し訳ありませんと何度も頭を下げるノエラ隊長。

 尻尾をバサバサ振っていて、とても可愛らしい。


 作業の手を止めていた女性兵士達も、皆一様に感激に震えて声もなく頭を下げた。

 我ながら国王らしいことが言えるようになってきたなと、タダシも苦笑する。


 カンバル諸島の風習もあって、兵士と言っても男女関係なく務めている。

 新しい兵士には人族の男性も多いが、古参の兵士はこんな風にほとんどが島獣人や海エルフの女性だったりするのだ。


 彼女らの命を守るのは、国王であるタダシの責任なのだ。

 一人の犠牲も出さないように戦ってみせると、タダシは心の中で硬く決意する。


「こんなに手が傷だらけになって。これを傷の治療に使うようにしてくれ」


 過酷な作業で傷ついたノエラ隊長の手を、頼もしいと思いつつも痛ましく思ったタダシはマジックバッグからエリクサーを取り出す。

 小さな傷でも、大事になる恐れもある。


「そんな、必要のない治療などに貴重なエリクサーを!」

「貴重でもなんでもない。王城に帰れば、イセリナにいくらでも作ってもらえるからね」


 ちゃんとこの程度の人数分は常に用意してある。

 戦争が終われば、こんなにたくさんのエリクサーも必要なくなるはずだ。


 エリシア草を使った化粧水を作ってもいいかもしれない。


「ではいただきます!」


 その場でエリクサーを飲み干して傷を癒やすノエラ隊長達を、タダシは微笑んで見つめて言う。


「今は君達にはこの程度のことしか出来ないが、大きな褒美をやらなきゃだな」

「ご褒美までいただけるんですか!」


「ああ、俺にできることならなんなりと」


 タダシの親衛隊から、キャーと歓声が上がる。

 ご褒美といっても大したことはできないのだが、素朴な獣人達は何でも喜んで受け取ってくれることを知っている。


 命の借りに対して本当に些細ささいなものではあるが、それでも働きにきちんとした形で報いることが大事だ。

 それが、自分が前世でしがない労働者だった時に欲しかった物だからということもある。


 そこに、砲兵隊と作戦の相談をしていたらしいシンクーがやってきて言う。


「タダシ陛下、オベロンが話があるそうニャ!」

「おお、すぐ行くよ」


 シンクーは、何やらニヤニヤとしている。

 こっちに来いと手招きしているドワーフの名工オベロンも、嬉しそうな顔でタダシの前に青白い光りを放つ大きな球を差し出す。


「王様。これ、なんじゃと思う?」

「なんだこれ、綺麗だな。巨大な宝石か?」


「ガッハッハ。ワシらにとっては、まさに宝石でもある。これは、超弩級戦艦ムサシの残骸から拾い上げた超巨大魔導珠じゃ」

「え、あの爆発でも壊れなかったのか?」


 超弩級戦艦の動力源。

 熱エネルギーを超魔導エネルギーに変換するという、どういう理屈で動いているのか全くわからないファンタジーな人工遺物アーティファクトだ。


 あの巨大な戦艦やビーム砲を、石炭を炉で燃やしただけで動かしていたというのだからとんでもない代物であることは間違いない。

 タダシはこの魔導球を暴走させて、超弩級戦艦を真っ二つにするほどの大爆発を起こしたのだが、それでもまだ傷一つ付かずに残っているとは……。


「これがあれば、ワシらも作れるぞ。船」


 オベロンが、まるで子供のようにキラキラと目を輝かせている。

 タダシはもう言わなくてもわかった。


 こちらも超弩級戦艦を作り、相手が繰り出してくる超弩級戦艦ヤマトとの艦隊決戦をするというのだろう。

 前回のような爆撃はもう対策されているだろうから、真っ向勝負で潰すのだ。


 オベロンのことだから、超弩級砲のような兵器の開発も考えているに違いない。

 それは、確かに魅力的な提案だった。


 しかし、タダシは頭を振る。

 自分の心から、違うという声が聞こえたのだ。


「いや、違うぞオベロン。帝国の力に、同じ力で対抗しちゃいけないんだ。俺達がそれをやるべきじゃない」

「ほう、ではどうする」


 タダシは、オベロンの持っていた図面に自分の案を書き込んでいく。


「どうせ船を作るなら、こういうのはできないか?」


 どうせファンタジーなんだ。

 みんなの力を組み合わせれば、なんだって可能なはず。


「おおお……こう来るかぁああ!」


 オベロンは、感嘆の声を上げて天を仰いだ。

 そのアイデアはまさに驚天動地きょうてんどうち、生産王の名にふさわしい船だった。


 いや、これはもう船という概念をくつがえしている代物だ。

 我が王はやはり天才であったかと、オベロンは感激に震え上がる。


「どうだオベロン。できるか?」

「できる! ワシらの力を結集して作ってみせる! 確認するが、これができたなら勝てるんじゃな?」


「ああ、これを作ってくれれば、帝国艦隊に必ず勝ってみせる」

「わかった。期日までに、必ず間に合わせる!」


 みんなの力を合わせて、帝国の悪しき力に勝つのだ。

 タダシとオベロンは、ガッチリと握手した。

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