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第五部 大陸開拓編序章「生産王の癒やし」

第136話「ヴェルダン講和条約」

 帝都ヴェルダンの港に停泊している超弩級戦艦ヤマトの船上で、タダシ王国と帝国の間に正式な講和条約が結ばれることとなった。

 一度ヤマトに乗ってみたいというオベロン達ドワーフの技術者の意向があって実現したことだが、全長は二百五十メートルもある巨大戦艦だ。


 海軍士官に案内されて乗ってみると、タダシも浮き立つ気持ちを抑えきれない。

 今回の式典を取り仕切っている商人賢者のシンクーが呼びかける。


「イサム・ヤマモト司令長官。貴方が帝国軍の最高指揮官ですので、代表として署名をお願いしますニャー」

「……致し方ありませんな」


 渋い顔で、ヤマモト提督は敗戦の将として署名する。

 そこに、同じく署名したタダシがやってきて言う。


「なんですか?」

「戦争は終わった。これより共に友好的にやっていくわけだから、挨拶をしたいと思ってね」


 手を指しだすタダシだが、ヤマモト提督は肩をすくめて握手を拒否する。


「寛大なるご処置をいただいたタダシ陛下に対し、誠に失礼ではありますが……そのばかりは、他の者に任せるとしましょう」

「それはどういう?」


 タダシの疑問に答えず、ヤマモト提督は部下に聞く。


「マキノ参謀。皇帝陛下が亡くなられた辺獄へんごくはどちらの方角だったか」

「ハッ、あちらであります」


 ヤマモト提督は、南の方角に手を合わせると白い軍服の上着をバサリと脱いで、甲板の上に座り込んだ。

 目の前には、皇帝陛下より頂いた短刀を置いて物々しい雰囲気である。


 タダシは、すぐにあっこれサムライ映画で見たことあると気がついた。

 ヤマモト提督は、切腹しようとしている。


 こんなところにも日本の風習があったかと喜んでいる場合ではない。

 タダシは慌てて止める。


「ヤマモト提督、早まっちゃいけない!」

「タダシ陛下。ご厚情はありがたく受け取っておく、だが私は皇帝陛下に殉じて死にたいのだ」


 ヤマモト提督の部下達も、「私どもも、後に続きます!」と叫んでいる。

 これは、なんとしてもヤマモト提督を止めなければならない。


 そうしなければ、帝国は復興に必要な多くの人材を失うこととなる。

 タダシは、慎重に言葉を選んで言う。


「提督、亡くなった皇帝フリードリヒは、君達が死んで喜ぶだろうか」

「……世間では、皇帝陛下は世界を滅びに導いた愚帝と呼ばれています。しかし、皇帝陛下は私達に生きろとおっしゃいました」


 その言葉に、タダシは光明を見出す。


「そのとおりだ! 皇帝は帝国の未来を託して亡くなったのだろう。だったら、死んでいいわけがないじゃないか」


 ヤマモト提督は、タダシに向き直って言う。


「それでは、部下達は生き残らせましょう……」


 その言葉に、自分達も死ぬと盛り上がっている部下達から抗議の声が上がる。


「みんな黙れ。御方おんかたじゅんじる忠義の士が一人もいなかったとあっては、陛下の名に傷がつく。だが、敗戦の責任を取って死ぬのは、最高指揮官である私だけでいいのだ」


 すでに覚悟を決めているヤマモト提督に、タダシは言葉を選んで言う。


「ヤマモト提督。敗戦の責任を取ると言ったね」

「申しました」


「では、生きてもらわなければ困る。あの戦で、人が死にすぎた。皇帝一族亡き後の帝国をどうするつもりだい」

「……後のこの国は、タダシ陛下が好きになされば良いではないか。私は、祖国の滅びなど見たくはない」


 溢れ出ようとする涙を額を手で押さえて堪えながら、苦しそうに呻くヤマモト提督。

 このまま祖国が滅びていくのを見たくない。


 それが、彼の本音なのだろう。

 誤解があるなと思って、タダシは言う。


「誰が帝国を滅ぼすと言った。今の過剰な戦力は危険なので、帝国軍を武装解除はさせるとは言ったが、自衛できる戦力はきっちりと残す。俺は帝国の領土を奪いはしない」

「……誰がそれを信じると」


 外交は騙し合いだ。

 いくら、降伏文書に独立を守ると書いてあっても信じてもらえなければどうしようもない。


 タダシは、ヤマモト提督の目を見て言う。


「俺は君と約束したんだ。君に信じてもらわなければ困る。こちらも本音で話そう。むしろ、帝国には独立してもらわなければならないんだ」

「それは、どういうことですか?」


「食料や物資の援助ならできるが、うちは自国を統治するだけでも人材不足なんだよ。他国を占領するような余裕がない。だから、帝国には自立してもらわなければ困る」

「……」


 タダシを言葉を補足するように、商人賢者のシンクーが言う。


「帝国はこれまで無理やり属領を武力で従えて来たニャー。帝国軍からヤマモト提督がいなくなれば、帝国は属領に攻められてすぐにも滅びるかもしれないニャー」

「……」


 黙り込んでいるヤマモト提督に、タダシは言う。


「正直に言って帝国のこれまでのやり方は、俺は好きになれない。独立したい属領があれば、喜んで支援してやろうと思う。だが、これ以上の紛争ふんそうは許さない。だから帝国に滅びて欲しいわけではない」

「……ハッキリとおっしゃいますな。属領を失って、帝国が存続できると?」


 強力な武力によって、無理やり属国を従えて国を成り立たせてきたのが帝国だ。

 属国が全て離反してしまっては、国の経済が成り立つとはとても思えない。


「ヤマモト提督。君が成り立たせるんだよ」

「私がですと?」


「少なくとも帝国軍は、君が中心で統制が取れている。帝国軍があれば、帝国は瓦解しない。皇帝陛下が国の未来を託したのは、君じゃないのか?」

「そんなことは……いや、そうなのでしょうか」


 あの時の陛下の言葉をヤマモト提督は思い出す。

 陛下は「無駄に兵を殺すことなど、皇帝である余が許さぬ」と確かに言っていた。


 皇帝フリードリヒは、豪快に見えてその実、慎重に策を練られる人だった。

 ならば、その言葉には深い意味があったのではないかとヤマモト提督は考え込んでしまう。


「ヤマモト提督。俺は、暗黒神ヤルダバオトの使徒と名乗る男と何度となく戦ってきた。そいつらは、生贄にするべく自国の兵士ですら殺そうとしていた」

「フリードリヒ陛下は、そんな人ではありませんでした!」


 自分の身を犠牲にしても、帝国の軍や民は守ろうとしていた。

 事実、国が破れても帝国軍もまだ健在であるし、民も生き残ったのだ。


「だから、君達が生き残っていることこそ、皇帝の意思なんだろう」

「そ、そうか。そうなのか。陛下は、そのようなことを考えられて……」


 ヤマモト提督は、白い軍服の袖で溢れ出る涙を拭ってゆっくりと立ち上がる。


「どうやら、死ぬ気はなくなったみたいだね。ホッとしたよ」

「かたじけなく存じます。タダシ陛下にもご迷惑をおかけしました」


「いや、いいんだよ。みんなにも、生きるように言っておいてね。生きて国を立て直すことこそ、生き残った君達の責任なのだから」

「ありがとうございます。しかし、タダシ陛下は敵国である帝国のことを何故こんなにも気にかけてくださるのですか」


 そこが、ヤマモト提督には気になっていた。

 国が違えば、戦争や騙し合いになるのは当然で、何の利益があってこんな真似をするのかと不思議に思っていたのだ。


 タダシは、うーんどうしてかなとちょっと考えてから、ふと思いついて言う。


「帝国の初代皇帝と、俺は同郷なんだよ。同じ異世界から来た、だから他人と思えなくてね」

「初代皇帝とですか!」


 そうであれば、タダシが気にかけるのもわからなくもない。


「だから、君もそうだし帝国の民は、俺にとっては親戚のようなものだと思っている」

「先程まで敵だった我々を、そう思ってくだされるのですか!」


 決して他国を攻めず、それどころかかつての敵国ですら無償で支援する慈愛の王。

 来る者は決して拒まず、溢れるほどの物資や食糧をその手から創り出し、種族の別け隔てなく全ての難民をえややまいから救う生産王。


 神の化身とも救世主とも謳われる、信じがたいほどのタダシの良い評判は遠く帝国にも伝わっている。

 ヤマモト提督は、こうして深く話してみて、なんとスケールの大きな人かと感動していた。


 ヤマモト提督が一心に忠義を捧げた、皇帝フリードリヒに勝るとも劣らない名君。

 偉大なる王、大野タダシ。


 初代皇帝と同じ世界からの転生者であると知れば、タダシが皆に言う未来を信じて生きろという言葉は初代皇帝の言葉と同じだとすら思えた。


「俺達の故郷であった日本は、今は敗戦をきっかけに民主制の平和国家になってるんだ。帝国もいずれ、そうなって欲しいと思っている。そのためなら、できる援助はなんでもするよ」


 一度は断った握手を、今度はヤマモト提督の方から手を握って言う。


「どうか、我らを忘恩の徒とは思わないでいただきたい。今は亡き皇帝陛下の名誉にかけて、我々は国を建て直してタダシ陛下の恩に報いると誓いましょう」

「ありがとう。期待しているよ」


 こうして、帝国は新たな国としての一歩を踏み出す。

 多くの属領を失ったものの、北の帝国はかろうじてその独立を保ち、やがて旧属領の諸国にこれまでのことを謝罪して新しい民主国家として大陸のあらゆる国と平和的な同盟を結ぶこととなる。


 帝国軍を率いたイサム・ヤマモト提督は、平和国家として生まれ変わったヴェルダン民主国の元勲げんくんとなるのだが、それはまだ先の話である。

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