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第144話「アージ魔王国侵入!」

 タダシが率いる軍が、アージ魔王国の領内に侵入して進む。

 うんざりするほど、荒れ果てた大地が続く。


 延々と乾いた荒れ地や砂漠が続いていて、ようやく水場があったと思ったら毒の沼地という罠。

 おおよそ、人間が住めるような土地には見えない。


「ひどい状況だな」


 毒を浄化できるタダシの能力がなければ、軍を進めることは不可能であっただろう。

 時折、村らしきものがあったかとおもえば荒れ果てた廃墟であったりした。


 本当にこんなところに、あれ程の軍を出せる文明があるのかと疑問視したくなるほどだ。

 アンブロサム魔王国は、険しい渓谷などもありつつ人が住める場所はあったので、魔界を舐めていたかも知れない。


 そう言えば、ここアージ魔王国は、腐敗の魔王サムディーが治めていた土地だったか。

 こういう地獄のような環境に適した種族とかもいるのかもしれないが、それにしたって環境が厳しすぎやしないだろうか。


 まあ、アージ魔王国の魔族も、辺獄に住んでいる魔物を従えているタダシに言われたくないかもしれないが……。

 一行が進んでいくと、向こうから千人ほどの人々の集団がやってきた。


 敵の先遣隊かと調べてみたら、そうではないらしい。


「タダシ様、どうやら難民のようです」

「難民?」


 新生アージ魔王国とやらがきちっと平定して治めているのではないのか。


「どうやら、統一戦争に破れた種族らしい」

「落ち武者みたいなものか」


 やってきたのは、厳しい土地に生きるだけあってアージマッドベアマンという灰色クマの獣人とアージアントマンという蟻人。

 二種族とも、かなり丈夫そうな魔族達だった。


 しかし、その誰もが深く傷つき、今にも倒れそうなほど疲れ果てている。

 その様子を見て、タダシはすぐに命じた。


「まず火を炊いてくれ、食料は十分にあるから食事を作って振る舞ってやろう」


 足りないなら、タダシはいくらでも食料や燃料を増やすこともできる。

 さっそく炊き出しの準備だ。


「よろしいのですか。まだ彼らが味方とは限りませんが……」

「彼らが敵でなく戦う意思もないならそれだけでいい。ちょうどそこの廃村で休もうと思っていたところだ」


 タダシは、テキパキと指示をして炊き出しをしてやる。

 怪我はエリクサーで治せるのだが、魔族は魔力を回復しないと本当の回復とはならない。


 多くの魔族にとって、元気の源は美味しい食事だ。

 とはいえ、飢餓状態でいきなり重いものはまずいので、弱った魔族には野草を入れたお粥を作ってやる。


 もうちょっと元気そうな魔族には、青魚のすり身で作ったツミレや、大根やじゃがいもなどを煮込んだおでんを提供する。

 魔族は、意外と人間の食べ物をなんなく食べる。


 青魚は国境沿いの川で取れたものなので、地のものだから大丈夫だろう。

 蟻人は、なんとなく甘いものが好きそうなので、お菓子も用意しておいたほうがいいかもしれない。


 とりあえず怪我の治療をしながら話を聞いてみると、彼らは戦えない女子供を守って逃げてきた別働隊らしい。


「すると、本隊は……」


 言うまでもなく全滅しているのだろう。

 次世代の子供が残らなければ本当に種族が絶滅してしまうため、苦渋の選択で味方を犠牲にしてここまで逃げてきたのだ。


 想像していたより、アージ魔王国の状況は厳しいらしい。

 重苦しい空気が漂う中、料理を作っていたマールがおでんができたから味見をしてくれと差し出してくる。


「うん、よい出汁がでてる。まずは、クロノス様にお供えするか」


 昆布や鰹節に加えて、醤油なんかも手に入るようになったのでタダシはますます自分の好みの日本食を作るようになっている。

 供物くもつとしては少々素朴ではあるが、戦地なのでこれくらいで勘弁してもらおう。


 追い鰹でうま味も十分だし、この味なら神々の供物としても良いだろう。

 タダシは、今後の方針を聞くためにもよく出汁の効いたツミレ汁を、農業神クロノス様の神像を立ててお供えすることにした。


 その時だった。

 空から、「おーい!」と聞き覚えのある声がして、地平線の彼方から飛んでくる者がいる。


 竜公グレイド閣下と小竜侯デシベル、ドラゴン平原のドラゴンを率いてる竜貴族の二人だ。

 しかも、二人はそれぞれ大柄な魔族を抱えている。


「王様ー、この人達みかただよ」


 男の子なのに、女の子のドレスを着てますます少女めいた可愛さが増しているデシベルがそう言いながらドスンと、巨漢の熊男を下ろす。

 満身創痍の熊男は、荒い息を吐きながらなんとかタダシの元までたどり着く。


「生産王陛下と、お聞きした……どうか、御慈悲を……」


 倒れ込むように、土下座する。

 凄まじい重傷であった、左目に矢まで刺さっているのが痛々しい。


「だ、大丈夫か。治療薬を飲むといい、話はまず治療してからだ」


 続けて、実は女の子だけど少年っぽい雰囲気のグレイドがドスンと落としたのはひときわ腹の大きい蟻人の女王蟻だ。

 こちらも傷だらけで、タダシの前にひざまずく。


 タダシ達は、慌てて治療しながらグレイド達に話を聞く。


「一体どういうことだグレイド」

「王様、いじめられてる弱っちいやつは助けてやれっていってたじゃん……」


 そんなことを言った覚えがある。

 要領を得ないグレイドに代わり、デシベルが詳細に説明する。


「王様、この先でこの人達がボコボコにされてたんだよ」

「それは見ればわかるけど」


 デシベルが言うには、この銀色の体毛を持つ熊男はアージマッドベアマン族の族長ベオガであり。

 蟻人の女王は、アージアントマンの族長アンタレスだという。


 敵軍の数を、大きな手を広げて説明するデシベル。


「この人達、同じ敵と戦ってるみたいだから助けようとしたんだけど、倒しても倒しても次から次へと無限に敵がでてきて……僕、あんなの初めて見たよ!」


 どうやら、ドラゴン族はタダシ達より先に敵軍に遭遇したらしい。

 敵中突破は容易ではなく、ドラゴン軍団は今も戦っているという。


 敵に囲まれてどうしようもなくなった二人は、タダシに助けを求めに来たのだ。

 独断専行は咎めるべきかもしれないが、結果的にそれでアージ魔王国の滅びようとしている魔族を救えたのなら不問に処すべきだろう。


 むしろ、タダシの言ったことを覚えていて、負けた族長達を助けてやったのは褒めてやりたいくらいだ。

 それにしても、苦手なフェンリル以外は、ほぼ無敵だと思われるグレイドですら疲れ切ってる様子だからよっぽどなのだろう。


「もう疲れちゃって……いつまでも切りがないんだよ」


 いつも半ズボンで駆け回っていて、おおよそ疲れるという様子を見せたことがない元気なグレイドがへたりこんでしまっているのはよほどなのだろう。

 治療を終えたアージマッドベアマン族の族長ベオガと、アージアントマンの族長アンタレスがやってきて再びタダシに懇願した。


「いまだ、我が部族は魔王フネフィルの軍勢と戦っております。どうぞご助力をお願いします」

「恥を忍んでお頼みしますアリ」


 そう跪く二人に、いつの間にかタダシの後ろにやってきていた商人賢者シンクーが言う。


「両部族は、生産王陛下に服属するということでいいニャー?」


 二人共、それはもうと頭を下げる。

 部族が滅びる瀬戸際なのだ、相手が人間だと言っている場合ではないのだろう。


 シンクーは言う。


「タダシ陛下、これで我が国は正統性を得たニャ」


 アージ魔王国の住んでいた魔族を助けるという事情があれば、これで魔王フネフィルの軍を倒す名目も立つ。

 しばらく押し黙っていたタダシは、お供えものをした農業神クロノス様の神像に光り輝く銀色の光が降りたのを見つめてうなずく。


「そうか……」

「陛下、なにかあったニャ?」


 シンクーが不思議そうに猫耳をピクピクとさせた。


「クロノス様の神託があった。両部族を助けるために俺達はいくぞ」


 タダシの号令に、軍から歓声があがった。

 これ以上の犠牲を出すつもりは、タダシにはなかった。


「でも、いくら王様でもあの無限に湧く敵は難しいんじゃないかなぁ……」


 敵の数の脅威を経験したデシベルは、心配そうに言う。

 それを安心させるように、タダシは言った。


「大丈夫だ。俺に考えがある」


 魔鋼鉄のくわを構えて笑うタダシに、あーこれはほんとになんとか一瞬でしちゃうやつだなと微妙な笑いを浮かべるのだった。


     ※※※


 アージ魔王国の中央部にある広大なワース砂漠。

 新生アージ魔王国の本拠地である巨大ピラミッドでは、斧の魔将クロコディアスの戦死と十万の軍が一撃のもとで壊滅されたことが報告されていた。


 軍の実質的な総帥である剣の魔将ナブリオは、それを余裕の表情で聞いて答える。


「なるほど。公国の姫、マチルダの天星剣シューティングスターか。報告の通りだな」


 余裕のナブリオとは違い、やや臆病な弓の魔将アリモリは言う。


「そんな攻撃があるとは、私は聞いておらんじゃぞ!」


 安心させるようにナブリオは答える。


「長らく祈りの力を溜めなければならない公国軍の切り札だそうだ」


 連発はできないと、ナブリオは言う。


「そ、そうか。それで、ナブリオはクロコディアスを最初に送ったのだな」


 アリモリは、そう聞いて納得した顔をする。

 そのような超級の神力は、たいてい長い回復時間が必要なのが通りだ。


「むしろ、今こそがタダシを倒す最大のチャンスだ」


 黙って腕を組んでいた槍の魔将ブラッド・マンが言う。


「皆まで言うな……。俺に総軍の半分、五十万の兵力を貸せ」


 それに、ナブリオは答える。


「いや、百万持っていけ」


 ナブリオは、簡単にそう言ってみせた。

 不安げなアリモリが、慌てて言う。


「全軍出撃じゃと! それでは、ここの守りが薄くなるではないか」

「いや、戦力を出す時に兵力の分散はご法度だ。ここの守りは、魔王フネフィル様が新たなミイラ兵を生み出し続けてくれているから問題はない」


 今この瞬間も、魔王フネフィルの祈りによってワース砂漠の赤茶けた砂からミイラ兵が次々と生み出されて白いすだれから次々と出続けている。


「しかし、決戦はまだ待ったほうがよいのではないかのお……。ここに誘い込むまで待っても遅くはないのじゃ」


 あくまで慎重なアリモリは、思案を巡らせている。

 ナブリオはそれに対して力強く言う。


「いや、実は先遣隊が敵のドラゴン軍団とアージマッドベアマンとアージアントマンの残党を囲んでいるそうだ」


 早々に敵対して敗残した魔族であった。


「あの死にぞこないまだ生きておったのか」

「たかだか十万程度の軍に最強であったドラゴン軍団も足止めされているそうだ。味方も囲まれているのだから、タダシ達は助けようと誘い込まれてくるだろう」


 そして、迎え撃つ戦力はその十倍もの大軍だ。

 まさに地表を全て埋め尽くす程の大軍。


「ふうむ」


 考え込むアリモリは、骸骨の顎をさすってカタカタと音を鳴らす。

 臆病ではあるが、アリモリは生者を憎む卑劣なアンデッドでもある。


 敵を分断して囲んでいるのならば、タダシをおびき出すこともできれば……。

 その骨だけの手をナブリオは掴んでいった。


「今こそがこれ以上ない好機。そのためには、武勇に長けたブラッド・マンだけではなく、軍師として知恵者がいるだろう」


 アリモリは、その手を振り払うと言った。


「わかったわい。我に、軍の指揮はまかせよ」


 アリモリに対して、ブラッド・マンは不満げな顔で言う。


「骸骨爺がミイラ兵を指揮するのか」

「我はアージ魔王国一の知恵者じゃぞ」


「わかったわかった。どうせ細かい作戦などなくても負けぬ戦いだとは思うが、好きにしろ」


 ブラッド・マンは、むしろナブリオはよく思い切ったと感心する。

 百万もの軍を使って勝てなければ、どちらにしろこの国は終わりだろう。


 アリモリとブラッド・マンの二人が方針を巡ってあーだこーだと言い合いながら出ていくのを見送ったナブリオのところに、文官がやってきて耳打ちする。


「そうか。彼が来てくれたか。執務室に通してくれ」


 そう命じて、ナブリオも執務室へと向かう。

 そこにいたのは、かつて暗黒の魔王アシュタロスに仕えた魔臣ド・ロアである。


 跪こうとする魔臣ド・ロアの肩を叩いている。


「楽にしてくれ。我らアージデビルと、そなたらは親戚のようなものではないか」


 多少の種族の差はあれど、二人は同じ魔人族であった。

 椅子を勧められて、座るド・ロア。


「……」


 黙っているド・ロアに言う。


「そなたからいただいた敵の情報は役に立った。さすがは、魔界に二人となき忠臣と名高きド・ロアよな」

「私は、いささかタダシ王と因縁がありますれば……」


 同じ敵を持つものとして、魔臣ド・ロアは協力を申し出てくれたのだ。


「それで、私はそなたを部下にできると思って良いのかな」


 それに、ド・ロアはゆっくりと横に頭を振る。


「私は、二君には仕えませぬ」

「そうか、噂通りだな。では、私に何を望む。情報提供の見返りはさせてもらうが?」


「見れば、この要塞は文官の数が少なく見えますね。新生アージ魔王国に仕えはしませぬが、内政の手伝いであればさせてもらってもよろしいが」


 それを聞いて、ナブリオは喜びのあまり椅子から立ち上がる。


「なんと、それは助かる!」


 総軍団長と同時に、大宰相を務める剣の魔将ナブリオではあったが、この国は内政ができる文官が少なすぎるのだ。

 謀将を気取っている弓の魔将アリモリですら、アンデッドに内政はいらないとうそぶく始末。


 百万の軍勢を与えて、必勝だと二人を送り出したナブリオではあったが。

 その実、二人が簡単に勝利するとは思っていなかった。


 ナブリオは、それほどタダシを甘く見ていない。

 長期戦に持ち込んで、こちらが勝てば良し。


 できれば相打ちになってくれれば一番いい。

 そうなれば同格の魔将はいなくなり、ナブリオは一人でこの国を統べる存在となれる。


 あるいは、タダシ達が大勝してもこちらにはまだ打つ手はいくらでもある。

 ナブリオの権力の根源は、ミイラ兵を生み出す魔王フネフィルである。


 それさえ確保できていれば、この拠点を捨ててでも各地で転戦し続けて最終勝利をもぎ取ればいいのだ。

 何度負けたって良い。


 時間さえあれば、アージ魔王国の国土をミイラ兵で埋めることだってできるのだから。


「では、早速仕事を始めましょうか」


 そう言うと、ド・ロアは執務室の書類を凄まじい勢いで読みながら整理し始めた。

 転戦のためにも、各地でナブリオ達が補給を行う内政は必須である。


 そうだ、こういう味方こそが欲しかったのだ。

 味方の魔将といえば脳筋ばかりで、たった一人で大宰相として国を支えていたナブリオは感激のあまり叫んだ。


「そうか、そなたの望みがわかったぞ! 勝利の暁には、アンブロサム魔王国を任せよう。それで良いか!」


 そのナブリオの言葉に、静かに頭を下げて作業へと戻るド・ロア。

 これで勝ったと、ナブリオは意気揚々と執務室を出ていった。


 しばらく書類を整理しながら、ド・ロアは独りつぶやく。


「ナブリオ、あなたは何もわかっておられぬ。私は二君に仕えぬのは、もう二度と主君を失いたくはないからだ……」


 苦いつぶやきのあとにため息を漏らすと、ド・ロアは静かに仕事を続けるのだった。

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