「あの、本当にこっちにいらっしゃいませんか?」
「いや、俺は毛布一枚あれば十分ですから。この毛布はフカフカだし、普段の寝床より上等なぐらいですよ」
エレナがケインを自分の部屋に泊めたのはいいのだが、シングルベッドしかなかった。
何なら一緒のベッドでも構わないと言ったのだが、紳士であるケインは毛布でいいと言い張った。
生憎と冒険者ギルドには余分のベッドもなく、家具屋から運んでもらうにしても、もう夜も更けてきている。
「申し訳ありません、明日までにはベッドを用意します。寝る前に、もう一杯紅茶はいかがですか?」
「あ、いただきます」
エレナはお湯を沸かし、自前の香り高い紅茶を淹れて(ギルドの備え付けのお茶は安物で苦いのだ)注いだカップをケインへと渡す。
そこで、カップを持つケインの手が少し震えていることに気がついた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、すみません。初めてだったので、どうにも」
それを聞いて、何が初めてなのかなとエレナは思う。
しばらく考えて、えっ、それって、もしかしてそういうこと!? とびっくりする。
「あ、その、私も初めてですけど……」
ケインさんは普段と変わらず紳士だったから、部屋に泊めてもそういうことはないのかなと思ってすっかり油断していた。
そうなのか、ケインさんも初めて……。
どうしましょう、冒険者とは付き合わないと決めていたのだけど。
ケインさんに求められたら断れる自信がない。
そうだよね。
ケインさんを匿わなきゃと思って、慌てて部屋に誘ってしまったけど。
よく考えたら、大人同士が同じ部屋に泊まるって、そういうことだものね。
今日の下着は、可愛いものだったかしら。
瞬時にいろんな思いが交錯して、喉が乾いてしまったエレナは、ゴクリと紅茶を飲み干した。
「今頃になって、カーズ達を殺したときのことを思い出してしまって、いい年した冒険者がこんなことで堪えているなんて、おかしいでしょう」
初めてってそういうことかと、エレナは顔を真っ赤にした。
一人で舞い上がって、何言っちゃってんの私!
いやいや、そんな場合じゃないと頭を振る。
冒険者を続けていると、護衛任務や盗賊狩りで人を相手に戦わなければならないこともある。
徐々に相手は法を犯した悪人で、モンスターと変わらないのだと割りきれていくものだが、クコ山でずっと薬草狩りをしていたケインはこれが初めての経験だった。
普通の人間ならば、誰しも思い悩んで当然なのだ。
そして、それを癒す特効薬が何か、エレナは知っている。
「ちっともおかしいことなんかありませんよ。気に病んでしまうのは、ケインさんが優しいからです!」
エレナは、ケインの震える手を握りしめる。
「あの……」
「いいから、こっちにいらしてください」
エレナは有無を言わさず、ケインをベッドへと誘った。
そうして、ケインを抱き寄せて頭を撫でる。
「エレナさん」
「私は、ケインさんが生きて帰って来てくれてすごく嬉しいです。自分の身を守るためにしたことでしょう。ケインさんは何も悪くありませんよ」
「うう……」
そうエレナに言われて思い出してしまったのか、ケインが苦しそうな声を上げる。
エレナも胸がキュンと苦しくなって、何とかしてあげたい気持ちでいっぱいになる。
それがケインの優しさだとわかっていても。
あんな奴らのせいでケインが気に病むなんて、理不尽過ぎる。
ケインを抱きしめるエレナは、一人にしないで本当に良かったと思った。
男に再び立ち上がる力を与えられるのは、女なのだから。
「今日はやっぱり、このまま一緒に寝ましょう」
「いや、それは……」
「ダメです。もう一緒に寝るって決めましたから。私はケインさんがおやすみになるまで、ずっとこうしてます」
弱っているケインを、エレナは優しく抱きしめ、手を握りしめて温め続けた。
ようやくケインの震えが収まって、寝息を立て始めたのに気がつくと、エレナもようやく安心してケインの胸に頭を預けて眠りについた。