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第22話「クコの村」

 クコ山の麓に、クコの村はある。

 本当はなんとかヴィレとかいう大層な名前が付いてたそうだが、クコの麓にはこの村しかないのでみんなクコ村と呼んでる。


 山で動物を狩る猟師と、木を切る木こりと大工や木工職人が住まう小さな村だ。

 その小さな村が、いまピンチになっていた。


「大丈夫ですか。すぐ薬草出しますよ」


 怪我人は、ヨルクさんだけではなかった。

 森に入った木こりや猟師たちは、みんな何かしらの怪我を負って帰ってきている。


 それだけ、山のゴブリンの増殖が予想以上に激しかったということなのだ。

 ケインはせっせと薬草で怪我を治療し始める。


「ありがとう。ケインさんは、まるで薬師だな」

「いやいや、たまたま薬草を採ってきてたところだったからね」


 やかんを火にかけて、ハーブで薬湯も作る。

 神聖魔術的な手法で作るポーションには遠く及ばないが、飲めば鎮痛効果もあり、傷の治りも早くなる。


「爺っちゃ、お腹へったよう」


 ヨルクの服の袖を、小さい子供が引っ張る。

 ヨルクの孫娘のカチアだ。


「ひもじい思いをさせてすまんなあ。爺が売り物になる木を切ってこれんかったから……」


 ヨルクは困った顔で孫を見た。

 無理を押してでも仕事をしようとしたのはこのためか。


「嬢ちゃん、腹が減ったんならこれを食べるといいぞ」


 ケインは自分の荷物からパンを取り出して、カチアに渡してやる。

 カチアは、大きなパンを両手に抱くようにしてむしゃぶりついた。


「おいちゃん、ありがとう!」

「ゆっくり食べなよ。硬いだろうから、薬湯に浸して柔らかくして食べるといい」


「ケイン、それは……」

「いいんですよ。俺は街で食べてきましたから、お腹は空いてません。それより食べられる木の実もついでに少し拾ってきたんで、良かったらどうぞ」


 弁当にするために持ってきたものだが、子供の笑顔にはかえられない。

 食べずに取っておいて良かったとケインは思った。


「ケイン、街に出稼ぎにいってるうちの倅は大工だ。家を建てるときは、必ずワシに言ってくれ。腹をすかせた孫も満足に食わせてやれん情けない爺だが、恩知らずではないつもりだ」


 ヨルクが真剣な表情で言うので、ケインも笑って請け負った。


「じゃあそのときは、必ずヨルクさんに頼みますよ」


 そうすると「俺らにも声をかけてくれ!」と村の木こりや猟師たちから声が上がる。

 クコ村の人たちは、みんな素朴でいい人ばかりだ。


「さてと」


 ケインは腰を上げて、村の人たちから聞いたゴブリンの巣窟を攻めようと集まっている冒険者達のところに向かうことにした。


「おい、ケインさんが来たぞ!」

「マジかよ。これでもう楽勝なんじゃねえか?」


 冒険者たちが、ざわざわと声を上げた。

 この前の事件のことで、なんか強いと思われてしまっているのかとケインは苦笑する。


 ゴブリンの巣窟を討伐するために集まった勇士は、ケインを含めて百八名。

 実力派揃いの冒険者に加えて、クコ村からも若い者がたくさん出てきている。


 ケインと顔見知りのCランクパーティー『熊殺しの戦士団』の姿も見えるし、なんと囲みの中心にはエルンの街最強とも名高いAランクパーティー『流星を追う者たち』の姿も見える。


「ケインさん、よく来てくれた。今の状況だが、こんな感じなのだ」


 Cランクパーティー『熊殺しの戦士団』のリーダーであるランドルが、地図を片手に説明する。

 ケインが見上げるほどの巨漢で、茶髪を刈りあげて強面だが、性格は温厚で優しい男だ。


 斧戦士の彼は、熊殺しと銘の入った自慢の大斧でビッグベアーを一人で倒したこともある猛者だ。

 そのランドルの説明によると、どうやら今はゴブリンの巣窟がどこにあるのか、偵察を出しているところのようだった。


 巣窟を見つけ次第、本隊で一気に攻めこんで倒すという単純な作戦だった。


「偵察なら俺も手伝えるよ。ゴブリンたちが巣窟を作れそうな場所なら、だいたい目星はついている」

「おお、さすがはクコ山のぬしのケインさん。巣窟を見つけてくれれば、俺たちも助かる」


「ふん、何がクコ山の主だよ。ただの薬草狩りだろうが」


 そう言って、会話に入ってきたのはAランクパーティー『流星を追う者たち』のリーダー、アベルだった。

 青髪の若き英雄剣士アベル、その腰に差している堕ちてきた流星で作られたと伝えられる流星剣は、パーティーの名の由来にもなっている。


「ちょっとアベル、失礼でしょ!」


 そう言ってアベルを止めるのは、『流星を追う者たち』の女盗賊キサラだ。

 クリクリっとした碧い瞳が可愛らしい、ボーイッシュな感じの水色髪のボブショートの女の子だ。


「なんで俺が、Dランクにペコペコしなきゃならないんだよ」

「ランク以前に相手は年長者でしょ! すみませんケインさん。アベルは、ケインさんに先に越されて苛立ってるだけなんですよ」


「ああ、それでか」と巨漢のランドルも納得する。


「そんなんじゃねえよ!」


 図星を突かれて激高するアベル。

 そこに女盗賊のキサラが割り込んで、ペコリと頭を下げるとケインに詳しい事情を耳打ちした。


「いやあー、アベルは自分と同じAランク冒険者の『双頭の毒蛇団』のボス、スネークヘッドをやっつけるのを目標にしてたんですよ。それで、ケインさんに先を越されたってダダこねてるんです」

「いや、俺はやってないからね」


「またまたー、謙遜しちゃってー」


 そう言って、やけに気さくなキサラは、ケインの腰をバンバンとはたく。

 いや、またまたじゃないよと、ケインは慌てる。


「うんうん、ケインさんはやってない。そういうことだ、みんなもわかったな!」


 ニコッと笑った巨漢のランドルが、周りを見回して言う。

 いや、なにを実はやったけど、隠しておかないといけないみたいな空気だしてるんだ。


 内密にしておかないといけないとか、そういう話じゃないからとケインは慌てる。

 ケインがみんなの注目を集めているのを見て、不愉快そうに口を歪めたアベルは前に出ると、ビシッと指を突きつけて叫んだ。


「薬草狩りのケインが、ゴブリンの巣窟を見つけ出せるって言うならやってもらおう。だが、先にゴブリンロードをやるのは、この流星の英雄アベルだからな」


 そう宣言したアベルに、女盗賊のキサラがププッと笑う。


「うわ、アベルってば、あんまり流行ってない通り名を自分で名乗っちゃって恥ずかしー」

「うるせえよ!」


 なんだか訳もわからないうちに、一人で勝手に盛り上がったアベルに、ケインは挑戦されてしまったようだ。

 どうも若者たちのノリには付いてけないなと、ケインは頭をかいた。


 そうして、この場にいると何を言われるかわからないので、さっさと偵察に出かけるのだった。

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