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第30話「聖女の誓約」

 聖女セフィリアに、グイグイと袖を引かれ続けるケイン。

 ついに、エルンの街まで来てしまった。


「ととと、どこまで行かれるんですか?」

「ついて、きて」


 ケインが聖女の引っ張られるようにして連れてこられた先は、街の教会であった。


「あら、ケインと……聖女セフィリア様!?」


 こんな場末の教会に聖女様が訪れてくださったのかと、シスターシルヴィアがびっくりする。


「シスターシルヴィア。教会の一番奥の間を借ります」


 いつになく、ハッキリと物を言う聖女セフィリアの顔を見て、シルヴィアも真顔になった。

 教会の一番奥の間は、オーディア教会の聖職者にとって特別な意味を持つ場所である。


「何かお入り用のものはございますか猊下げいか


 神妙な面持ちとなりえりを正して、恭しく尋ねるシルヴィア。


「ありません。これより、誓約の儀に入りますので、余人を近づけぬようにだけお願いします」

「重々承知いたしました」


「えっと、シルヴィアさん。これってなんなんでしょう?」


 ケインにそう聞かれても答えずに、シルヴィアは深々と頭を下げる。

 そのままケインは、教会の奥の間へと連れて行かれる。


 礼拝堂の裏側の側廊を通って、更に奥の隠された小部屋。

 主神である光の神オーディアを始めとした、様々な善神の小さな像が祀られている。


 オーディア教会でも、特別な祈祷などに使われるもっとも神聖な場所だ。

 教会の孤児院で子供時代を過ごしたケインも、一度も入ったことのない場所だった。


 中はこうなってるのかと、感慨深くはある。


「ケイン様、私はあなたによって、命を救われました」

「俺が?」


「はい、あなたが『蘇生の実』を私の戦友、剣姫アナストレアに与えたことによって、です」

「あーそうか。どうりでどこかで見たと思った。あの赤髪の子は、あのときの子だったのか」


 ようやくここで、聖女の友達の赤髪の子が『蘇生の実』を渡した子だとケインは気がついた。

 そうか、あの子は戦友を救うことができたのかと、嬉しくなる。


「私がこの場にこうしていられるのも、ケイン様のおかげです」

「でも、俺があげたものをどう使うかはあの子次第だからね。君を本当に助けたのは、必死に奔走したあの子だと思うよ」


「それだけでは、ありません。私は、ケイン様をずっと、見ていました」

「うん」


 セフィリアは、また少したどたどしい口調になった。

 とりあえず、何か重要なことを訴えたいというのはケインにもわかる。


 偉い聖女様とはいえ、相当な世間知らずでもあるようだし、まだ子供と言ってもいい年齢なのだ。

 人見知りの子供を相手にする時のように話を聞いてあげればいいのかなと、ケインは少し屈んで微笑んだ。


「ケイン様は、様々な困難に立ち向かい、常に人のためを思い謙虚で、決して驕ることがありませんでした。その純真な善意こそが、教会や村の苦境を救ったのです」

「いや、そんな……って、何を脱いでるんですか!」


 そう言いながら、セフィリアは唐突に、ゴソゴソと白いローブを脱ぎ始めた。


「大丈夫、です」

「だ、大丈夫じゃないですよ。オーディア教の戒律はどうしたんですか」


 シルクの下着姿になる聖女セフィリア。

 上質な生地のせいか、うっすらと透けてしまっている。


「これは、誓約の儀式のために必要です。戒律でも許されております。ケイン様も装備を脱いで、上だけで結構です。裸になってください」

「裸になるんですか?」


 やはり、聖職者として語るときだけ、ハキハキとしゃべるセフィリア。

 なんで脱ぐ必要があるのだと思いつつ、何故か逆らえないものを感じて、ケインは鎧と上着を脱ぐ。


 しかし、決してセフィリアのほうは向かない。

 相手はまだ十三歳なのだが……。


 子供だと思っても、その大人よりも大きな胸を見ると、どうしても女性として意識してしまうからだ。

 いくらなんでも、発育が良すぎるのではないだろうか。


「申し訳ありません。誓約には、なるべくお互いの心臓を近づける必要が……失礼します」

「うわ!」


 後ろから抱きつかれた。

 そのあまりにも柔らかい弾力が背中に当たる。


「ケイン様。なるべく心を静めて、集中してください」


 それは、無理だ!

 そう言いたくなるが、集中しないことには終わらない雰囲気だ。


「なんとか努力してみます」

「ケイン様、鼓動が激しいですね。でも大丈夫、です。私も、こんなことは初めてで、ドキドキしてますから」


「なんだか、とても大丈夫じゃない気がするんですが」

「二人の鼓動を合わせれば良いのです。どうか落ち着いて、私をあなたの中に受け入れてください。ケイン様の呼吸に、私も合わせますから」


「呼吸をですか……」


 言われるままに、ケインはセフィリアの息遣いを感じて、それに呼吸を合わせようとする。

 セフィリアもまた、ケインの呼吸に合わせた。


 自然と二人は重なりあい、ドクドクと高なる心臓の鼓動だけが、静かな部屋に響く。

 やがて、ケインはセフィリアから、温かいものが流れだしてくるのを感じていた。


 目をつぶった暗闇の先に、小さな光が見える。


「ケイン、ケイン……」


 遠くからケインを呼ぶ声がする。

 その声は、セフィリアのものではなかった。


「……アルテナ? 本当に、アルテナなのか!」


 ケインの幼馴染。

 その声は確かに、二十年前にケインをかばって死んだ少女、アルテナの声だった。

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