ケインの冒険に付いていったキッドは、孤児院の男の子たちに自慢話をしている。
「それで、俺の背丈の五倍ほどもあるオークキングを、一撃で倒しちゃったんだよ」
キッドの話に盛り上がった男の子たちからは、「キッドだけズルい」と「自分たちも冒険に行きたい」と
巨大なモンスターを一瞬で倒すなんて、ケインさんはやっぱりすごいという話になった。
「でもさ、キッド。なんでケインさんは、オークキングを倒したことを冒険者ギルドに報告しなかったんだ。どうも聞いてて、そこがしっくりこない」
みんなとは少し離れて、壁に背を預けて手を組んでいた黒髪のスリムが質問する。
キッドより一歳年上で十四歳のスリムは、ちょっと斜に構えた雰囲気の少年だ。
本来なら最年長であるスリムが男の子を取りまとめるべきなのだが、人望のある年下のキッドをリーダーに立て、自分は影のナンバーツーだと誰も聞いてないのにことあるごとに言っている。
そういうことを、やたら主張したがる年頃だった。
「それは、俺の推測でいいかな」
「なんだよ」
「ケインさんは、きっと目立ちたくないんじゃないかな。話してて、そんな感じを受けたよ。ケインさんほどの実力があれば、王国騎士になって栄達することもできるだろう」
「そうしない理由でもあるのか?」
「もしかすると、ケインさんはどこかの貴族の生まれとかじゃないかな」
「マジかよ」
なんだかすごい話になり、みんなは声を潜める。
「目立ちたくない理由は色々と考えられるけど、大貴族の隠し子とかであれば、目立つわけにはいかないじゃないか。だからケインさんは、あえて実力を隠して片田舎の冒険者をやっているのかもしれない」
「なるほど、それなら
孤児院の子供たちは、声を潜めてスゲースゲーと話し合う。
こうして、王国政府の秘密エージェント説の噂に続けて、今度はケインは大貴族の隠し子説が広まってしまうことになる。
みんなは興奮気味だったために、話しているキッドが少しさみしげな表情だったことに気が付かなかった。
興奮した孤児の男の子たちは、そのまま孤児院の隣のケインの家に押しかけて、剣を教えてくれと頼みに行くことになった。
「ケインさんはどこだろ」
「庭にいたぞ」
ケインは、家の庭でギルドの受付嬢のエレナさんからもらったヤマユリの花を植えているところだった。
ケインの隣では、白いロバが駆け回っている。
ヒーホーヒーホーと嬉しそうに鳴いてウロウロしている白いロバの上には、長い黒髪の少女が楽しそうに乗っていた。
「ケインさん、その子は?」
そう尋ねるキッドに、ケインは野良仕事の手を止めて言う。
「ああ、この子か……」
「私はノワ。この子はヒーホーくん」
ケインが紹介するまでもなく、元気よく手を上げて答える黒髪の少女。
白いロバも、ノワを乗せて得意げにヒーホーヒーホー鳴いている。
どうやら、ノワは白ロバにヒーホーと勝手に名前を付けてしまったらしい。
オスだったのか、というのは新事実だ。
ケインの家に子供が出入りして遊ぶのはいつものことだし、ノワもすっかり馴染んでいるのでケインもあまり気にしなくなってきた。
「ノワちゃんか。こんな子うちの教会にいましたか?」
「この子は、たまに遊びにくるんだよ。孤児院の子じゃないらしいから、近所の子かもね」
「私は、ケインの子ー」
「ハハハ、それでキッドたちは何のようだね」
「ご迷惑かもですが、みんながケインさんに剣を習いたいって言うんですよ」
「うーん。剣術なら俺なんかより、もっと強い人たちに習ったほうが良いんと思うんだが……」
「俺たちは、ケインさんに教えてほしいんですよ」
生意気盛りのスリムが言う。
「そうか、じゃあちょっとだけ教えようか」
ケインもDランクとはいえ、二十年地道に剣を振ってきた経験がある。
薪を拾ってナイフで削り、人数分の木剣を作ると、軽く訓練をつけることにした。
「まず素振りからやってみようか」
ある程度体格の出来ている十三歳のキッドと十四歳のスリムは力強い素振りを見せるが、他の子は結構ばらつきがある。
のんびりした性格のトットなんかは、まだ十一歳ということもあり、フラフラと木剣に振り回されてしまっていた。
「ハァ、ハァ……」
「トットは、もう少し小さい木剣を使った方がいいかもね」
「まだダメかな……」
「うーん、そうだな。トット、試しに木剣で俺に打ち込んできてみなよ」
ケインは、トットがエイヤッと振り回す木剣を、優しく受けてあげる。
「うん、結構重い剣だぞ。トットは力持ちだな」
「ほんと?」
「十一歳でこれなら大したもんだ。いまから徐々に練習していけば、きっと強くなれると思うよ」
「やった!」
トットは、ケインに褒められて目を輝かせる。
のんびり屋だが実直な性格なので、今から地道に鍛えていけば本当に良い戦士になるかもしれない。
そこまで治安の悪くないこの街でも、ちょっと前に教会の銀燭台を狙って泥棒が入るなんて事件もあった。
別に冒険者でなくても、戦える術はあったほうがいいのだ。
「ケインさん、俺の相手もしてくれ」
「おっと!」
黒髪のスリムは、剣まで斜に構えて、変則的ながらも鋭い打ち込みを見せる。
かなり癖の強い我流の剣だった。
「キッドだけが訓練してたわけじゃないんだぜ。俺なんか王国騎士を目指してるんだから!」
キッドとよくつるむスリムは、孤児院の子供たちのなかでは二番手格を自認している。
剣の訓練にも一緒に付き合って鍛錬を重ねてきた。
純粋に剣士としての資質だけで見るなら、キッドよりも長身で体格にも恵まれているぐらいだ。
その上で、スリムは騎士見習いの試験を受けようとするぐらい剣の才能もある。
やっぱりそういう時期なのか、ブンブンと剣を回転させる癖の強い剣技で、勢い良く打ち込みを仕掛けてきて、ヒョイッとケインの木剣まで巻き込んで回転させる。
意外や意外、この手品のような技がベテラン冒険者のケインに通用した。
ケインは、木剣を巻き取られて取り落としてしまう。
スリムの剣はまだまだ荒さが目立つが、思い切りのいい才気を感じさせる剣だった。
「おっと、これは参った」
「やったぜ。見ろよキッド! ケインさんから一本もぎ取ったぞ!」
「すごいな。スリムくんの剣は、才能あるんだね」
一本取られてしまったケインは、素直にスリムの剣技を称賛する。
勝ち誇るスリムに、キッドは呆れ笑いを浮かべる。
「調子に乗らないほうがいいよスリム。ケインさんは、わざと負けてくれたんだから」
「ええっ、今のは絶対本気だったって!」
「そう見えるぐらい上手く負けてくれたんだよ。剣術は、勝つイメージが大事なんだ。それを知ってるから、ケインさんはスリムの力に合わせて勝たせてくれたんだよ」
いや、全然そんなことはないんだけどと、ケインは苦笑する。
「そんなの信じられねえなあ、俺の実力だろ」
カチンときたキッドは、言うより早いと一瞬のスリムの隙を突いて間合いを詰める。
スリムの手から木剣をはたき落とすと、サッと首元に木剣を突きつけた。
「ほら、まだまだだろ」
「グッ……いきなり打ちかかってくるなんて卑怯だろ!」
不意打ちされたスリムは憤る。
「モンスターはやろうって言ってから攻撃してくるのかい。ケインさんと一回冒険に出た俺でも、それぐらいわかるよ」
そう鋭く注意されると、スリムも分からず屋ではないので「それは、一理あるが」と答えるしかない。
キッドは木剣を下げて言う。
「スリムは確かに剣の才能があるよ。でも、勝ち誇った瞬間から大きな隙ができていた。あんまり調子に乗ってちゃダメだ」
「わかったよ。次は、勝っても隙は見せない。もっと訓練しようぜ」
気を取り直したスリムは、キッドと木剣を打ち合い始めた。
才能のある若者同士が、切磋琢磨している。
若いっていいなとケインは微笑み、トットたちの指導を続ける。
そんなケインの家の庭に、フード付きのマントで身を隠した怪しげな人物が姿を現した。
まったく客の多い日である。
「お前が善者ケインか?」
そう尋ねる声は、少し低いが若い女性のようだった。
しかし、まったく聞き覚えがない。
「ケインなら、俺ですが……」
そう答えたケインは、バサッとマントとフードを外して、露わになった女の正体を見て驚愕した。