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第53話「使い魔テトラ」

 床に敷いた毛布にくるまってケインが寝ていると、ピタン、ピタンと顔に何かが当たる。


「んん……」


 なんだか胸の上に、温かくて柔らかいものが乗っかっているような。

 適度な重みがあると、心地よい感じはあるのだが……。


 ケインが目を開けて顔の横で揺れているモノを手に取ると、白と黒のシマシマの尻尾だった。


「にゃぁ」

「なんだ……わあ!」


 毛布をめくってみると、いきなり真っ白いお尻がドアップに見えたので、びっくりして半身を起こした。

 そのままコロンと、毛布の上に丸まって転がる使い魔テトラ。


 どうやらテトラは、ケインの寝ている毛布の中に逆さまにもぐりこんで眠っていたようだ。

 獣魔と言っても、たてがみと手足の先と尻尾が白虎の毛皮なだけで、他の部分はまったく人間と変わらない艶やかな白い肌をしている。


 動きやすい服装を好むせいか、形の良い大きめの胸と腰だけはかろうじて衣服で隠されているだけで、やたらと露出度が高い。

 よく鍛えられてへこんだお腹には、使い魔の証であるハートマークの聖紋が入っている。


 実際は何歳なのか知らないが、獣人は人間の目には若々しく美しく見えるもので、十八歳ぐらいの女の子が寝乱れているようにしか見えない。

 なんというか、朝から大変まずい光景だった。


「にゃ、なんだ。ご主人様、起きたか」

「テトラ、一体どんな寝相なんだ。ちゃんとベッドに寝なさいって言っただろう」


 テトラの使うベッドがまだ届いてないので、ケインはわざわざテトラにベッドを譲って、床に毛布を敷いて眠ったのだ。

 それなのに、いつの間にかケインの寝床にテトラが入り込んでいた。


「ご主人様はちゃんと寝られているだろうかと夜中に心配になって、確認したらそのまま一緒に眠ってしまっていたようだ」


 テトラは、猫科動物特有のしなやかな動きで、さっと起き上がる。

 他意がないなら良いがと、ケインはため息をつく。


 なんで人を憎むのかとケインがテトラに聞いたところ、幼い頃に両親を人間に殺されたそうなのだ。

 そう聞けば、この子も不幸な身の上なのだとケインは思う。


 大人に甘えたがるのはわかるし、ゴロゴロと喉を鳴らして懐いてくれているのは嬉しいものだ。

 邪険にしてしまうのも可哀想だとも思うのだが。


「そのご主人様って言い方も、なんとかならないかなあ……」


 若い獣娘にご主人様と呼ばせているように思われては、ご近所の手前、少し外聞がよろしくない。

 なんかちょっと、やましい感じもする。


「それでは、敬愛する我が君とか。陛下とでもお呼びすればいいか」


 魔王に仕えていたときの調子なのか、テトラがそんなことを言うのでケインは大げさだと苦笑する。


「俺のことは、普通にケインでいいから」

「我は使い魔として飼われているのだから、あるじを呼び捨ては抵抗がある。おお、あるじ。そうだ、あるじではどうだろう」


「あるじか、俺は家主だからそれならいいね」


 それじゃ、あるじとしての仕事をするかと、ケインはテトラに顔を洗うように命じて、自分もさっさと朝の支度を済ませてから厨房に立った。


「ケインさん、大変ですよね。俺も手伝いますよ」


 朝早くから、キッドが来ていた。

 いつも数人、孤児たちが朝ごはんを食べに来ているのだが、今日も年長のキッドが面倒を見てくれているようだった。


「じゃあ、そっちお願いするよ」


 調理が大変なので、キッドが手伝ってくれると助かる。

 クコの村から仕入れてきた大量のイノシシ肉のハムをスライスにして、ケインは朝からどんどん焼いていく。


 すっかり体調を取り戻したテトラは大食漢で、大量の肉を欲しがるようになったのだ。

 そのため、朝の台所は戦場になる。


「うわー、今日はお肉が豪勢!」


 子供たちは、わーと歓声をあげてハムトーストにかじりついている。

 大人は獣魔であるテトラを見るとびっくりするのだが、柔軟な子供たちは全然気にしない。


「テトラも、みんなもドンドン食べていいよ!」


 テトラ用の肉を、ガンガン焼き続けて皿に積み上げるケイン。

 それなのに、テトラは手を付けない。


「どうしたテトラ、食べないのか」

「あるじがまだ食べてないのに、我が先に食べるわけにはいかない」


 テトラは、テーブルの上のハムをよだれを垂らしそうな顔で見つめている。

 変なところで上品なんだなと笑うと、ケインは自分のハムトーストを一口食べてみせた。


「ほら、食べたぞ」

「いただきます!」


 一度食べだすと、テトラの食欲は止まらなかった。

 山盛りのハムが次々と消えていく。


「ふー」


 さすがにこれぐらい肉を焼けばいいだろうと、ケインは自分のパンを食べてしまうと、一息ついて渋いクコ茶を飲む。

 すると、玄関から長い黒髪の女の子が入ってきた。


「ケインー!」

「おはよう、ノワちゃん」


 ケインの家は、子供たちが出入り自由である。

 当然の権利のように抱きついてくるノワちゃんを、ケインは優しく抱きとめる。


 大量のハムをガツガツ食べていたテトラが、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。

 口からポロッとハムを落として叫ぶ。


「あるじ! その、その御方は……」


 テトラは、ガタガタと震えている。


「どうしたんだテトラ、この子のことか?」

「その御方から、凄まじい瘴気を感じるんだが……」


 魔王ダスタードどころではない。

 その迫力は、テトラが最も恐ろしいと思った人間、剣姫アナストレアすら超えている。


「ノワちゃんなら、ただの近所の子だけど。瘴気?」

「ノワは、ケインの子ー!」


 ケインに抱き上げられたノワは、自慢げにそういうと黒曜石のような暗く沈む瞳をテトラに向けた。

 テトラは、ビクッと稲妻に打たれたように震え上がって、そのまま椅子にストンと座り込む。


「うっ……き、気のせいだった、かもしれない。瘴気ではないのか、しかしこの異様なパワーはなんだ……近所の子だと、一体この街はどうなって……」


 椅子で小さくなってしまったテトラは、なんかブツブツと言っている。


「ふうむ、ノワちゃんも朝ごはん食べるかい?」

「食べるー!」


 ノワは、震えているテトラの横に座ると、皿に大量に残っていたハムの残りを一瞬にして平らげてしまった。

 どうやって食べたのかわからないぐらいの早業。


 ケインは、ノワちゃんも凄い食べるんだなとびっくりした。

 ハムトーストにしてあげようと思ったのに、トーストを焼く暇もなかった。


「キッドくん……」

「はい、追加で焼くんですね。お手伝いします」


 それから焼けば焼くだけハムを食べてしまうノワは、買い置きの保存食を全部食べてしまった。

 うーむ、テトラや子供たちの食べっぷりは見てて気持ちいいのだが、これは食費の問題も考えなくてはならない。


「あのケインさん、本当に大丈夫なんでしょうか。うちの子たちも負担かけちゃってますよね」


 追加の肉を焼きながらキッドが心配そうに言うので、ケインは笑って答えた。


「ハハ、子供がそんなこと気にするもんじゃないよ。まあ、俺がなんとかするさ」


 今日あたり、また薬草狩りに行ってしっかり稼ぐことにしようとケインは心に決めるのだった。

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