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第64話「伯爵家の亜父」

 取り立てられた税金は領民に戻され、犯罪奴隷となったカスターは、ランダル家の領地で十年の労役に就くこととなった。

 辛いこともあるだろうが、カスターも父親の領地なので死ぬようなことはないだろう。


 やはりランダル伯爵は幻魔将フォルネウスに毒を盛られていたらしく、教会の解毒治療を受けてすぐ回復した。

 ともかくも、事件は一段落ついたといえる。


 そして、キッドはランダル伯爵の地位を継ぐために、このまま父親とともに領主の館へと赴くこととなったのだが……。


「ケインさん、俺なんかが本当に伯爵なんて務まるんでしょうか」


 不安そうに言うキッドの肩を抱くようにして、ケインは励ます。


「何を言っているんだ。俺は前から、キッドにはそういう大きな仕事がふさわしいと思ってたよ」

「そうでしょうか……」


「うん。伯爵のご子息だと聞いて、最初はびっくりはしたけれど、ああなるほどなって納得もできた」


 キッドは、孤児にあるまじき気品のある顔立ちと礼儀作法を身に着けている。

 育ちの良さというものは、自然とにじみ出てしまうのだろう。


「隠してたつもりなんですが、ケインさんには全てお見通しだったんですね」

「いや、わかってたわけではないけど。しっかりした領主がいてくれることで、領民のみんな安心できる。キッドには、領主をやる資格があると思うよ」


 トチ村の人達も、「若様が伯爵家を継いでくれれば安心だ!」と口をそろえて言う。

 キッドを知る、誰もがそう言うだろうとケインは思う。


「そうだケインさん、俺と一緒に来てくれませんか」

「えっ、俺がかい?」


 一緒に来てくれと言われても、意味がわからない。


「ケインさんをランダル伯爵家の騎士に、いえ騎士隊長として迎え入れたいんです! 父さんも、いいですよね」


 キッドの言葉を聞いて、ランダル伯爵は考え込む。


「キッド。聞けばケインさんは、悪神を討伐して王国から緋光勲章スカーレットエンブレムを授けられた英雄と言うではないか」

「そうです。ケインさんは、すごい人なんですよ」


「我がランダル家にも大恩ある方でもある。ただの騎士などではあまりに失礼だ。家宰かさいのほうがふさわしいのではないか。もちろんそれなりの領地と屋敷も用意して」

「いやいや、ありがたいお話ですが……」


 安定収入は喉から手が出るほど欲しいのだが、伯爵家の騎士や家宰なんて薬草狩りしか知らない冒険者のケインに務まるわけがない。

 それに、今のケインにはもうエルンの街に立派な自宅がある。


 アルテナのこともあるから、この地から居を移すわけにはいかない。


「そうですよね。田舎の騎士隊長なんてダメですね。ケインさんこそ、俺なんかよりもっと大きなことができる人ですよ!」

「いや、それはキッドの買いかぶり過ぎじゃないかな……」


 そこに、剣姫アナストレアも声を挟む。


「どうせなら、ケインを伯爵にしましょうよ」

「アナ姫、あっちでシスターシルヴィアが炊き出しやっとるから食べにいかへんか」


 また、剣姫が変なことを言い出すので、マヤが腕を引いて下がらせようとする。

 教会では村人が逃げ込んだりして、大変な騒ぎになってしまったので、休憩も兼ねてスープと軽い食事を施している。


「ケインさんを伯爵家の人間にするか、それもいいかもしれんな」


 意外にも、剣姫の言葉にランダル伯爵が乗ってきた。


「どういうことですか、父さん」

「この方は、キッドの父親代わりだったのだろう」


「はい。ケインさんは、俺が世界一尊敬する人です!」

「だったら、ケインさんにキッドの亜父あふになっていただいてはどうだろう」


亜父あふとは、また古いしきたりを持ってきたもんやな」


 ランダル伯爵の言葉に、マヤは笑う。


「マヤ、亜父ってなに?」


 ちゃっかり炊き出しの猪汁をもらってきて食べながら、剣姫は尋ねる。


「亜父とは、父に次いで尊敬する人という意味や。若い貴族が領主になったときに、後見人として年長の者を亜父として立てることがあるんや。王国でいったら傳役もりやくみたいなもんやな」

「へー、なんかいいわね。ランダル伯爵家の亜父、かっこいいじゃない!」


 これで、ケインにも大貴族の格がついたと、剣姫は無邪気に喜ぶ。


「私はこのまま息子に領主を継がすつもりだが、まだキッドはあまりにも若い。しかし、老いて弱った私では後見もままならぬゆえ、ケインさんに父親代わりとして見守っていただければ助かる」

「いや、領主の後見人なんて、平民の俺なんかができるものじゃないでしょう!」


 ケインは一度は固辞したが、キッドにも「ぜひお願いします!」と頼まれてしまう。

 珍しく魔女マヤも口を挟んだ。


「ケインさん。あくまで名目上やし、ケインさんがキッドに領主をやれって言ったんやから、保護者として見守っていく責任があるやろ」

「うーむ、それはそうだが」


 マヤはなかなか説得が上手い。

 結局は、引き受けることになってしまった。


「これでケインさんは、我がランダル伯爵家と縁のあるものとなった。これを授けますので、ぜひ使っていただきたい」

「こんなものまで、ありがとうございます」


 ケインは、ランダル伯爵から双頭の鷹の紋章が入ったマントを渡された。

 これを身に着けておけば、この地方では領主と縁のある者として手厚く遇されることになる。


 ランダル伯爵の二人の息子を救ってくれた、ケインへのせめてもの礼であり。

 魔王軍が傭兵を利用して善者ケインを襲わせようとしたと聞いたので、保護しようとする配慮でもあった。


「息子の教育を誤った私などより、ケインさんのほうがよっぽ父親にはふさわしいだろうな」


 少し寂しそうにランダル伯爵にそう言われると、ケインも苦笑するしかない。

 父親どころか、ケインはこの歳でまだ嫁さんももらえてないのだから。


「そんなことはないです。俺は、かばい合う皆さんを見ていて家族っていいなって思いましたよ」


 だから見てられなくて、助けに入ってしまったということもある。

 キッドみたいな子供がいる伯爵が、少し羨ましくもある。


「これからは、ケインさんも俺の家族ですから。俺が助けられることがあったら、なんでも言ってください」

「ありがとうキッド」


 伯爵家の亜父などと言われると大層で恐れ多いことだが、キッドの面倒を見るということならこれまでもやってきたことだ。

 これからもできるかぎり助けてやろうと、ケインは抱きついてくるキッドの柔らかい髪をなでてやった。


 キッドは、駆けていくと炊き出しをしている子供たちのところにも挨拶に行く。

 孤児院の子供たちは、いつかは孤児院を卒院して独り立ちしていく。


 しかし、こんなにも早くリーダー格のキッドがいなくなるとは思ってなかったので、みんなキッドの前途を祝福しつつも寂しそうにしている。

 一際キッドと仲の良かったスリムが、やっかみ半分で声をかけた。


「お前が領主とはな。だが見てろよ、俺だってすぐに偉い騎士になって追いつくからな」


 他の子はキッドって大貴族の息子だったんだと遠慮がちになってるのに、スリムだけは仮にも次期伯爵に向かっていい度胸だった。


「じゃあ、スリム。騎士やってみる?」

「え、ええー!」


 このキッドの申し出には、スリムもびっくりした。


「うん、騎士になりたいって言ってたじゃない。俺も一人で行くのは寂しいし、スリムがついてきてくれればなと思って」

「ならケインさんの代わりに、俺も騎士隊長にしてもらえるのか?」


 キッドの護衛騎士として側に仕えていた騎士レオノーラが、音もなく近寄ってスリムの頭をコツンと頭を叩く。


「調子に乗るな。未熟なお前の剣では、まだ騎士などとはとても呼べん。まず見習いからだ!」

「痛え、なんだこのお姉さん怖え」


 生意気なスリムが、一撃喰らっただけで反撃する意思が萎えた。

 騎士レオノーラは、多少は鍛えたと思っていたスリムが歯も立たないぐらい強いのだ。


「フフッ、これから貴様の上司になる私に対して、いい度胸じゃないか。これから私のことはレオノーラ教官殿と呼べ! 騎士になるには馬術や剣術だけでは足りないぞ。騎士道や宮廷作法まで、みっちり叩き込んでやるから覚悟しろよ!」

「うわー!」


 頭を押さえて逃げ回るスリムに、みんな笑う。

 拳を振り上げてスリムを追いかけながらも、騎士レオノーラも口元がほころんでいた。


 キッドを密かに見守っていた彼女は、キッドと一緒に訓練していたスリムも騎士の見込みありとは思っていた。

 領主になるキッドと仲もいいようだし年齢も近い。


 自分の護衛騎士の仕事を継がせるなら、彼が適任ではないかと思っていたところだ。

 こうして、全てが丸く収まりめでたしめでたしといったところだが。


 それを外野から眺めながら、沈思黙考していた魔女マヤが動き出す。


「アナ姫、セフィリア、あとそこの虎」

「テトラだ!」


 アナ姫とテトラは、炊き出しのイノシシ汁を二人だけでほとんど食い尽くしていた。


「わかったわかった。ほら、アナ姫もいつまで食ってるんや。そろそろ、今後の対策を話し合うで」


 善者ケインを狙う魔王軍の脅威に対して、作戦会議が開かれようとしていた。

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