森の都の大会議堂の奥の間。
エルフの統治者アーヴィンは、剣姫たちのお目付け役に付けていた弓兵隊長アトラス・シーダーの報告を受けていた。
「それで、剣姫アナストレアと申すものの活躍は素晴らしく、聖獣人テトラも我々が苦戦したジャイアントデストロールを一瞬にして倒して見せた」
「……」
「聖女セフィリアの活躍も素晴らしかった。亡くなった多くのエルフたちがリビンドデッドとなっていたのだが、それらを一瞬にして浄化して見せたのだ」
「……アトラス族長」
エルフの古強者であるアトラスは、エルフ七部族の一つシーダー族の族長であるため、統治者であるアーヴィンも一応の敬意は払っている。
それにしても、アトラスの危機感のなさに、アーヴィンは怒りを禁じ得ない。
「何かな」
「あなたは、何を楽しそうにしているのですか!」
「えっ……いやだがこれで、森の西側の問題も片付いたではないか」
「新たな問題が発生してますよ! あのアナストレアは、人族の王国の姫というではありませんか。あの獣人どもだって、あの忌々しい人族ケインの軍勢なのです」
「しかし、彼らのことはローリエ陛下が心配いらぬと……」
「甘いですね。我々は、我らに害なすものを招き入れた間抜けかもしれないのですよ」
ローリエたちは、今はケインと一緒に、森の北で起きているドワーフとの国境問題を解決しにいっている。
エルフと昔から仲の悪いドワーフたちを、ケインがどうこうできるとは到底思えない。
無様に失敗すればよし。
だが、もしそれもどうにかしてしまったとしたら……。
「こう言っては失礼だが、アーヴィン族長は心配のし過ぎではないのか。あのケインという人族は、他ならぬシルヴィア様の息子というではないか」
だからこそ、脅威なのだ。
その権威に魔王軍残党を超える力が備わった存在がケインだ。
このままでは、エルフの国は人族に乗っ取られるかもしれない。
アーヴィンが忌々しげに唇を震わせて、口を開こうとしたとき、外からしわがれた声がした。
「クックック、アーヴィン族長のおっしゃる通りですな」
黒いローブに仮面を付けた男が、やってくる。
「これは、森の賢者殿……」
うさんくさげにアトラスが声を掛ける。
森の賢者と名乗るこの怪しげな男は、アーヴィンが魔王軍の残党対策に呼び寄せたはぐれエルフだった。
古の森に、昔から隠棲していたという賢者である。
顔を仮面で隠しているので、本当にエルフかどうかも怪しいとアトラスは思っているのだが、どうしようもなかったモンスターの侵攻を食い止めてみせた功績があった。
アーヴィンが、ケインたちの助けなどなくても自分でなんとかしてみせると豪語していたのは、この人物の助けがあったからだ。
「アーヴィン族長のご心配はごもっとも。あのケインとか申すもの、実に怪しいですねえ」
「賢者殿もそう思われるか!」
アーヴィンは、自分の意見に賛同してくれたので嬉しそうな顔をする。
「エルフの国を乗っ取ろうとたくらんでいるのかもしれませんよ」
「やはりそうか。シルヴィア様も、ローリエ陛下もあいつに騙されているのだ!」
「しかし、ケインたちの力はあなどれぬものです。そこで、これを使ってみませんか」
森の賢者は、ローブの
「これは……」
「強い炎の力のこもる、赤の精霊石です。力が暴走すれば危険な物にもなりえますが、エルフの中のエルフ、尊き血筋のアーヴィン族長であれば、使いこなすことができるかもしれません」
アーヴィンは、渡された赤い精霊石に魅入られている。
「これを使えば、強くなれるのか」
「ええ、使いこなせれば、精霊神ルルド様の声すら聞こえるでしょう。私欲で使えば身の破滅を招く力ですが、純粋にエルフの国の行く末を案じるアーヴィン族長であれば、力に飲まれずに使いこなすこともできましょう」
そう言うと、森の賢者は仮面の下で、くぐもった笑い声をあげた。