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第126話「戦い終わって」

 こうして、アカハナ海賊団はケイン王国軍にほぼ全員捕らえられた。


「マヤ、なんでちょっと逃しちゃったの?」


 ほぼと言ったのは、マヤがわざと一隻逃したからだ。

 脅して降伏させたのはいいが、それがアナ姫には不思議だったようだ。


「ああやって北海の海賊にケイン王国の恐ろしさを広めてもらえば、うちの船が襲われることはないやろ」


 無駄な戦闘も避けられるというものだ。

 アナ姫が勝手に海賊を襲ったのはよろしくないことであるが、これから海洋貿易を考えているケイン王国にとっては良い一手だったとは言える。


 アナ姫が一隻の海賊を全滅させた脅威も、じわりじわりと噂になるだろう。

 これで、海賊はケインの港に近寄るまい。


「こいつらからアジトを聞き出して、全部根こそぎにすればいいだけじゃないの?」

「アナ姫はすぐ極端にいきたがるけど、海賊の根絶はそんなに簡単なものやないで」


 北海の船乗りがすぐならず者になってしまうのは、北の海が貧しいからという理由もある。

 悪いやつを殺せばなくなるというものではないのだ。


「まあ、実際アナ姫やったら本当に根こそぎにしてしまうかもしれんけど。ケインさんはどう思う?」

「いくら相手が海賊でも、あんまり乱暴にこちらから攻めるのもどうかと思うな」


 ケインは、マヤが予想したような穏当な返答をしてくれるからこういうときありがたい。


「ほら、ケインさんもそう言うとるやん」

「うーん、今はそんなことしてる時間無いものね」


「せやで、これから捕まえた海賊の後始末もせんといかんしな」


 アナ姫がやらかしたあとの事後処理をさせられるのもマヤなのだ。

 やれやれと思う。


 暴走するアナ姫もケインの言う事なら聞く。

 その辺りは、やはり頼れる大人ということだろう。


「アナ姫の考えも一理あるっちゃあるけどな。少なくとも、今回の勝利は獣人たちにとって意味があったやろう」


 王国に長らく支配されていた獣人たちは、人間への恐怖がこびりついている。

 人間の海賊を倒させることによって、それを払拭しようというのだろう。


 モンスターとの戦いだけでは兵として完璧ではない。

 海賊に勝利して自信を取り戻した獣人たちの顔を見れば、この戦いには価値があったとは言えるだろう。


 これでやるまえに自分にちゃんと相談してくれれば、一番ありがたいのだがとマヤは思いながら、事後処理を開始する。


「さて、今回の大金星は大海賊アカハナを生け捕りにしたことやな。こいつとその部下数名は、アルビオン海洋王国や、ベネルクス低地王国でも賞金首になっとるから、大儲けやで!」


 マヤがそう言うと、「さすがケインね!」とアナ姫は自慢げに言う。

 ケインにしてやられて縄目にかかった海賊の首領アカハナは、「なんで俺様がやられたのか、納得いかねえ」とずっと言っている。


「いやいや、上手く捕らえることができたのは、善神アルテナの加護だと思うよ」


 ケインはそう納得しているのだが、それに付き従うテトラはなにか言いたげな顔だ。

 ちらっとノワの顔色をうかがって、ブルッと震えると「そうだ! あるじの言う通り、アルテナ様の加護に違いない。どちらにしろ、あるじの大手柄には違いないのだ!」とやけっぱちのように叫んだ。


 あの戦闘時に、ケインの護衛として近くにいたテトラは、アカハナと同じくノワが発した瘴気で震え上がっていた。

 ノワがアカハナを足止めしたことを知っているのだが、黙っていたほうがいいと判断した。


「たまにはいいこというわね駄虎!」

「テトラだ!」


「こいつ、見た目は雑魚だけど冒険者にしたらAランクの実力はあるわよ。やっぱりケインは強かったのね。Aランクを倒したんだから、当然Sクラスと言っていいわ!」


 雑魚呼ばわりされてアカハナが目を剥いている。

 ちなみに、アナ姫は逆に強すぎて・・・・ノワの出した瘴気には気が付かなかったりした。


 ノワも「お父さん凄い!」と言い、ケインは「そんなことはないよ」と笑う。

 こんな敵によく勝てたなあと恐ろしげなアカハナを眺めて、やはりアルテナの神助しんじょがあってのことだと感謝するのだった。


 捕らえられた海賊の中から、一際背が低く額の広いズルそうな顔の男が進み出て、ケインの前にいきなり土下座した。


「ケイン王とおっしゃられましたか。我らは、あのアカハナのやつに無理やり強いられただけなのです。どうかお慈悲を!」


 そう嘆願するこの男は、海賊の副長デコスケである。

 デコスケの裏切りに、海賊の首領アカハナが叫ぶ。


「デコスケ、そもそもお前がこの国を攻めようと言ったんだろうが!」

「な、なんという悪態を! ケイン陛下、滅相もございません! 私どもは何度も嫌だと申したのです!」


「デコスケ、貴様ァ!」


 アカハナは、デカい鼻を真っ赤にして怒っている。

 知恵者であるデコスケは上手く立ち回って、なるべく目立たないように賞金首からも外れている。


 しかし、誰から見てもうさんくさい男だ。

 言ってることは、いかにも見え見えの嘘である。


 アカハナの言い分と合わせて聞けば、海賊の副長まで務めたものが、強いられたわけがない。

 マヤは、これも良い機会だとケインに尋ねる。


「海賊の処遇しょぐうを決めるのは、あくまでこの国の長であるケインさんや。賞金首は他国に引き渡すとして、他の海賊はどうする?」


 そう言われても、犯罪者を裁いたことなどないケインは少し考える。


「マヤさんの意見を聞きたいな」


 ケインならそう言ってくれると思ったと、治安判事の資格も持つマヤは笑っていった。


「そうやね、いちいち細かい裁判なんてやっとれへんからな。もちろん海賊を無罪放免ってわけにはいかんで、このデコスケってやつを含めて、下っ端の海賊どもはまとめて徒刑十年でどうやろか。犯罪奴隷としてこのまま海で働いてもらえばいいやんか」


 これから港ができて、海の仕事も増える。

 海賊から奪った船もあるから交易もできるし、漕手をやってもらうのにちょうどいい。


「そうか、だけど徒刑十年は重いな。彼らの働きをよく見て、更生できると判断できたら解放してあげるって条件でどうだろうか」


 働きによっては解放もあり得る。

 そう聞いて、デコスケは嬉しそうに頭をペコペコと下げる。


「寛大な王様のために、我らは身を粉にして働きます。このデコスケ、北海から南海に至るまで海を知り尽くしておりますれば、船頭として使っていただければ幸いです!」


 あまりの調子の良さと変わり身の早さに、怒っていたアカハナたちも鼻白んだ。

 デコスケの下心は透けて見えるが、今は人材が不足している。


 理由が何でも、働くならいいだろうとマヤは思った。

 清濁せいだくあわせ呑むのが、王の器というものだ。


「さすがケインさん。善者らしい慈悲深い裁きやな。更生したら解放することを条件にしたほうがコイツラもよく働くやろし、うちもそれがええと思うわ」


 希望のない生活は人を腐らせる。

 ケインは、かつてランダル伯爵家で起きた事件のときに、カスターの更生を見てそう考えていた。


「さすがケイン、王様として見事な裁きね!」

「うちもそう思うわ。ケインさんは、アナ姫よりよっぽど為政者に向いとる」


 マヤは、小さく口元で「特にうちに意見を聞いてくれるところが……」とつぶやいた。

 これがアナ姫だったら、即座に全員死刑にしていてもおかしくない。


 まったく、どっちが本当の王族かわかったものではない。

 ケインはそう言われて、「いやあ、王様は柄に合わないよ」と苦笑して頭をかいた。


 海賊たちに囚われて奴隷としてこき使われていた水夫たちは、解放されて一部はそのままケインの港で働くことに決まり、海賊と立場が逆転することとなった。

 彼らの最初の仕事は、賞金首のアカハナたちをベネルクス低地王国に運ぶことになるだろう。


「さあ、みんな戦勝の宴だ!」


 獣人たちの取りまとめ役であるテトラがそう叫ぶと、みんなはワーと歓声を上げる。

 そういえば、まだ食事の途中であった。


 あれだけの戦闘のあとでも、肉を頬張れる獣人たちの健啖ぶりは凄い。

 しかしと、ケインは思う。


「みんな、もうちょっと野菜も食べてくれるといいんだけどな」


 エルフの国から輸入している野菜や、ケインが持ち寄った山菜もあるのだが、獣人たちにはあまり人気がない。


「それならケインさん、こういうのはどうや?」


 マヤは、パンを二つに割るとそこに野菜や肉を挟んで、仕上げに万能調味料であるエルフの粉で味付けする。


「おお、これは美味いね!」


 一口食べてみると、パンと肉と野菜の味が交わり、絶妙な美味しさを醸し出している。

 手軽に作れるし、携帯にも便利で手に持って食べやすい。


「サンドイッチって言うそうやで、手軽に食べられるから最近うちの故郷でも流行ってるんや」


 これなら食べてもらえるだろうと、ケインたちはせっせとサンドイッチを作り始めた。

 初めて口にする獣人たちにも美味いと大好評だった。


 ケインは水夫たちや、捕らえられた海賊たちにまで分け隔てなくサンドイッチを配ってやる。

 こうして手軽に作れるサンドイッチは、ケイン王国の名物料理となるのだった。

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