フランベルジュ傭兵団を無事に捕縛することができて、魔女マヤはホッと一息つく。
「ふう、今回は我ながら上出来や。上手くいくときはいくもんやで」
かなりの自画自賛である。
今回は本当に上手くいったので、自分を褒めてもいいとマヤは思う。
マヤたちの留守に傭兵団に街が襲われているのを見かけたときは肝を冷やしたが、こうして救援には間に合った。
ちょうどいいタイミングだったと言える。
アナ姫は、ここに来る道すがら、ケインに何度も「敵だからと言って簡単に殺してはいけない」と注意されていたこともあって、居並ぶ弓兵の弦をたたっ斬るという器用なやり方で一瞬で無力化させてくれた。
「ここはケインさんが行かんと、アナ姫が殺してしまうで」と傭兵団の団長、片目のブラウンとケインが一騎打ちをするように、そそのかしたのもマヤだった。
いくらDランク冒険者のケインでも、バックにアナ姫たちが付いていれば万が一にもやられる心配はない。
ここで獣人の兵たちや、ケインヴィルの街の住人たちに、王であるケインが先陣に立って戦う姿を見せれば、この小さな国も一つにまとまることができる。
ケインは思いの外、見事な活躍ぶりを見せてくれたので、上出来だとマヤも
久しぶりに思ったように展開が上手く運んだので、マヤは大変機嫌が良い。
自分の手で、小さな国を一から育て上げる。
伝説の大賢者の養女であるマヤにとっては、実に面白い仕事であった。
「さて、次の仕事は後始末や。フランベルジュ傭兵団の団長、片目のブラウンやったな。うちのことは知っとるか?」
負けを認めたのか、大人しく縄目を受けている片目のブラウンが応える。
「万能の魔女、マヤ・リーンだろ。Sランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』の評判を知らぬわけがない」
「話が早くてええやんか。そんじゃ、誰からこの街を襲うように依頼されたのか、聞かしてもらおか」
「……そう聞かれても、言えるわけがない」
雇われの傭兵とはいえ、名の通った有名な傭兵たちだ。
そう容易に依頼人を明かすわけがない。
それはマヤもわかっていたが、ブラウンの茶色の眼をジッと眺めて笑う。
「そうか、やっぱり雇い主は帝国やったか」
「なっ! もしかして魔法で心を読んだのか!?」
マヤは何も答えずに、魔女らしく悠然と笑ってみせる。
読心の魔法などマヤは使えない。
ただのハッタリだが、万能の魔女という風評はこういうときに役に立つ。
思わせぶりな仕草だけで、向こうから口を滑らせてくれるのだから。
そもそも、傭兵団に攻城兵器などを貸し与えて、わざわざこんな辺鄙な街を襲わせる心当たりが帝国以外に考えられなかっただけだ。
ブラウンの反応で、やっぱりそうかと確信が持てた。
「帝国の仕業だったのね。留守を狙うなんてなんて卑怯な、今度はこちらから攻めてやるわ!」
「待てアナ姫、無理に決まってるやろ。どんだけ戦力の差があると思っとんねん」
「帝都をぶっ潰せばいいじゃない! 一時間もあれば全部潰すわよ」
「何も守るものがなければ、それでええんやけどな。こうして、うちらがおらん間にこの街も襲われてたやん」
「……そうか、少なくとも街を守れるぐらい兵を強くする必要があるのね」
「だから、最初からそう言っとるやろ」
こうしてわかりやすい実例を見て、アナ姫もようやくわかってくれたようだ。
守るものがない国などないから、最強の大英雄一人では戦争には勝てない。
このケイン王国という小さな国だけでも、強大な帝国を相手にするのは難しいだろう。
だが、それでも強く育てば、帝国と王国の間に
そんな思案をしつつ、マヤはケインに向き直る。
「さて、ケインさん。今回は街に攻め込んで来た傭兵団の処遇やけど、どうする?」
王としてケインがどう問題に対処するのか、マヤはそれを見るのが段々と楽しみになってきた。
「そうだね」
「うん」
ケインはちょっと考える。
また、マヤにいいアイデアはないかと聞いてくるだろうか。
「とりあえず、ご飯にしようか」
なるほど飯かと、マヤは微笑んだ。
面白い答えだ。
「いいわね! 食べないといい考えも思い浮かばないものね。みんなご飯のしたくよ!」
こうして、戦闘で荒れた街の片付けもそこそこに、昼食の準備が始まった。
ケインの指示で、捕らわれていた傭兵団も縄目を解かれて、ご飯の手伝いをすることになる。
ご飯と言っても、またサンドイッチだが。
ケインの港から持ってきたサバを焼いて、これまた表面をカリッと焼いたパンに切り身を挟んで食べる。
「魚のサンドイッチも美味しいわね!」
ほんとに味わって食べてるのだろうか。
アナ姫やテトラや獣人たちが旺盛な食欲を見せる。
みんなたくさん食べるので、作るケインたちは大変だった。
だが、ケインが動いていれば手伝ってくれる人も多い。
「これは手軽に作れて美味いのお。弁当にもちょうどよいわい」
好奇心旺盛なドワーフたちも、サンドイッチという新しい料理の作り方をケインに習って興味が湧いたようだ。
「さあ、君たちもどんどん食べてくれ」
ケインは、捕縛された傭兵たちにも分け隔てなく作った魚のサンドイッチを配る。
「まさか、攻め込んだ街で飯をおごられることになるとはな……」
「団長、ここの飯は
あの剣姫に敗北して、これからどうなるのかと震え上がっていた傭兵たちだったが。
縄目を解かれて敵の大将であるケインから、サンドイッチまで振る舞われて、ホッと安堵している様子だった。
「おい、振る舞われてるだけじゃフランベルジュの名折れだ。あれ持ってこい」
「団長あれをやるんですか」
すぐに料理の支度が整った。
生肉と玉ねぎを細かく切り、塩コショウで下味をつける。
その間に、小麦粉とバターをこげ茶色になるまで炒めて、コンソメを加えてブラウンソースを作る。
つなぎのパン粉と卵を混ぜ合わせ、適当な大きさにまとめると、オリーブオイルを敷いたフライパンで焦げ目がつくまで焼き上げる。
仕上げに、ハンバーグにブラウンソースをたっぷりとかけて出来上がりだ。
「フランベルジュ傭兵団特製、ブラウンソースのハンバーグステーキだ。食ってみてくれ」
片目のブラウンは、優れた剣士であるだけでなく、器用に料理もしてみせる。
戦場では食べることぐらいしか楽しみがないため、こう見えて傭兵たちはグルメなのだ。
勧められて食べたケインは、まろやかなコクがあるブラウンソースのハンバーグに舌鼓をうつ。
「これは、柔らかくて美味しい。噛むと肉汁がじゅわっと染み込んでくるね。これなら子どもも喜びそうだぞ」
ノワにも食べさせてみると、「お父さん美味しい!」と評判が良かった。
家に帰ったら、孤児院の子どもたちにも食べさせてやりたいとケインは思った。
「ブラウンさんが作ったソースだから、ブラウンソースなのかな?」
「いや、普通に茶色のソースだからだ」
片目のブラウンという名前も、髪や目の色から付けた仇名のようなものだ。
傭兵はいろいろあってそうなっている者たちばかりだが、ブラウンも過去を捨てた男である。
「美味しい料理を作ってくれてありがとう」
「あ、ああ……」
ブラウンは、ケインに折られた自分の愛剣を見ながら苦笑する。
泣く子も黙る片目のブラウンの剣を断ち切って置いて、本人は全くの無防備で料理を作って気さくに配っている。
一体、このケインという男は何者なのだろうか。
飯にしようというこの男の言葉で、いつの間にか傭兵たちもケインヴィルの獣人やドワーフに混じって、和気あいあいと飯を食い始めた。
まったく奇妙な国だった。
穴倉に住むドワーフと、草原や森に住む獣人たちが人間の治める王のもとで仲良く暮らしてる。
ドワーフが持ってきた酒まで一緒になって飲んでしまい、昼間っから酔っ払う傭兵たちもいる。
傭兵たちも油断しすぎだろうと思うが、この街の住人たちも攻めてきた傭兵たちをこれほどに歓待するとは、どうかしているとブラウンは思った。
「お父さん、ハンバーグをパンに挟んで食べたい」
「なるほど、それも美味しそうだ」
サンドイッチの新しいメニューを考案している二人に、マヤがそろそろと切り出す。
「ケインさん、そろそろこいつら傭兵団の処遇を決めんとな」
それを聞いて、片目のブラウンは提案する。
「このまま無事に解放してくれるなら、相応の身代金を払う用意はあるぞ」
「それもいいんだけど、もしブラウンさんたちさえ良ければ、街の防衛をお願いできないだろうか」
そう言われて、ブラウンは仰天する。
「なんだと、俺たちはこの街を攻めて来たんだぞ!」
攻めてきた相手に、街の防衛を任せるとは一体どういうことだ。
「この街の防衛が弱いってことがわかったから、どうせ身代金を払うというなら、その分のお金でうちで働いて欲しいなと」
「ま、待て……俺たちが、またこの街を襲うとは考えないのか?」
「もうしないって約束してくれれば……」
「約束なんかしても、約束を破るかもしれないじゃないか!」
ブラウンは、目を白黒させる。
本当に何なのだ、この男は……。
いつの間にか、ケインの心配をブラウンがしなくちゃならないほどに無防備だった。
「傭兵というのは、約束は破らないものなんだろう」
「それはもちろんそうだ。この商売は信用第一だからな、だがそうは言っても……」
マヤが笑いをこらえきれずに、話に入ってきた。
「なるほど、ケインさんの判断は、帝国に雇われたフランベルジュ傭兵団を逆に取り込むっていうことやな」
「そうだね。なんとなくだけど、彼は信用できると思う」
「ええ判断やと思うわ。ブラウン団長、まさかうちらSランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』のいるこの国を裏切ろうとは思わんやろ」
「そ、それもそうだが……」
剣姫を敵に回すのは、傭兵の
怒りを買うような真似ができるわけがない。
「うちも、敵の戦力をそのまま取り込むのは上策やと思うで。また帝国に攻められる可能性もあるやろ。ブラウン団長、あんたらかて帝国にもう義理はないやろ。使い捨てにされたんやから」
マヤの言う通りであった。
ブラウンは、小さい街を一つ潰すだけの簡単な仕事と言われて帝国に雇われたのだ。
その街に剣姫がいると知っていれば、こんなヤバイ仕事受ける訳がない。
「うーん。しかし、本当にわだかまりはないのか。俺は、君たちの街を攻めて傷つけてもいる」
ブラウンがそう言うと、治療を終えたアベルがやってきた。
「俺のことならば気にしないでくれ。戦場での負傷だ、この傷も自分の未熟さ故だと思っている」
「すまなかった……」
「いや、片目のブラウンは噂通りの強敵だった。一緒にこの街を守るのなら、ぜひ今度稽古をつけてくれ。ただ、今度は騙し討ちはなしで頼むぞ」
そう言って、アベルは爽やかに笑って冗談にしてしまう。
続けてケインにもう一度、「街を守ってくれないか」と頼まれて、ブラウンは観念した。
「わかった。剣姫の怒りをかったままというのも恐ろしいからな。罪滅ぼしもかねて、しばらくこの国に雇われよう。宮仕えは性に合わないと思ってたんだが」
ブラウンがそう言うと、「ここに宮殿なんてないよ」とケインが笑う。
なんだか、肩の力と毒気が抜かれてしまった。
「ハハ、違いない。ともかく、よろしく頼むよ王様」
「王様は止めてくれ、ケインでいいよ」
ブラウンはケインの差し出したハンバーグを挟んだサンドイッチを食べて、その美味さに驚いた。
パンにブラウンソースとハンバーグの肉汁がたっぷりと染み込んで、絶妙なハーモニーを醸し出している。
「これは、本当に美味いな。そうか、パンとも合うのか」
のちに、ハンバーガーと呼ばれる料理の始まりであった。
これもやがて、ケインヴィルの名物料理となっていく。
「これもブラウンさんたちが、ハンバーグを作ってくれたおかげだよ」
屈託なく笑うケインを、ブラウンは眩しそうに見つめる。
帝国と王国の戦争が始まるという噂を聞いて、これから戦働きが忙しくなると思っていたのだが、こんな男がいるのではそうはならないかもしれない。
長らく傭兵団長を務めたブラウンは、不思議とそんな予感がしていた。