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第145話「帰還」

 その後、大軍を動かした後始末やらなにやらで、数日かかってしまった。

 ケインはアルテナ同盟の責任者なので、全てが終わるのを最後まで見届けるためにすっかり遅くなってしまった。


 それでも、戦争を止めることができて、こうしてエルンの街に無事に帰ってこれたんだなと、ケインはホッとする。

 留守にしたのはほんの数ヶ月だったが、本当に長い冒険だったと感じられた。


 あの角を曲がれば、懐かしいケインの家だ。


「おかえりなさい。ケインさん!」


 屋敷の玄関前では、ケインが戻ってきたとどこかで聞いたのだろうか、約束通りエレナが待っていてくれた。


「ただいま、エレナさん」


 エレナは碧い瞳に涙を浮かべて、ケインの帰りを迎えてくれた。

 家に帰って来た時に、ただいまと言える相手がいるのは良いものだと、ケインは心から思う。


 ケインは、手で引いているヒーホーからノワちゃんを下ろしてエレナに預けると、庭の小屋へと歩いていった。


 後には、新妻気取りでノワの手を引いて微笑んでいるエレナと、アナ姫たちが残される。

 ここでいつもなら、エレナに対してアナ姫が激高するところであるが、今日は余裕で笑い返して言った。


「ケインは、私にプロポーズしてくれたわよ」


 唐突な勝利宣言。

 勝負あったとばかりにアナ姫は傲然と小さな胸を張っているが、エレナの笑顔は曇らない。


 エレナはどういうことかと、アナ姫の傍らにいたマヤに事情を尋ねる。

 アナ姫の言うことなどまともに聞いてはいけない。


 まったく正しい対応である。

 アナ姫がプロポーズと言い張っている話の詳細をマヤから聞き終えると、フッと鼻で笑った。


「ケインさんは、自分は王様に向いてないからアナストレア殿下に女王様になって治めてくれないかと頼もうと思ってたぐらいなんだ・・・・・・・・・・と言っただけで、全然プロポーズでもなんでもないですよね?」

「せやな」


 マヤも、その通りだと頷く。

 それにビックリしたのはアナ姫だ。


「え、うそ! あれって一緒に国を治めようってプロポーズじゃないの!?」

「そんなわけないやん。うちも指摘しようかどうか迷ってたんやけど、それで話が丸く収まってるみたいやから、放っといてもええかなーと」


「ええー!」


 胸を張って勝ち誇っていたアナ姫は、そのままひっくり返りそうになってる。


「そもそも思ってたぐらいなんだ・・・・・・・・・・ってことは、統治を任せるとすら言ってないですよね」

「アナ姫にケイン王国を任せるとか誰も納得せえへんし、実質統治を任されたのは宰相のうちやからな」


「マヤ、あんたはどっちの味方なのよ!」


 手をバタバタさせているアナ姫に、止めとばかりにエレナは言う。


「ちなみに、私はケインさんにプロポーズされてますから」

「はぁ、なんですって!?」


 きゃ、恥ずかしいと、エレナは赤くした頬を両手で押さえる。


「戦争が終わったら君のもとに帰るから、この家で待っててくれってケインさんに言われたんです。その約束を果たすために、私はここにいるんです。あ、ケインさんが戻ってきましたね。それじゃ、失礼します!」


 嬉しそうに勝ち誇ったエレナは、ケインとノワと連れ立って、三人で家の中へと消えていった。


「ちょっと、どうしようマヤー!」


 結局泣きつく先は自分かと、マヤは苦笑する。

 こうしてみると、可愛らしいものだ。


「そんな心配せんでもええで。エレナさんが言ってたケインさんとの約束ってやつを、実は物陰からうちもこっそりみとったけど、全然プロポーズでもなんでもなかったで」

「ほ、ほんと?」


「エレナさんの話も、だいぶ誇張が入っとる。ケインさんは、危険だから街で待てって言っただけや。だいたい、あの朴念仁ぼくねんじんのおっさんが、プロポーズなんてそうそうできるかいな」


 そんなことができるほど器用なら、もうとっくに結婚してるだろうとマヤは笑う。


「よくも騙したわね、あの女狐めぎつね!」


 アナ姫が殴り込みを掛けようとするのを、マヤは止める。


「ちょっと待ちいなアナ姫。プロポーズというのは嘘やけど、エレナさんのやり方は正しいで」

「どういうことよ?」


「ケインさんは、流されやすいところあるやろ。だから、エレナさんはそうじゃないってわかってて、プロポーズされたって受け取って懐に入り込んだんや」

「ええ?」


「さすが、エレナさんは大人の女やな。そういう事実を積み重ねていけば、自然とそういう感じになるってことや」

「ど、どういうことよ。もっとわかりやすく言いなさいよ」


 ここまで言われてもわからんかと、マヤは苦笑する。


「だからやなあ、アナ姫かてケインさんにプロポーズされたって、ディートリヒ王もアナ姫の家族も思い込んだんやから、そのままそういうことにしとけばチャンスあるってことや」

「ふうむ、なんとなくわかってきたわ」


「さっきの質問やけど、うちはアナ姫の味方やから安心せい。国ぐるみでそういう空気を作っていけば、ケインさんもすぐに流されるやろ」

「なるほど、さすがマヤね!」


「ほら、そうと決まったらエレナさんをあのまま放っといてええんか。なんか、みんなで料理を始めたようやで」


 マヤがけしかけると、こうしちゃいられないと、アナ姫は厨房に駆け込んでいった。

 中から「肉を切るなら私に任せて!」という声が響くと、ドン! と激しい破裂音が響き、「きゃー!」という悲鳴や、「うわあ、キッチンが割れた!」という叫びが聞こえる。


 やれやれ、やっぱりこうなったかと、マヤは苦笑するしかない。

 アナ姫がやらかしたら、マヤの万能の魔法の出番だ。


 自分も厨房に行って騒ぎを収めに行こうとしたマヤだが、横にずっと立っているセフィリアを振り返った。

 いつもなら、真っ先に手伝いに行くのにどうしたのだろうと気になったのだ。


「セフィリアは、いかんでええんか?」

「あの、私は……ケイン様にふさわしいのは、アルテナ様だと、ずっとそう思ってます!」


 真剣な表情で、そう言うセフィリア。

 善神になってしまったケインの幼馴染かと、マヤは少し考え込む。


 やれやれ、ケインの周りもいろいろと複雑だ。

 自分たちが巻き込んだのか、それとも巻き込まれてしまったのか。


 この一年近く、一緒に冒険の旅をしたことで、いつの間にかケインたちと切っても切れない間柄になってしまっている。

 こうして改めて考えると、人の縁は不思議なものだ。


 マヤは、あのお人好しのおっさんがどういう選択をするのか、近くで手助けしながら見守っていくのも悪くないと、そう思った。


「そうか。ほな、うちらもいこうか」


 マヤはなだめるようにセフィリアにそう呼びかけると、大騒ぎになっている厨房へと入っていくのだった。

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