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第150話「海賊退治」

 北の海の海賊のアジト、バッカニア島。

 その奥にある海賊のアジトでは、海賊の首領たちが深刻な顔で相談しあっていた。


「バカが! あれほどケイン王国の船には手を出すなと言っただろうが!」


 ドン! と机を叩く樽のような丸い体型をした海賊の三首領の一人バレル。

 バレルの怒りに、震えあがる若い海賊たちを見かねて、痩せぎすでカイゼル髭を生やした三首領の一人アンカが宥める。


「私たちは、所詮ならず者集まりです。指示が徹底してないのはしょうがないでしょう」

「しかしよお、どうすんだよ。あの剣姫がバックにいるって話だぞ」


 バッカニアの海賊は、四海と呼ばれる四人の首領によってまとめられていたのだ。

 それが三首領になっているのは、アカハナ海賊団が剣姫によって壊滅させられているからだ。


 アカハナは、四海のうちでも最弱……とはいえ、海賊団二千五百名を乗せた十数隻のドラゴンシップの船団が、補給船を一隻を残して全滅という報告に、バッカニア海賊の首脳部は震え上がった。

 逃げ延びた海賊たちから、剣姫の圧倒的なまでの蹂躙を聞き、おそらくその一隻は、海賊たちへの戒めとしてわざと逃されたのだろうとも推測された。


 だから、ケイン王国の商船は襲うなと触れを出していたのに、やってしまった海賊が出てしまった。

 三首領のトップである老獪な海賊バルバスが、瞑目したまましわがれた声で言う。


「ケジメつけさせるしかないな」


 バルバスの言葉に、「だな」「しかたありませんね」とバレルとアンカもうなずく。

 キョロキョロと不安げに辺りを見回していた若い海賊は、逃げようとしたが捕縛されてしまった。


「首領がた、何をなさるんで!」

「決まってるだろ。不始末を起こしたお前らをケイン王国に差し出して、詫びを入れるしかない」


「そんな!」

「悪く思うなよ。お前らの不始末に、このバッカニア海賊のすべてが巻き込まれるわけには……」


 その時、激しい揺れが起こった。

 外から叫びと、何かが粉々に砕け散る音が響く。


 バンッ! と、扉を開いて配下の海賊たちが転がり込んできた。


「た、大変でさぁ!」

「どうした、騒々しい」


「ケイン王国の海軍が、やってきちまった!」


 バッカニア島の近くは岩礁だらけの上に、幾重にも海流が入り組んで容易には近づけない海賊の隠れ家だ。

 これまでどんな海軍を敵に回しても、バレることのなかった絶海の孤島なのだ。


 あのアルビオン海洋王国の無敵艦隊ですら退けた海の要塞。

 バッカニア島は、海になれた近隣の漁師ですら近付こうともしない危険な海域にある。


 ましてや、海軍の船団などがやってこれるわけもない。

 アカハナ海賊団が裏切って島の情報を漏らしたにしても、さっき不始末を聞かされたばかりだ……。


「早すぎる」


 しかし、こうしてバルバスたちが呆然としている間も、バッカニアの港では壊滅的な被害がでている。

 次第に遠くから聞こえる喧騒は大きくなり、島の奥にある三首領のアジトにまで響いてくる。


「首領様がた、ご指示を!」

「こうなったら、腹をくくるしかないな。非戦闘員を奥の島に逃がせ! 時間はワシらが稼ぐ!」


 三首領は手に武器を持って、飛び出して行く。

 のちに、バッカニア島の悪夢と呼ばれる惨劇が幕を開けた。


     ※※※


 元アカハナ海賊団であった十数隻の船団。

 現ケイン海軍の襲撃を受けたバッカニアの港は、またたくまに制圧された。


 ケイン王国の海軍といっても、アナ姫をここまで運ぶのだけが役割で、ワラワラと港からでてきた海賊団と戦ってるのは、ほとんどアナ姫一人である。

 ここまで海軍を引き連れてきたのは、きちんと軍事行動ができるかという演習目的も兼ねている。


 あとはせいぜい相手を威圧して早く占領できればと言ったところか。

 マヤは、ちゃっかりとケイン王国の海軍の船長に収まってしまった、元アカハナ海賊団の副長デコスケに声を掛ける。


「しかし、よくもまあ昔の仲間をすぐに売れるもんやなデコスケ」


 デコスケたちの転身の早さには、本当に呆れるしかない。


「お褒めの言葉と、受け取っておきやしょう。このデコスケは、もはや海賊にあらず。寛大なるケイン王の御為にならなんだって売る覚悟でさぁ」


 マヤに嫌味を言われても、平気で揉み手をしながら答える。

 露骨なおべっかを聞いてるかぎり、あんまり信用に足らない男だが、こう見えて航海士としての腕は高い。


 これだけの規模の艦隊を率いて、荒れ狂う濁流の中で狭い岩礁の間をすり抜けるようにして港まで通して見せた操舵には、目を見張るものがあった。

 見た目は貧相だが、口先だけの人間ではなかったということだ。


「ま、一生懸命働くならかまわんで。ケイン王国の海軍は実力主義や。使えるようなら、使うまでや」

「ヘヘッ、それはもう俺らは宰相閣下の御意のまま、なんでもやりますぜ」


 靴でも舐めんばかりに、頭をペコペコ下げるデコスケにマヤは苦笑して、傍らにいるセフィリアにも声をかける。


「今日は、セフィリアも参加なんやな」


 マヤがのんきに尋ねると、セフィリアはこくんと頷き、「アナが、無茶するから……」と小声で呟いた。

 なんか、最近のセフィリアは忙しいらしい。


「まあ、来てくれてありがたいわ」


 アナ姫を心配してではない。

 むしろセフィリアは、アナ姫にやられる側を治療するためにやってきているのだ。


「ぎゃぁああ!」

「ぐぁああああ!」


 おっと、港では早くも、ならず者の海賊たちの絶叫が響いていた。

 大の男が涙を流して、地べたでのたうち回っている。


 それもそのはずである。

 武器を持った腕の骨を、粉々に打ち砕かれているのだからたまらない。


 マヤが海賊は取り込んでケイン王国の海軍として使うと何度も説得したので、殺してはいない。

 殺してはいないが……。


「ふう、こんなところかしら」

「アナ姫、これは……」


「何よ、言われた通り殺してはないわよ」


 殺してはいないが、神速で動くアナ姫に硬い金属の塊を打ち込まれるのだ。

 これ、死ぬよりも無残なことになってないだろうか。


「セフィリア、なんとかなるか?」

「やってみる……主神オーディアよ、傷を癒やし給え!」


 賛美歌のように天に響く美しい祈り。

 純真の聖女セフィリア・クレメンスの全方位回復呪文オールライトヒーリングは、港に転がる数百人の海賊たちの傷を瞬く間に癒やした。


「ああ……」

「聖女様……」


 セフィリアが名乗ってもいないのに、聖女とわかったようだ。

 アナ姫に酷い激痛を味わわされたあと、聖女の奇跡に傷を癒やされた海賊たちは、従順になりうずくまったまま祈り始めた。


 何だ、このマッチポンプ。


「よし、悪者は順調に改心してるみたいね。この調子でやっていくわよ!」

「ええんかなあ、これ……」


 最初に手を出したのは海賊といえ、いきなり島に襲撃はいささか過剰防衛すぎないだろうか。

 あまりにも一方的な戦況にマヤも少し気が引ける。


 マヤとしては、ケイン王国の商売がたきであるアルビオン海洋王国の交易を妨害しているバッカニア海賊は、もう少し放置しておいてもいいと思っていた。

 だが、これを期にケイン王国の海軍を増強して、海賊の宝も手に入れてケインに褒めてもらうのだと張り切っているアナ姫は止まらない。


 ずんずんと島の奥に進んでいく。


「い、いやだぁ!」

「こんなの勝てるわけねぇ!」


 圧倒的なアナ姫の強さを目の当たりにした海賊たちは、もはや抵抗を諦めて逃げていく。

 海賊島といっても、小さな島である。


 そこに数千の海賊たちがたむろしているのだから、突然攻められたら逃げ切れるわけもない。


「ぎょ、ぎょえぇぇ!」

「こ、殺さないでぇ!」


 逃げ遅れた海賊たちは、アナ姫が何もしてないのにその場に転がって泡を吹いて気絶したり、腰を抜かして転げ回って絶叫する始末。


「なによ。だらしないわね。こんな海賊、味方にして役に立つのかしら」


 あまりのあっけなさに、拍子抜けするアナ姫。

 そこに、少しは骨のありそうな海賊がでてきた。


 逃げ惑っていた海賊たちから、「ボスが来た、助かった!」と歓声が上がる。


「そこまでだぁ!」

「ここから先は通しませんよ!」


 樽のような太ったら身体に、巨大な鉄のハンマーを振りかぶった海賊の首領バレル。

 痩せぎすの長身で、なぜか海賊の首領なのにオシャレな軍服を身に着けて、カイゼル髭を指でピンと弾いてサーベルを抜いたアンカが、アナ姫に襲いかかった。


「ふん」


 アナ姫が剣を振るうと、叫ぶ間もなくバレルとアンカは横薙ぎに弾き飛ばされて、どこかに消えてしまった。


「生きとるやろか、あれ」


 冷や汗をかくマヤ。

 二人が弾け飛んだ先を考えると、おそらく海に落ちたから大丈夫だろうか。


「アナ姫ェ……さっきのはちょっと使えそうな人材やったやん。ちょっとは手加減とか」

「ちゃんと加減してるわよ」


 ほんとかよと思いつつ、「ちょっと様子みて来てや」とセフィリアに頼むマヤ。


「ふふふふ……」


 アナ姫が急に笑いだしたので、マヤはびっくりする。


「ど、どうしたんや」

「あれを見なさい。どうやら海賊どもは宝を持って逃げようとしてるみたいよ。逃さないわ」


 アナ姫がビシッと指差す先には、島の裏側の港から大きな船が出向していこうとするのが見えた。

 船に向かって走っていったアナ姫を、マヤも追いかけていくが……。


 アナ姫は、船の前で刀身が白く輝く舶刀カトラスを構えた老海賊と対峙している。


「少しは骨がありそうなのが出てきたわね」

「ワシは、バッカニア海賊の頭目バルバスだ。神速の剣姫アナストレア殿下とお見受けする」


「だったらなに?」

「あの船が出るまで、待ってはもらえんか」


「そう言われて逃がすわけないじゃない。どうせ海賊の宝がたっぷり積んであるんでしょう」

「ワシらの宝か。フッ、そう言われればそうかもしれん」


 しわがれた低い声で苦笑するバルバス。


「ごまかされないわよ」


 神剣の柄をギッと握りしめるアナ姫。

 そこで、追いついたマヤが叫ぶ。


「バルバス! 降伏してケイン王国に従うなら悪いようにはせえへんで」


 何も無駄に傷つけることもないとマヤは気を利かせたのだが、バルバスは叫び返す。


「悪いようにはしないか。だが、頭目が戦いもせず白旗を上げては、部下が納得しまい。アナストレア殿下、剣士として一騎打ちを求める!」

「来なさい!」


 アナ姫に向かって、裂帛の気合をあげて飛び掛かるバルバス。

 老人とは思えぬ、俊敏な動きだった。


 マヤの目には、流れるように鮮やかなバルバスの白刃が、アナ姫の左脇腹を斬り裂いたように見えた。

 だが、キンッと音を立てて、宙を舞ったのはバルバスの得物の舶刀カトラスであった。


 崩れ落ちるバルバスを、ようやく追いかけてきたセフィリアが介抱する。

 バルバスが剣を振るうより速く、アナ姫は目にも留まらぬ神速で神剣を振るっていたのだ。


「見事……」

「海賊なんかやらせてるには惜しい腕前ね。剣士としてなんて言うから、咄嗟にほんの少しだけ本気を出してしまったわ」


「あの神速の剣姫に、本気を出したと言われれば本望だな……」


 ぐったりと倒れてる海賊の頭目バルバスと、マヤの目が合う。

 これで海賊の面目も立ったから、降伏すると老海賊は目で語っている。


 バッカニア海賊は、思ったよりもずっと合理的であった。

 こうなった以上、降伏以外の選択肢もないわけだが、かつて皆殺しの勢いでアナ姫に退治された山賊よりはよっぽどマシな結末になって、マヤはホッとする。


「それじゃ、あの船も出す必要はないわけやな」


 マヤがそう言うと、「あっ、そうだ宝をもらわなくちゃ」とアナ姫が船を覗きにいって「ああっ!」と叫び声を上げる。


 大きな船に乗っていたのは、海賊の宝ではなくやせ細った女子供であった。

 マヤたちも追いかけていって、こんなオチかと苦笑する。


「奴隷とか人質ってわけやないようやな」

「そりゃ、ワシら海賊にも家族ぐらいはいる……」


 アナ姫はプンプンに怒っている。


「何よこれ、家族を逃がそうとしてたって、私が悪者みたいじゃない!」


 むしろ、自覚なかったんかいとマヤのほうがびっくりだ。


「まあ本拠地をいきなり襲われたら、海賊かてびっくりしてそうなるやろ」

「本当に、宝を隠したりはしてないの?」


 アナ姫はそう言って探し回っていたが、宝などどこにもなかった。

 マヤは驚きもしない、どうせこんなことだろうと予想はついていたのだ。


「それもそのはずやろ。この島じゃ、食うだけで精一杯やろうからな」


 バッカニア島を中心に、いくつかの群島に一万もの人間が住んでるのだ。

 天然の良港と水には恵まれているものの、耕作地は少ない。


 もちろん漁業でも、島の全員は食えない。

 昔は島の木材を切り出して交易していたそうだが、それでも食うに困って海賊になってしまった、哀れな貧民の成れの果てがバッカニア海賊であった。


「さてと、この現状を聞いたら、ケインのおっさんはどうするやろな」


 今回はアナ姫の勇み足で、バッカニア島の民をケイン王国に吸収したわけだが、王たるケインはこれをどうさばくだろうか。

 宰相たるマヤにも腹案はあるが、さて……。


 ケインがどう判断するか、どこか楽しみなマヤであった。

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