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第169話「アルテナ復活、その後」

 これが、取るに足らないDランク冒険者であったケインの数奇なる冒険譚の終わりである。

 そうして、善神アルテナが現世へと復活した新たな物語の始まりでもあった。


 これよりのち神速の剣姫アナストレアは、主神オーディアの神力を持つ神姫アナストレアとも呼ばれるようになり、さらに怖れられるようにもなった。

 そうして……。


「アルテナ!」

「ケイン!」


 二十年の時を経て、善者ケインと善神アルテナはようやくめぐりあい。

 そのまま離れることなく、いつまでも仲睦まじく幸せに暮らしたということであった。


「……というわけや、めでたしめでたし」


 マヤが朗読した善神アルテナの復活劇を描いた絵本に、アナ姫は怒りを顕にして、ビリッと破り捨ててしまった。


「なにが、めでたしめでたしなのよ! いつまでも仲睦まじく暮らしたって、まだ結果なんてわからないじゃない!」

「そこは、物語のお約束なんやからしゃーないやろ。その本はそこらで買ってきたもんで、うちが考えたわけやないしなあ。しかし、神姫アナストレアなんて呼ばれたら、さらに婿の来てがなくなるんちゃうかな」


「怖れられるってなんで決めつけてんのよ。この本書いたやつ、私に悪意があるでしょ!」

「まあええやんか。アナ姫に貰い手がなかったら、うちがもらったるさかいに」


 プンプン怒ってるアナ姫に、この絵本の原作者は自分だということは、知らせないほうがいいなとほくそ笑む。

 この前から、マヤは絶好調だった。


 久しぶりにケインのおっさん絡みの案件でなく、アナ姫とセフィリアと三人でSランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』としての活動を終えて、やっぱり自分たちはこれだなと思ったのだ。

 考えてみればケインがいてくれたおかげで、見た目だけは美少女のアナ姫や、見た目も中身も美少女のセフィリアに悪い虫もつかなかったわけだ。


 そのケインも、幼馴染のアルテナと幸せになったわけだし、片付くところに片付いたと言える。

 ケインさんが冒険をしばらく休むというので、今回は使い魔のテトラまで一緒に連れての冒険だった。


 聖獣人のテトラも可愛い美少女なので、正式にメンバーに加えても良いとマヤは思っている。

 こうして美少女に囲まれて冒険ができれば、マヤは幸せだった。


「うちはやっぱこれや。ほんとに、めでたしめでたしや」

「魔女マヤ!」


 白と黒の縞々模様の長い尻尾を不機嫌そうに左右に振っているテトラが、声をかけてくる。


「なんやテトラ」

「アナストレアではないが、我もちょっとその話は釈然としないのだ」


「なんでや、テトラはケインさんの使い魔やろ。使い魔やったら、ご主人様の幸せを一番に考えんとあかんのちゃうか?」

「うう、それはそうなのだが……」


「ほら、アナ姫もいつまでもブスッとしとらんと、可愛い顔が台無しやで。久しぶりにケインさんと会うんやん。スマイルスマイル」

「うー!」


「言ってる間に、もう家につくで。ケインさーん、おじゃまするで!」


 狂犬のように唸っているアナ姫をあやすと、マヤ率いるSランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』は、ケインの家の門をくぐる。

 もはや何度も来ている、勝手知ったる他人の家だ。


 スルッと居間に入ると、ケインとアルテナのカップルがいた。

 その後ろには、なぜかメイド服姿のエレナが控えている。


「やあ、いらっしゃい」


 ケインが挨拶するが、アナ姫が素っ頓狂な声を上げる。


「何なのその格好!?」


 アナ姫が驚いたのもそのはず、アルテナが純白のウエディングドレスを身に着けていた。

 ケインまで、ビシッとしたタキシード姿で、まるで今から結婚式を挙げに行くような雰囲気だ。


「あ、これは違うんだよ。シルヴィアさんが新しいドレスができたから着てみないかって」


 洋服の仕立直しは、教会の孤児たちがやってる内職の一つだ。

 教会で結婚式を上げる人に貸し出すのに、新しいデザインのウエディングドレスができたので、着てみないかとシスターシルヴィアが持ってきたというのだ。


「結婚するわけじゃないのね!」

「まさか、結婚なんてまだ気が早いよ」


 気が早いってことは、いずれするのだろうか。

 少し恥ずかしそうな顔をしているケイン。


 華やかなウエディングドレスに身を包んだアルテナも、なんだかそわそわとしている。


「お客さんが来てるのに、恥ずかしいところを見せてしまったわね。お母さんが着てみろっていうからつい着ちゃったけど、もう脱いでこようかしら」

「いや、アルテナはもう少し着ているといいよ。よく似合ってるからね」


「そ、そうかしら。ケインもカッコいいわよ」

「ありがとう」


 何だこの甘ったるい空気は、マヤもなんだか居づらい気分にさせられる。


「あの冴えないおっさんさんでも、恋人ができるとこうなるわけか。ふーん、人も変わるもんやねえ」


 最愛の幼馴染と一緒に暮らすようになったら、あの朴念仁のおっさんでもこんなにデレデレしてしまうものか。

 特にケインのことをどうとも思ってないマヤですら微妙な気分にさせられる、この光景はちょっと目に毒だ。


「そうだケイン、せっかくだからちょっとだけ腕を組んで歩いてみない」

「そうか。練習も必要かな」


 何の練習だ。

 しっかしまあ、イチャイチャみせつけてくれる。


 テトラが、なんでマヤたちの冒険についてきたのか、理由が何となくわかった気がする。

 幸せそうなのは結構なことだが、ケインとアルテナがイチャイチャしてるのを傍目でずっと眺めてるのはちょっときついものがある。


 そんなことをマヤが考えていると、さり気なく退出したエレナを追って、アナ姫もプイと出ていってしまった。


     ※※※


「ちょっとエレナ、待ちなさいよ!」

「なんでしょうか、殿下」


 深い笑みを浮かべたままで居間を出ていったエレナを、アナ姫は追いかけてきた。


「あんなの見せつけられて、あんたは平気なの?」

「フフッ、あんなドレスでよければ、たくさんあります」


「どういうことよ」

「ふぅ、そうですね。アナストレア殿下にはお話しましょうか。こちらにどうぞ」


 エレナに誘われて、アナ姫はそのまま隣に隣接する教会の孤児院へとやってくる。


「ええ、なんなのこれ!」


 そこには、ハイエルフの姉妹がいた。

 シスターシルヴィアと、なぜかアルテナ復活のあと、そのまましばらく教会に住み着いちゃっているローリエ。


 その二人も、華やかなウエディングドレスに身を包んでいたのだ。


「あら、いらっしゃい」

「アナストレアさんたちに会うのも久しぶりですねー」


 ハイエルフの姉妹に、アナ姫は尋ねる。


「これは一体、どういうことなの?」

「どういうこととは、どういうことですかー?」


 のんきなローリエが間延びした声で、質問に質問で返す。

 あたりには、様々なウエディングドレスがたくさん並んでいる。


「だってその、ドレスがこんなにたくさん……」

「教会に貸出用のウエディングドレスがあるのは、当たり前だと思うんですが」


 言われてみればそのとおりだが、アルテナのウエディングドレスに嫉妬していたアナ姫は、なんだか肩の力が抜けた。


「あーそうだ、エレナさんの分もできましたよー」

「ありがとうございます。フフッ、ウエディングドレスは女の夢ですよね。私もちょっと着替えてきます」


「ちょっと待ちなさいよエレナ。これは、一体どういうことなのよ」


 アナ姫は、エレナに聞く。


「どういうことって、私たちもウエディングドレスを着て、ケインさんに褒めてもらうかなと思っただけですが」

「えー、その、もしかしてエレナってケインのこと諦めてないの?」


 そう言われて、エレナは不思議そうな顔でキョトンとする。


「なんで諦めなきゃいけないんですか?」

「えー! だって、その……ケインにはもうアルテナって恋人がいるし。あの時エレナも、もういいって言ったじゃない!」


「なんだ、殿下はあんな話を真に受けてたんですか。所詮は小娘ですね」

「はぁ、あんたどういう意味よ!?」


 フフンと華やかなウエディングドレスを自分の身体に合わせながら、エレナは笑う。


「フッフッフ、あの時の私、すごく健気でポイント高かったですよね」

「あんたの言ってることが、わけわかんないんだけど!」


「私は、もうあれで愛の告白は済ませたようなもんですから、ケインさんだって、あんな風に言われたらきっとすごく私を意識してるはずです」

「でも、アルテナが!」


「だから、アルテナさんが蘇ったからなんだっていうんですか」

「どういうことよ!」


「ケインさん王様なんでしょ。だったら、別に妻が一人じゃなくてもいいじゃないですか」


 アルテナがいるからって、なんで諦めなきゃならないのかとエレナは言うのだ。


「ええー! そんなのずっこいじゃない!」

「なんとでも言ってくださいよ。私はノワちゃんのお母さんとして、もうあの家に入り込んでますし、アルテナさんの復活にも手を貸したんですから邪険にはできませんよねぇ」


 そう言ってエレナは艶然と微笑んでみせる。


「二十年待ち続けた恋人同士を邪魔するとか、そんなのってありなの!?」

「そう思われるなら殿下は潔く諦めたらいいじゃないですか。競争相手は、一人でも少ないほうが私はありがたいですよ」


 エレナは、まるで挑発するように微笑みかける。

 アナ姫がなにか言う前に、エレナがひらひらさせるウエディングドレスに飛びついたのはテトラだった。


「これは、あの女が着ていた服だな。これを着れば、あるじは褒めてくれるのか!」

「そうですね、きっとケインさんは褒めてくれると思いますよ。この際だから、テトラさんも着てみますか」


「もちろんだ、我は着るぞ。一番いいやつをくれなのだ!」


 意気揚々とウエディングドレスに飛びついたテトラを見て、アナ姫も慌てて言う。


「わ、私だって、こんなことぐらいで諦めるわけないでしょ!」

「へぇ」


「そうだわ。ケインは王様なんだから、妻が一人でなくったって良いわけよね! うん、そうと決まれば、ポジション的には私が正妃よね」

「ええ、何をおっしゃっておられるんですか。アルテナさんは、あれでも女神ですよ?」


 いくらアナストレアが王族でも、女神を押しのけて正妻とか無理にもほどがある。


「女神が何よ、私なんて神姫って呼ばれてるのよ。やるって決めたからには、この私が負ける訳にはいかないでしょ!」


 アナ姫は、張り合うようにない胸をえっへんと張ってみせる。

 そこに追いかけてここまでやってきたマヤは、すっかり盛り上がってるアナ姫たちを見て、あちゃーと頭を抱えた。


「なんや、ようやくアナ姫が諦めたと思っとったのに!」


 すっかり元の調子に戻ったアナ姫は、「そうと決まれば、私のウエディングドレスも仕立てなさいよ!」なんて騒ぎ立てている。

 聖女セフィリアは、無言でスタスタとシスターシルヴィアのところに歩いて行き、「私のドレスも、ありますか」と尋ねる。


「えっ、でも猊下は、聖女としてケインに仕えるっておっしゃってましたよね。ウエディングドレスは、必要ないのでは……」


 そう言いかけるシスターシルヴィアを、セフィリアは光を失った深い海のような碧い瞳でジッと見つめて「ありますか?」ともう一度尋ねた。


「す、すぐ猊下のサイズに合わせて、お仕立て直しをいたします!」


 なんか最近のセフィリアは、どんどん怖くなっている。

 とてもマヤが止められる雰囲気ではない。


 やれやれとマヤはため息ををつくと、そこらの椅子に座り込んだ。

 せっかく二人ともケインを諦めたと思ってたのに、また元の木阿弥だ。


「せっかくだから、マヤもウエディングドレス仕立ててもらいなさいよ」

「大きなお世話や!」


 当分、そんな物のお世話になるつもりはないと、マヤは悪態つく。


「やれやれ、失恋したアナ姫とセフィリアを慰めて、うちのもんにしようと思ったのに失敗やった。まったくもう、みんなしてケイン、ケインって、うちにちょっとぐらい分けてくれたってええやろに!」


 ぼやいているマヤの前で、ドレスの仕立て直しを手伝っていた孤児院の女の子たちがキャッキャと騒いでいる。


「お姉ちゃん、私にも貸してよー!」

「ダメ! ケインは私と結婚するんだから、これは私のー!」


 ドレスの裾を押さえて、他の子に取られまいと逃げ回っているのは猫耳のミーヤだ。

 どうやらウエディングドレスは子供用もあるらしい。


 その隣でちゃっかりノワまで、美しい髪と同じ色の漆黒のウエディングドレスに着替えて、マヤに指でVサインして見せるので、ぼやいてたマヤも思わず吹き出してしまう。

 ウエディングドレスは、女の戦闘服だ。


 考えてみたら、これは面白い。

 アルテナと念願の結婚式をあげようとしたら、ウエディングドレスに身を包んだ少女たちに我も我もと囲まれて、あの朴念仁がどうするつもりなのか見ものだ。


「アナ姫、気が変わったわ。うちにも、適当なドレス見繕ってくれんか」

「誘ったのは私だけど、ほんとにマヤも着るの?」


「ま、ええやんか。ちょっとした余興や」


 自分までウエディングドレスを着て迫って見せたら、ケインはなんと言うだろうか。

 そう考えたら、なんだか楽しくなってきた。


「アルテナにデレデレしてるケインのおっさんは、なんかちょっとイラッとしたし、これぐらいはやってもバチは当たらんやろ」


 どうせケインとの縁はまだまだ続きそうだし、これはこれで楽しまなければ損だ。

 こうなったら特等席で楽しませてもらうことにしよう。


 そう決めたマヤは、自分もウエディングドレスを身につけながら、麗しい美姫たちの晴れ姿を、ニヤニヤと笑いながら眺めるのであった。

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