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第25話 夜の帳と開かずの扉

「……本当に、やるんだよね? 夜の学校に忍び込むなんて……」


 完全に日が落ち、月明かりだけが辺りを照らす時間。僕たちよろず相談部のメンバーは、旧校舎の昇降口の前に、息を潜めて集まっていた。


 目的はただ一つ、『開かずの音楽室のピアノ』の謎を突き止めること。


「当たり前でしょう、お兄様にいさま。一度やると決めたからには、最後までやり遂げるのが当然ですわ」


 西園寺さいおんじさんは、強気な口調とは裏腹に、少しだけ顔がこわばっているように見える。夜の学校という、普段とは違う雰囲気に緊張しているのかもしれない。


「ま、まあ、見つかったら大目玉だけどね……。でも、やるしかないっしょ!」


 つむぎが、自分にも言い聞かせるように、明るく言う。その手には、しっかりと懐中電灯が握られている。


「悠人くん、怖いよぉ……。でも、悠人くんと一緒なら……!」


 甘粕あまかすさんは、僕の腕にぎゅっとしがみついて離れない。その体は小刻みに震えている。本当に怖いのか、それとも……。


「だ、大丈夫……です……。きっと、幽霊とかじゃ、ない……はず……」


 小鳥遊たかなしさんも、不安そうに呟く。でも、その瞳の奥には、ピアノへの強い好奇心が宿っているのが分かった。


 用務員さんからこっそり借りた(「絶対に見つかるんじゃないぞ」と念を押された)合鍵で昇降口のドアを開け、僕たちは音を立てないように旧校舎の中へと足を踏み入れた。

 昼間とはまるで違う、夜の旧校舎。窓から差し込む月明かりが、廊下に不気味な影を作り出し、どこからか吹いてくる隙間風の音が、まるで誰かの囁き声のように聞こえる。


「ひっ……!」


 甘粕さんが、小さな悲鳴を上げて僕にさらに強く抱きついてくる。


「な、なんですの!? 今の音は!」


 西園寺さんも、びくりと肩を震わせた。


「だ、大丈夫だって。ただの風の音だよ」


 内心ドキドキしていた。だが、平静を装って皆を落ち着かせた。部長として、しっかりしないと。

 懐中電灯の明かりを頼りに、僕たちは目的の音楽室がある二階へと向かう。きしむ階段、暗い廊下……。普段は何とも思わない場所が、今はまるでホラー映画のセットのようだ。


 そして、ついに僕たちは『開かずの音楽室』のドアの前にたどり着いた。ドアには『立入禁止』のテープが貼られ、鍵穴には埃が詰まっている。噂通り、長い間使われていないようだ。


「鍵、閉まってるね……。どうする?」

「窓から、とか……?」


 紬が小声で提案するが、窓は固く閉ざされているように見える。

 僕がドアノブに手をかけ、試しに回してみると……。


キィ……。


 意外にも、ドアはあっさりと開いた。鍵がかかっていなかったのか、それとも、壊れているのか……。


「開いた……」


 僕たちは顔を見合わせる。これは、幸運なのか、それとも……。

 意を決して、ドアをゆっくりと開ける。中は真っ暗で、埃っぽい匂いが鼻をついた。懐中電灯で照らすと、壁際には古い楽器のケースが積み重ねられ、中央には白い布がかけられたグランドピアノが、まるで主のように鎮座していた。


「ここが……」


 息を呑む音が聞こえる。僕たちは、音を立てないように、慎重に音楽室の中へと入った。


「それで? ピアノの音はいつ聞こえるのですの?」

「噂だと、夜中の……特定の時間だって話もあるけど……」


 確かな情報は掴めていない。まずは、ここで待機してみるしかないだろうか。

 僕たちが、今後の動きを相談しようとした、その時だった。


――ポロ……ン……。


 静寂を破って、ピアノの音が、確かに聞こえた。

 単音で、か細く、だけど澄んだ音色。それは、部屋の中央に置かれたグランドピアノから響いてきているようだった。


「……!」


 僕たちは、凍りついたように動きを止める。誰もいないはずの音楽室で、今、確かにピアノの音が……!


「ひゃあああっ!」


 甘粕さんが、ついに耐え切れなくなったように悲鳴を上げる。


「し、静かに!」


 紬が慌てて彼女の口を塞ぐ。

 ピアノの音は止まらない。今度は、単音ではなく、途切れ途切れの、だけどどこか悲しげなメロディーを奏で始めた。それは、まるで誰かが、思い出すように、確かめるように、鍵盤を叩いているかのようだった。


 怖い。でも、確かめなければ。この音の正体を。


 僕は、意を決して、懐中電灯の光を、音のする方――グランドピアノへと向けた。

 白い布がかけられたピアノ。その前に……。


――誰か、いる……?


 月明かりと懐中電灯の光の中に、ピアノの前に座る、小さな人影のようなものが見えた気がした。長い髪……? 白い服……?


 心臓が、早鐘のように鳴り響く。ゴクリと唾を飲み込み、僕たちは、息を殺して、その影へと、一歩、また一歩と近づいていった……。


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