そう決めると、俺は卵とウィンナーを焼き始めた。
焼いている最中、ふと昨日のことを思い出す。
聖修は「昼間は忙しい」と言っていたはずだ。
なのに、今日はもう隣から物音がしている。ということは、今は部屋にいるのだろう。
もしかしたら今日はオフで、昨日の夜のうちに引っ越してきたのかもしれない。
「だからかぁ……」
心の中で一人納得する俺。
一人暮らしをしていると、独り言なんてしょっちゅうだ。
話す相手がいないのだから、それは仕方のないことだし、むしろ当たり前といってもいい。
友達がいないわけじゃないけど、みんな忙しい年頃でもある。
社会人になってからは、休日に友達と渋谷に出かけるようなこともなくなったし、ゲーセンで格ゲーや音ゲーに熱中する歳でもなくなってきた。
早いやつはもう結婚しているし、最近は連絡すら来ない。
きっとこの世代って、彼女ができたり、家族ができたりして、プライベートがどんどん忙しくなっていく時期なんだろう。むしろ、それが「普通」ってやつだ。
逆に俺みたいに、彼女も作らず、いつまでもアイドルを追いかけているようなやつは、もう珍しいのかもしれない。
そんなことを考えていたら、ウィンナーがちょうど焼き上がった。
香ばしい匂いが漂い、自然と食欲が湧いてくる。
それを皿に盛り付け、テーブルへと運ぶ。
これで立派な朝食……あ、いや、もう「朝食」って時間じゃないな。
だって、すでに時刻は十一時を回ってるし。
ウィンナーを口に運ぼうとしたその瞬間、玄関の方からチャイムの音が響いた。
……へ? なんでこの時間に……!?
しかも、俺のお腹はグーグー鳴ってるし、今まさにウィンナーを口に入れようとしてたところなのに!?
平日の昼間に!? という驚きと戸惑いが交錯する。
近所のおばさんだったら? 宅配業者だったら?
きっとこの状況ならイライラして、訪問者に対してちょっと恨みたくなるくらいだ。
仕方なくドアフォンに出る。
ホント、今の時代って便利だ。わざわざ玄関まで行かなくても、キッチンにあるモニターで相手の顔が見られるんだから。
ちなみに俺の実家では、いまだにチャイムが鳴ったら玄関に直接行くシステム。
というか、田舎だから隣近所の人はほとんど顔見知りだし、玄関の引き戸なんて、たいてい鍵がかかってない。
訪問者も勝手に戸を開けて「こんにちは〜」なんて声をかけてくるのが普通だ。
さて、ドアフォンに映った相手を見た瞬間、俺の心臓がバクンと跳ね上がった。
「せ、聖修さん……!?」
本来なら相手から声をかけてくるところだろうけど、驚きすぎて、先にこっちが声を出してしまった。
しかも、無意識のうちに声が裏返ってるし、さっきまでのイライラなんてどこかに吹き飛んでいた。
だって、そこにいたのは――俺が憧れてやまないアイドル、聖修なのだから。
「すいません……奥井です……」
その一言で、ふっと記憶がよみがえる。
そうだ、聖修の苗字は「奥井」だった。
昨日は半分酔っ払ってたから、正直あまり覚えてなかったけど、思い出してみれば確かにそう名乗っていた。
というか、昨日は尿意のほうが優先で、ちゃんと聞いてなかったのかもしれない。
でも、今こうして記憶の奥底から引っ張り出せたのだから、ちゃんと覚えていたってことだ。