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第11話

 そう決めると、俺は卵とウィンナーを焼き始めた。


 焼いている最中、ふと昨日のことを思い出す。


 聖修は「昼間は忙しい」と言っていたはずだ。

 なのに、今日はもう隣から物音がしている。ということは、今は部屋にいるのだろう。


 もしかしたら今日はオフで、昨日の夜のうちに引っ越してきたのかもしれない。


「だからかぁ……」


 心の中で一人納得する俺。


 一人暮らしをしていると、独り言なんてしょっちゅうだ。

 話す相手がいないのだから、それは仕方のないことだし、むしろ当たり前といってもいい。


 友達がいないわけじゃないけど、みんな忙しい年頃でもある。

 社会人になってからは、休日に友達と渋谷に出かけるようなこともなくなったし、ゲーセンで格ゲーや音ゲーに熱中する歳でもなくなってきた。


 早いやつはもう結婚しているし、最近は連絡すら来ない。

 きっとこの世代って、彼女ができたり、家族ができたりして、プライベートがどんどん忙しくなっていく時期なんだろう。むしろ、それが「普通」ってやつだ。

 逆に俺みたいに、彼女も作らず、いつまでもアイドルを追いかけているようなやつは、もう珍しいのかもしれない。


 そんなことを考えていたら、ウィンナーがちょうど焼き上がった。

 香ばしい匂いが漂い、自然と食欲が湧いてくる。


 それを皿に盛り付け、テーブルへと運ぶ。


 これで立派な朝食……あ、いや、もう「朝食」って時間じゃないな。

 だって、すでに時刻は十一時を回ってるし。


 ウィンナーを口に運ぼうとしたその瞬間、玄関の方からチャイムの音が響いた。


 ……へ? なんでこの時間に……!?


 しかも、俺のお腹はグーグー鳴ってるし、今まさにウィンナーを口に入れようとしてたところなのに!?

 平日の昼間に!? という驚きと戸惑いが交錯する。


 近所のおばさんだったら? 宅配業者だったら?

 きっとこの状況ならイライラして、訪問者に対してちょっと恨みたくなるくらいだ。


 仕方なくドアフォンに出る。

 ホント、今の時代って便利だ。わざわざ玄関まで行かなくても、キッチンにあるモニターで相手の顔が見られるんだから。

 ちなみに俺の実家では、いまだにチャイムが鳴ったら玄関に直接行くシステム。

 というか、田舎だから隣近所の人はほとんど顔見知りだし、玄関の引き戸なんて、たいてい鍵がかかってない。

 訪問者も勝手に戸を開けて「こんにちは〜」なんて声をかけてくるのが普通だ。


 さて、ドアフォンに映った相手を見た瞬間、俺の心臓がバクンと跳ね上がった。


「せ、聖修さん……!?」


 本来なら相手から声をかけてくるところだろうけど、驚きすぎて、先にこっちが声を出してしまった。

 しかも、無意識のうちに声が裏返ってるし、さっきまでのイライラなんてどこかに吹き飛んでいた。


 だって、そこにいたのは――俺が憧れてやまないアイドル、聖修なのだから。


「すいません……奥井です……」


 その一言で、ふっと記憶がよみがえる。

 そうだ、聖修の苗字は「奥井」だった。

 昨日は半分酔っ払ってたから、正直あまり覚えてなかったけど、思い出してみれば確かにそう名乗っていた。

 というか、昨日は尿意のほうが優先で、ちゃんと聞いてなかったのかもしれない。

 でも、今こうして記憶の奥底から引っ張り出せたのだから、ちゃんと覚えていたってことだ。

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