今日の俺の心臓は、いくつあっても足りないくらいだ。
こんなに自分の心臓の鼓動が高鳴ったのは、一体いつ以来だろうか。
それに、本当に今は現実なのか?――そう疑ってしまうほどだ。
頭の中がふわふわしていて、まるで夢の中にいるような感覚。
これが「幸せ」ってやつなんだろう。
「もしかして、嘘とか冗談とか夢とかって思ってる?」
「……へっ!?」
目の前で起きていることが、本当に現実だとは思えない。
そう、まるでドッキリか、冗談か、夢の中にいるかのような気分なのだ。
聖修さんは急に立ち上がると、俺が座っている椅子のそばに来て、そっと唇を重ねてきた。
「ん……」
俺の口からは、自然と甘い声が漏れた。
「今はまだ軽くしただけだけど……これで、現実だってこと、わかった?」
「……あ」
……そういうことか。
それで、聖修さんはキスをしてくれたんだ……って、キ、キス!?
聖修さんが、この俺にキスしてきたの!?
でも、不思議と平気だった。
普通、男性にキスされたら気持ち悪いとか思うんじゃないのか?
でも、そうじゃなかった。むしろ――
やっぱり俺は、聖修さんのことが本気で好きなんだ。
自然とそう感じた。
それでも、頭の中はパニック寸前だった。
「キスしたよ。だって、現実だってわかってくれなかったから。キスだけじゃ現実って思えないなら、私はそれ以上のことをしようか?」
「は、はいー!? そ、それ以上のこと!?」
「そう……。今まで恋人を作らなかった神楽さんでも、今の意味はわかるよね?」
「あ、まぁ……」
「どうする? 私とキス以上のこと、してみる? そしたら、現実味が増すかもしれないよ」
……え? えー!?
それって、どういう意味ですか!?
た、確かに知識としては男だからわかってはいる。
でも、俺と聖修さんが……!?
告白されたってだけでも現実味がなかったのに、キス以上のことって……!?
もう、俺の頭は思考停止寸前だ。
本当に現実なのか、夢なのか、わからなくなってくる。
「あのさ……さすがにここじゃ、体が痛くなっちゃうだろうから……ベッドでいいかな?」
……って、聖修さんって、思ってたよりも強引な人かもしれない。
さっきも半ば強引に俺の家に上がってきてたしな。
「あ、うん……ですね……」
でも、俺が聖修さんに返せる言葉は、そこまでだった。
緊張とパニックが同時に押し寄せてきて、もう会話すらままならない。
「じゃあ、ベッドに行こうか?」
そう言われても、俺の足は簡単に動かなかった。
ベッドまで歩いて五歩くらいなのに、今は立ち上がることすらできない。
きっと、自分の家なのに緊張してるからだ。
自分のベッドに行けば、その先には――聖修さんと……。
そんなことを考えるだけで、また緊張が高まっていく。
簡単に言えば、もう「ド」緊張している状態だ。
自分の家でこんなに緊張するとは、想像もしてなかった。
普通、自宅ってもっと落ち着ける場所なはずなのに――。
そうだ。
ここで立ち上がってしまったら、俺は聖修さんと……一線を越えることになる。
確かに俺は、聖修さんのことが好きだ。
でも、こんな展開、誰が想像できただろうか。
確かに休みの日、聖修さんが出ているDVDを見ながら、一人で妄想に耽ったことはある。
でも、それがまさか現実になるなんて、誰が思っただろう。
しかも、隣に引っ越してきただけで……まさか、こんなことにまでなるなんて……。
ふと気づくと、聖修さんがまた俺の目の前にいた。
「まだ、ムードとかって足りない?」
「……へ?」
男相手にムードって、あるのか?
聖修さんは俺の前に立て膝の姿勢になると、俺の目を見上げてきた。
「本当に、私は君のことが好きなんだ。
君がライブに来てくれる度に、君の姿を見る度に、私の胸は高鳴っていた。ライブの高揚感とは違う、君だけへの胸の高鳴り――。知ってる? 胸が高鳴るのは、本当に好きな人に対してだけに起きる現象なんだって。だからこれは、私が君を本気で好きっていう証拠なんだよ」
そう言って、聖修さんは俺の手の甲にもキスをした。
それだけで、今まで恋愛なんてしたことのなかった俺でも、全身が熱くなっていくのがわかった。
体中を駆け巡る血液――
生きているという証拠。
夢じゃない、現実なんだという証。
やっと、現実なんだと少しずつ実感できるようになってきた。
俺がぼうっとしていると、聖修さんはもう我慢できないと言わんばかりに、俺の身体を軽々とお姫様抱っこして、ベッドへと運んでいく。
きっと、女性ならこれはおとぎ話の中のお姫様のようなシーンなんだろう。
でも今の俺は――いや、たぶん今だけは俺もお姫様なんだと思う。
ステージ上の聖修さんと変わらない。
舞台では王子様のようだった彼は、私生活でもそのイメージを壊さない、本物の王子様だった。