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第28話

 今日の俺の心臓は、いくつあっても足りないくらいだ。

こんなに自分の心臓の鼓動が高鳴ったのは、一体いつ以来だろうか。

 それに、本当に今は現実なのか?――そう疑ってしまうほどだ。

 頭の中がふわふわしていて、まるで夢の中にいるような感覚。

 これが「幸せ」ってやつなんだろう。


「もしかして、嘘とか冗談とか夢とかって思ってる?」


「……へっ!?」


 目の前で起きていることが、本当に現実だとは思えない。

 そう、まるでドッキリか、冗談か、夢の中にいるかのような気分なのだ。


 聖修さんは急に立ち上がると、俺が座っている椅子のそばに来て、そっと唇を重ねてきた。


「ん……」


 俺の口からは、自然と甘い声が漏れた。


「今はまだ軽くしただけだけど……これで、現実だってこと、わかった?」


「……あ」


 ……そういうことか。


 それで、聖修さんはキスをしてくれたんだ……って、キ、キス!?

 聖修さんが、この俺にキスしてきたの!?


 でも、不思議と平気だった。

 普通、男性にキスされたら気持ち悪いとか思うんじゃないのか?

 でも、そうじゃなかった。むしろ――


 やっぱり俺は、聖修さんのことが本気で好きなんだ。


 自然とそう感じた。


 それでも、頭の中はパニック寸前だった。


「キスしたよ。だって、現実だってわかってくれなかったから。キスだけじゃ現実って思えないなら、私はそれ以上のことをしようか?」


「は、はいー!? そ、それ以上のこと!?」


「そう……。今まで恋人を作らなかった神楽さんでも、今の意味はわかるよね?」


「あ、まぁ……」


「どうする? 私とキス以上のこと、してみる? そしたら、現実味が増すかもしれないよ」


 ……え? えー!?

 それって、どういう意味ですか!?


 た、確かに知識としては男だからわかってはいる。

 でも、俺と聖修さんが……!?

 告白されたってだけでも現実味がなかったのに、キス以上のことって……!?


 もう、俺の頭は思考停止寸前だ。

 本当に現実なのか、夢なのか、わからなくなってくる。


「あのさ……さすがにここじゃ、体が痛くなっちゃうだろうから……ベッドでいいかな?」


 ……って、聖修さんって、思ってたよりも強引な人かもしれない。


 さっきも半ば強引に俺の家に上がってきてたしな。


「あ、うん……ですね……」


 でも、俺が聖修さんに返せる言葉は、そこまでだった。

緊張とパニックが同時に押し寄せてきて、もう会話すらままならない。


「じゃあ、ベッドに行こうか?」


 そう言われても、俺の足は簡単に動かなかった。


 ベッドまで歩いて五歩くらいなのに、今は立ち上がることすらできない。


 きっと、自分の家なのに緊張してるからだ。


 自分のベッドに行けば、その先には――聖修さんと……。


 そんなことを考えるだけで、また緊張が高まっていく。


 簡単に言えば、もう「ド」緊張している状態だ。


 自分の家でこんなに緊張するとは、想像もしてなかった。


 普通、自宅ってもっと落ち着ける場所なはずなのに――。


 そうだ。


 ここで立ち上がってしまったら、俺は聖修さんと……一線を越えることになる。


 確かに俺は、聖修さんのことが好きだ。


 でも、こんな展開、誰が想像できただろうか。


 確かに休みの日、聖修さんが出ているDVDを見ながら、一人で妄想に耽ったことはある。


 でも、それがまさか現実になるなんて、誰が思っただろう。


 しかも、隣に引っ越してきただけで……まさか、こんなことにまでなるなんて……。


 ふと気づくと、聖修さんがまた俺の目の前にいた。


「まだ、ムードとかって足りない?」


「……へ?」


 男相手にムードって、あるのか?


 聖修さんは俺の前に立て膝の姿勢になると、俺の目を見上げてきた。


「本当に、私は君のことが好きなんだ。

君がライブに来てくれる度に、君の姿を見る度に、私の胸は高鳴っていた。ライブの高揚感とは違う、君だけへの胸の高鳴り――。知ってる? 胸が高鳴るのは、本当に好きな人に対してだけに起きる現象なんだって。だからこれは、私が君を本気で好きっていう証拠なんだよ」


 そう言って、聖修さんは俺の手の甲にもキスをした。


 それだけで、今まで恋愛なんてしたことのなかった俺でも、全身が熱くなっていくのがわかった。


 体中を駆け巡る血液――

 生きているという証拠。

 夢じゃない、現実なんだという証。


 やっと、現実なんだと少しずつ実感できるようになってきた。


 俺がぼうっとしていると、聖修さんはもう我慢できないと言わんばかりに、俺の身体を軽々とお姫様抱っこして、ベッドへと運んでいく。


 きっと、女性ならこれはおとぎ話の中のお姫様のようなシーンなんだろう。


 でも今の俺は――いや、たぶん今だけは俺もお姫様なんだと思う。


 ステージ上の聖修さんと変わらない。


 舞台では王子様のようだった彼は、私生活でもそのイメージを壊さない、本物の王子様だった。

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