2023年11月30日。
ラフィラ札幌跡地にココノススキノが建造されて完成。オープンした。T○H○シネマズが道内初進出、ドル◯ーシネマが道内初導入されたと合って大注目、一躍大人気スポットに成り果てた。
そんな賑わいを迎えた十一月が終わる十一月最後の日。ことは起きた。
翌年の一月に震災が起きる約一ヶ月前。〝すすきの〟の夜街の裏側で一騒動あったことを知っている人は知っているかもしれないが、知らない人は全くなんのことやらと言わんばかりに知らないだろう。知らないのであれば知らないままでいい。ちょっとした諍いが起きていたのだ。もったいぶるような言い方をして悪いるが、それにも「わけ」がある。そのうちにわかる。翌年、第三次すすきの抗争が起こるとは予想もしていなかった秋。未知と遭遇する。
それは、またしてもあの剣聖の一振りから始まった。
その斬撃は空を切り裂き、相手に致命傷を与えた。瀕死の男は言葉を絞り出す。
「妖刀使い……なぜ邪魔をする……!」
「どけ!そこをどけ!お前なんかを斬りたいわけでは無い。敵はすぐそこに、すぐ向こうにいるのだ!なぜそれがわからぬ。ああ、くそっ。人には見えぬ存在というやつのもどかしさ!」
「何をふざけたことを。くそっ。ややこしいのはお前の存在だ。銃で撃たれてたのにどうして生きている。直撃だった。撃つことが、所持していることが法律に反しているのだ。撃てば自らその罪を教えているようなもの。ヘマはしない。撃たなければいけない状況に追い込まれたヘマはしたが、外すような腕じゃない。霞のように消えて避けた、お前は本当に何者なんだ」
「何度も言わせるでない。私の名は桜木坂。妖刀使いだ」
妖刀使いは斬りかかる。ヤクザは銃を構え、もう一発撃った。しかし、弾丸は逸れて明後日の方向へ。妖刀は確実にヤクザを斬った。魂を斬られた男は眠るようにその場に倒れ込んで、崩れた。
「さて……急がなければ」
今回の敵はこの男ではない。思わぬ足止めを食らってしまった。相手は不確かなものであった。いつもそんなものを斬っているのだが、しかし今度はあまりにも常軌を逸していた。妖刀で一度斬れたことから、妖しなる物であることは確かなのだが、しかし何か違う。会敵できたのは幸運だったのだろう。私でも見えずに見逃していたかもしれない。私は初めて勝てないかもしれないと感じた。
※ ※ ※
肌寒い日が続いた。冬を手に入れた季節に日常が支配されてしまったのだと、俺は空を見上げて思った。
ここ三ヶ月弱はこの街も平和で、オーガナイザーの出番はなかった。そのおかげで久瑠美に会いに行く回数が増え、俺はその度に素敵な笑顔を貰っていた。
「よお、妖刀使い。久瑠美は元気に遊んでいたか」
「創さん。ですから、私のことは桜お姉さんと呼んでくださいと言っているのに」
「それは嫌だ」
それは久瑠美の専売特許だろうに。
「あ、創くんだ」
「よお、久瑠美。何をして遊んでいたんだ」
「よーよー」
「ヨーヨー? お前はいつもそれで遊んでいるな。気に入っているのか?」
「うん。これは創くんに初めて買ってもらったモノだから。大切にしているんだ」
俺は両目を手で覆った。それはなかなかに涙腺にくる言葉だ。
「あの、創さん。少しいいでしょうか」
「んあ? なんだ。俺に用事か?」
「ええ、少し。込み入って」
妖刀使いにしては珍しく口籠った。嬉し涙を拭いた俺は話を聞くことにした。
「久瑠美、悪いけど少し待っていてもらえるか。すぐに終わる」
「大丈夫よ。大人の話というやつでしょ。席を外すわ」
理解の早い娘で助かる。後で褒美でもやらないと。
「それで、なんだ。改まって」
「実は最近、この街で昼夜問わず駆け回っている生物がいます」
「生物?」
「はい。それは非存在です。この世の生物、存在ではありません。私の刀で傷を負与えられたので、こっちサイドの存在で間違いありません。また、私ではどうにも勝ち目がないのも間違いありません」
妖刀使いが勝てない? 鬼とか妖怪とかを片っ端から退治して回って無双している妖刀使いが? 負け無し、負け知らず、全戦全勝。この街の噂と供に生きる伝説。彼女が負ける姿というのは、正直想像つかなかった。出会ってからの日はまだ浅いが、少しは理解しているつもりだった。和風ファンタジーな出来事にも、彼女のおかげで驚かなくなった。今ならお化け屋敷とかに入っても微塵も驚かないだろう。余裕だぜ。
「そいつはどんな姿をしているんだ?」
「ミミズという生き物は、この時代にも生きていますか」
「ああ、土を掘り返せば大量に出てくるぞ」
「黒いミミズ。その言葉が最も適しているでしょう。しかし、その動きは明らかに蛇です。それを生物と呼ぶなら、見る限りでは黒いミミズでしかないが分類としては蛇のほうが正しいと思います」
「ミミズ? 蛇に近い、ミミズ。なるほど」
想像はできるが、想定できない。実際に見てみないとなんとも言えないな。それにしても怪異とか、妖怪とかは専門外なんだけど、どうしよう。人間を相手にしている方が圧倒的に簡単そうだ。
「それで? その蛇だかミミズだかわからない、普通の人間には見えない謎の生物を俺に退治してほしいのか?」
「いや、倒すことができるのはこの街ではおそらく私、もしくは同等の能力を持っている者のみ。勝てる見込みはないが、倒すことができるのはこの刀、妖刀しか通用しないかと。逆に言えば、この妖刀があれば奴を仕留めることができるかもしれない。私が創にお願いしたいのは、その退治するために対峙する策略だ。私よりもこの街に詳しく、そして考えることが得意であろう策士にお願いしたい」
まあ、そうだな。考えるだけなら無料だから、幾らでも考えてあげれるけど。俺の知恵でいいなら、誰にでも提供できる。しかし妖怪退治をこの街でやったことなど、当然一度もない。出くわしたことも、もちろんない。そういうのは見えないのだ。それはそこに、いつでもそこにいるのかもしれないが、霊感は無いし宇宙人は信じていないから分かろうとも分かることもない。非存在を無視をしたくてしているわけじゃないが、結果としては俺を含めた人間の九十九パーセントは無視していることになる。遭遇することがないから被害を被ることはないし、呪いを受けたり、追いかけ回されたり、命を狙われたりされることはない。そんな憂慮も杞憂も含めて想像もせずに安心して平和を暮らしている。しかし妖刀使いは違う。彼女はヒトならざるモノが見える。常に見える。そしてその良し悪しを判別できる。だからきっとその蛇だかミミズだか知らないが、そいつは無害な存在ではなく敵だと妖刀使いは認識した。つまり人類の敵だ。幾ばくもしないうちに人間の世界に危険を及ぼす可能性があるのだと、妖刀使いは暗に示して伝えようとしているのか。人間が知っている現象でもって。たとえば火事とか地震とか。雨とか雷とか。無差別殺人者を人工的に生み出して街に放つとか。それは文字通り人の心がない人間として。
兎にも角にも現場を見なければ考えようがない。俺は妖刀使いと夜にまた会う約束をして、その場は久瑠美と帰宅した。