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混沌非存在04

 マンションにやってきた。住所の間違いがないか確認してインターホンを鳴らす。名乗る前に、言葉を発する前にオートロックが開けられた。話が通っている。


 扉を開けて俺を歓迎しないような顔で出迎えたその男は、成哉に紹介された男はなかなかの肥満だった。さも生活習慣が乱れているんだろうなと容易に想像できる男であった。しかし、その見た目とは違い綺麗に片づけられたリビングに感心したが、隣りに設置された電子ロックつきの部屋が本命だった。それは彼の雰囲気から予想した通りだった。


 狭い部屋には何台もパソコンがあって、平成が始まる時に使われていたかもしれないものから、最新の高性能まで揃っていた。如何にもオタクというか、今時のスタイリッシュで「アニメ好きです! 漫画好きです!」などと言いながらジャンプや国民的アニメしか知らないのにオタクを名乗るようなにわかな奴らとは違い、本当のオタクはこうだと知らしめるようなオタクだった。リビングは使っていないから綺麗だったのだ。


 男は座り、椅子を回して振り返って俺を見るなりこう言った。


「あんたが茨戸創だな。雁来成哉からよく話を聞いているよ。悪い噂ばかりな」


「そうか。それは嬉しいな」


 軽口を少し言って、本題に入った。無駄な言葉はそこに必要なかった。


「お前たちが追っているのは、コイツだろ?」


 その複数あるモニターのうちのひとつに映し出されたのはまさしくあの黒ミミズだった。画像は少し粗いが、その姿と特徴をはっきりととらえている。俺は驚いた。どうして、どうやって。あれは人間の世界にはいない。認識できるのは向こう側の存在か、その能力を手にしている者だけだったはずでは。ましてや写真に収めることなど。


「コイツを手に入れるのには苦労したんだぜ? ネットに蔓延る闇市場のひとつに、そういうのに詳しいやつがいてな。そいつは、コンタクトを取れるかどうかすら怪しく、いつその姿の影を見せるかわからない。売人と言うより専門家だ。いくつかの名前で呼ばれているが、俺が接触したその時は「ガート」という名前を使っていた。


 ガートに空メールを送り、彼から数日後に運良く「挨拶のメール」が送られてきたらそれに返信する形で質問に答えてくれる。有料で。質問の内容はこの世にはいない存在のことについてのみ。まあ、そういうの、俺はイチミリも信じちゃいないけどね。雁来成哉から話を聞いた時は、その話の内容が曖昧すぎて正直面倒だったんだが、報酬がいいから頑張ってやったよ。取引を成功させて経済界と少年少女のトップに信用と実績を作りたかったからさ。この街で生きるなら、どうしても避けられない。大人の付き合いをしようってこと。タダのオタクじゃないんだぜ? ああ、そうだ。画像の他に、手に入れた情報もある。聞くか?」


「もちろん。……有料か?」


「いや。金なら面倒見のいいそのリーダー様から前払いで貰っている。何が成功かもわからないのに、うまくいっても相手からは一銭も手に入らないだろうに気前のいいこと。まさかアールピージーゲームみたいに敵を倒したらコインとかが落ちてゲットなんてことはないだろ。それぐらいは俺でも察しがつく。未知の敵を倒して一攫千金なんて話が出れば、それはネット民だけの笑い話には収まらないだろうよ」


「教えてくれ。奴にはどんな特徴がある。弱点はあるのか。どこに住んでいる」


「待て待て、ひとつずつ教えるから。そのまま読むぞ。えーと、住んでいる場所は十一次元の向こう側、人間では予測も認知もできない十二次元の狭間。そこで生まれた存在で、仮名は『ファド』。ポルトガル語で『運命、宿命』を意味する。無形文化遺産にもなっている民謡もまた『ファド』と呼ぶらしい。言葉を引っ張ってきてつけてんだから、きっと何か意味があるんだろ。続けるぞ。ファドは分裂することができる。その数は十二体まで、コピー元と同じ大きさで作られる。なお、心臓や核のようなものは存在しない。倒すには全てを焼き払わなければいけない」



 焼き払う?



「弱点は炎だ。火に弱い。火は奴らの世界には存在しない物質。よって、効果的にダメージを与えられる。全焼に成功すればその存在そのものを、文字通り焼失、消失できるだろう。もちろん、現実世界の炎ではなく超能力などの異能の炎しか効かない。現在地球に居着いている個体はひとつ。複数確認できるのならば、それはコピーだ。狭間とは言え、地球とは本来交錯することのない次元。存在が存在することがイレギュラー、非存在を冒涜している。ファドがいなくなる条件はふたつ。巨大災害を現世に引き起こして消滅するか、焼き払われて消えるかの二択だ。立ち向かうというのであれば、その勇気に感服する。サラヴァ、祝福あれ。以上だ」


 俺はその言葉をしっかりと聞いた。メモも録音もしなかった。必要なかったからだ。俺の索敵範囲では及ばず、手に入らなかった情報に感謝をして、作戦を速攻で立てた。


 俺はキエンに討伐のお願いをして正解だと確信した。少しでもダメージを与えられる戦力がいれば状況を打開できるのではないかと思って呼んだ彼であったが、ここにきて討伐の切り札になりそうだった。


「ありがとう。助かったよ」


「そうか。それは良かった」


「ネットに現れる人間にはいろんな奴がいるんだな」


 それを聞いて、男はそれは違うと笑った。


「ネットも現実世界も同じさ。何も違わない。同じ人間だよ。どの世界でも人間が暮らしているんだ。法律と平和に彩られた景色だけ見ている人間にはわからないかもしれないがな。ネットだから違法が横行して、あたかも悪い人の巣窟みたいに見られがちだがそれは違う。現実でもネットでも第三第四の世界が作られようと、どの世界でもルールは人間が作るんだよ。何が正義でなにが悪いかなんて基準は、それこそ法も世界も無関係だ。生まれも育ちも悪い人間に社会の正義を見せつけても何も変わらないのと同じ。話をすり替える前に、論点が違う。そういうの、よく知っているんだろ? そういう側面の人間模様や経験はどうやってもわからない。実情のことは、人の本当の感情と叫びたかったことは誰にもわからない。それを知るためにリアルを走り回っている人間には敵わない」


 男は楽しそうな声で「雁来成哉によろしく」と言った。成哉もきっとキエンから少し話を聞いたんだと思うけど、それだけでよくここまで手配できたものだと感心した。


「じゃあな、トラブルシューター。もう二度と会わないことを祈るよ。互いのために」


「俺はオーガナイザーだ」


「? 何が違うの」


 俺は説明することがもちろんできたが、しなかった。無駄な言葉はそこに必要なかった。


 ありがとう、助かった。世話になった。


 俺は彼に手を振り、その場を後にした。

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