校内では美也子のパパ活に関する噂が飛び交っていた。
そんな中、宗弥が自ら彼女に片思いしていると口にしたのだ。
「片思い」なんて言葉を使って。
宗弥が誰かに片思いなんてするのか?
普段なら宗弥が少し目配せするだけで、周囲の人が群がってくるというのに。
陽太はあまりの衝撃に言葉を失っていた。
その様子を見て、宗弥は少し眉を上げて問いかける。
「何か問題でも?」
「い、いえっ!全然ありません!」
陽太は慌てて否定した。冷たい汗が流れる。
まさか、自分がさっきちょっかいを出そうとした相手が、宗弥の好きな人だったなんて——!
宗弥の前で軽口をたたいたことを思い出し、陽太は穴を掘って消えてしまいたい気持ちだった。必死に取り繕うように、
「宗弥先輩!本当に知りませんでした!もし如月さんが宗弥先輩の大事な人だと分かっていたら、車にはめられてもあんなことしません!」
「気にしなくていい。」
宗弥は淡々と事実を述べる。
「彼女は君に興味がないから。」
「!?」
なんて容赦ない一言だろう。
おそるおそる陽太が聞く。
「じゃあ……今、お二人は……?」
「まだ、彼女は俺を受け入れていない。」
家庭教師として朝晩一緒にいるけれど、美也子はまだ葛城圭介のことが好きだと思う。自分は彼女にとって圭介を刺激するための道具に過ぎないのかもしれない。
それでも少しでも役に立てるなら、そばにいられるだけで十分だ。
陽太は話を聞き終えると、思わず観客席の美也子の方を振り返った。彼女はそこに立ち、宗弥をじっと見つめているようだった。さっき応援していた時の姿がまだ目に焼き付いている。
結局宗弥の方が、陰ながら支えている人だったのか。
当事者が平然としている一方で、周囲は大騒ぎだった。
LINEグループは一気に炎上する。
「宗弥が美也子に興味あるって本当?」
かつて美也子は圭介一筋で、まるで忠犬のように尽くしていた。それを圭介は軽蔑していた。
ところが今、何もかも圭介に勝る宗弥と美也子の間に、何やら特別な関係が生まれつつある。
圭介は着替えを済ませ、暗い表情で体育館を出た。試合で大敗した屈辱に加え、彼を打ちのめした相手が美也子と関わっているという事実が、さらに彼の心を締め付けていた。
恵理と山本萌が後ろからついてきたが、どう声をかけていいかわからず、二人とも複雑な面持ちだった。
ついさっきまで「宗弥が美也子に興味を持つはずがない」と思っていたのに、次の瞬間には宗弥が自ら歩み寄っていた。
山本萌は憤然とした様子。
「九条宗弥って見る目ないのかな?美也子の素性知らないはずないのに、どうして……」
恵理は顔色を曇らせ、唇を固く結ぶ。
圭介の心は自分にあると信じていたのに、宗弥と美也子のやり取りを見せつけられ、嫉妬心が押し寄せてくる。
なぜ?美也子なんかがどうしてそんな幸運を手にするの?お金持ちだから?もし自分たちも宗弥を応援していれば……
美也子が体育館を出ると、同じ道を歩く女子数人が興味津々で寄ってきた。
「如月さん、九条くんと前から知り合いだったの?」
「うん」
「二人って……付き合ってるの?」
宗弥の美也子を見る目は明らかに特別だった!
美也子は首を振る。
「違うよ!」
宗弥の好意は感じているが、それは前世の縁によるものが大きい。今は婚約があるとはいえ、宗弥の本心はわからないまま。圭介のことがあった今、もう自分勝手に期待したくなかった。
探るような視線に対し、美也子は説明始めた。
「うちの親と九条家が昔から親しいから、交流が多いだけ」
「へぇ、そうなんだ!」
と納得しつつ、さらに探りを入れる。
「で、如月さんの家って、やっぱりすごいお金持ちなの?私たち、てっきり……」
「私がパパ活してるって思ったの?」
美也子は遠慮なく切り込む。
質問した子たちは少し気まずそうに黙る。匿名掲示板の噂がいかにも本当っぽく流れていたからだ。
美也子は皮肉っぽく笑う。
「他人がどう思おうと私には関係ない!」
どうせ全部デタラメだし、バカバカしい。自分がそんなことをするはずがない。
他クラスの女子たちに別れを告げて教室に戻ると、視線が一斉に集まる。
そんなことは慣れっこで席にまっすぐ向かって座った。
前の席の男子、圭介のチームメイトが嫌味っぽく振り向いて言う。
「俺たちあんなにボロ負けしたのにずいぶん嬉しそうじゃん?」
美也子は目を上げて、口元に微笑を浮かべる。
「負けたのはあなたたちで、私は違うでしょ?なんで嬉しくしちゃダメなの?」
「九条に気に入られて、良かったな?」
「……」
美也子は思わず吹き出す。
「なに?自分が気に入られなくて残念なの?」
男子は顔を真っ赤にして、不満そうに前を向き直った。
少しして圭介が恵理と山本萌を連れて戻ってきた。圭介の周囲には近寄りがたい空気が漂い、席にドスンと座る。その怒りが今にも爆発しそうなのが、美也子にもはっきり伝わった。
以前なら、宗弥に負けた圭介を励ますために必死だった。でも今はただただ滑稽に思えた。
圭介の視線は鋭く美也子に突き刺さる。彼女の口元に浮かんだかすかな笑みを見て、目つきがさらに冷たくなる。
美也子はその視線を受け止めて、静かに言う。
「そんなに私を見るの?自分の実力不足を私のせいにされても困るんだけど?」
「お前……」
圭介はその他人事のような態度に血が上る。以前は、負けたたびに彼女は必死で自分を励まし、プレゼントをくれたり、宗弥をけなして自分を持ち上げてくれたりした。
なのに今彼女は自分を嘲笑っている!
チャイムが鳴り、美也子は手早く荷物をまとめて立ち上がる。
「どいて。帰るから」
圭介は無言で通路を空ける。美也子が教室を出るや否や、彼もすぐに荷物を持って後を追った。
階段の踊り場まで来たところで、突然腕を強く引っ張られる。振り返ると、圭介が真っ赤な目で彼女を見つめていた。
彼は手首を強く握りしめ、複雑な感情を押し殺した声で問う。
「お前……これから本当に宗弥と付き合うつもりなのか?」
その詰問に美也子は驚いた。今までこんなことを気にしたこともなかったのに、まるで裏切られたようなその顔がおかしくて、無理に手を振りほどこうとしたが、彼の手はびくともしない。
美也子は諦めて、逆に軽く笑った。
「圭介、あなた私にまとわりつかれるのが一番嫌だったんじゃなかった?毎日私がそばにいることが、気持ち悪いって言ってたよね。」