目次
ブックマーク
応援する
8
コメント
シェア
通報

第21話

恵理と山本萌はコートの端で、美也子が観客席に座るのを見守っていた。如月は水を買ってきて、周りの女子たちに配っている。その中にはかつて美也子のことを陰で噂していた子たちも混じっていた。水を受け取った女子たちは、美也子のことを優しく接するようになった。


山本萌が小声で恵理に囁く。


「あれって、みんなの機嫌を取ってるつもりなのかな?」


「宗弥がいるから、良いところを見せたいんじゃない?」


恵理は淡々と答える。


「前に圭介を追いかけてたときも同じだったでしょ?」


山本萌は目を丸くした。


「つまり……今度は宗弥を狙ってるってこと?ありえない!九条くんがあの子と付き合うわけないじゃん。それに、あんなおじさんにベタベタしてる女子なんて、誰も相手にしないって!」


恵理はそれ以上何も言わずにため息をついた。


「正直、ちょっと気の毒だよね。もし親がちゃんと見てくれてたらこんなふうには……」


「同情する必要なんてないって!」


山本萌が食い気味に話した。


「恵理って本当に優しすぎ!」


試合が始まると、空気は一気にピリついた。


鈴木陽太と圭介は、開始早々お互いにファウルを取られる。こんな激しい立ち上がりは珍しい。


圭介はこの試合で宗弥を圧倒し、美也子に自分こそふさわしいと見せつけたかった。自分が彼女を好きじゃなくても、彼女が自分を好きでなきゃ気が済まない、美也子の視線は自分だけのもの、と思い込んでいた。


しかし、陽太が圭介にべったりと張りついて、宗弥に近づくことすらできない。


宗弥にとってこの試合は特に難しいものではない。白峰バスケ部も強いが、宗弥のレベルはさらに上にる。難なく何本もシュートを決め、首にタオルをかけた姿は余裕そのもの。


美也子は飲み物を飲みながら、じっと宗弥を見つめていた。圭介が焦ってボールに触れられないのと対照的に、宗弥は余裕を持ってプレーしている。その姿を見て美也子が、自分は今までどんだけ節穴だったと痛感する。





ハーフタイム


白峰のベンチはちょうど美也子の座っている下にあった。


宗弥は汗だくの陽太を見て声をかける。


「今日はやけに気合い入ってるな。」


陽太は水を一気に飲み、顔を拭きながら答えた。


「あの子にブサイクって言われたからよ。実力見せてやらないとな!」


そして観客席に向かって顎をしゃくる。


「どうよ?今日の俺、かっこいいだろ?圭介なんて完全に封じてやったぜ!」


宗弥はちらりと彼を見るだけ。しかしその視線に陽太は背筋が寒くなった。


美也子は宗弥が一度も振り向かないのを見て、ますます興味をそそられていた。すると明るい声で――


「宗弥くん、かっこいいよ!」


陽太は鼻で笑う。


「あいつ、絶対俺に嫌がらせしてるよ……さっきケンカしたばっかりなんだから。」


宗弥はちらっと彼を見上げる。


「そうか?」


相変わらず後ろは振り向かないが、よく見ると耳がほんのり赤い。


後半戦に入ると、宗弥のプレイスタイルが一変した。前半は陽太のガードでなんとか得点できていた圭介も、後半ではまったく点を取れなくなる。


ほとんどのボールを宗弥が支配し、ドリブルもシュートも流れるよう。点差は一気に広がり、試合は白峰の圧勝で終り、桜丘は惨敗。


一番惨めだったのは圭介だ。これまで宗弥と肩を並べているように思われていたが、今日の試合でその幻想は完全に打ち砕かれた。宗弥の前ではまるで歯が立たなかった。


美也子は興奮し白峰の応援団と一緒に大声で歓声を上げていた。やっと、自分がどれだけ良い男を間違っていたかを思い知った。


山本萌や恵理たちは準備していた応援の掛け声も出せなくなり。一方の美也子の周りはすっかり宗弥のファンクラブのような盛り上がりぶり。

山本萌は思わず舌打ちする。


「あの子、自分が桜丘の生徒だって忘れてるんじゃない?まあ、宗弥があんな子相手にしないからいいけど、もしそうなったら本当に腹立つ!」


ちょうどその時、試合を終えた宗弥がまっすぐ観客席に向かい、美也子の前で立ち止まった。


彼が近づくと、周りの女子たちが一斉に歓声を上げる。


美也子はかわいい笑顔を見せた。


「すごかったよ!」


「水、ちょうだい。」


宗弥が低い声で言う。


一番近くにいた女子が慌ててボトルを差し出したが、宗弥は受け取らない。そのまま美也子を見つめる。美也子はすぐに気づき、自分の水を手渡す。


「本当にすごかった!」


彼女の声には心からの賞賛している。


水を飲んでいる宗弥だったが、美也子の視線を受けてごくごくと半分以上飲み干した。


その様子を見て陽太は唖然とする。今日頑張ったのは圭介を抑えて美也子の気を引きたかったからなのに、主役は全部宗弥に持っていかれた。それに、宗弥はいつも一人で行動していて、自分の水筒しか使わない。女子の差し出した水を受け取るなんて、前代未聞だ!まさか宗弥まで美也子に気があるのか?


宗弥は水を飲み終えると、美也子に言った。


「着替えてくる。授業終わった後、一緒に帰ろう。」


「うん。」


美也子はうなずく。


宗弥がチームに戻ると、陽太がすぐに目を見開いて駆け寄ってきた。


「宗弥!?」


「俺は彼女に片思いしている。」


宗弥はいつも通りさり気なく答えた。


「!?」


陽太はその場で固まった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?