体育祭の準備は佳境に入っていて、校庭は色とりどりのテントや旗で賑やかだ。茉莉奈は慧のことが気になって仕方なくて、朝からなんだか落ち着かない。
「ねえ、先輩」
声をかけてきたのは、体育祭委員の後輩・柏木彩乃。彼女はギャルらしい明るい笑顔を浮かべて、今日も元気いっぱいだ。
「何?」茉莉奈はちょっと困った顔をしながらも返す。
「もー、先輩ったら、先輩のこと大好きな男子がいるのに、全然気づいてないっぽくてさー」
「え?誰のこと?」
「えー、バレバレじゃん!藤井先輩だよ、藤井先輩!」
彩乃は得意げに言った。茉莉奈は顔が赤くなってしまう。
「ちょ、ちょっと!それは違うよ!」
「まぁまぁ、落ち着いて。ていうかさ、あんた本当に鈍感すぎ!その無口でクールな先輩が、あんたのことで照れてるんだってば」
「そ、そんなことないもん!」
「うっそー。あたし、先輩たちのツンデレコンビ、見ててキュンキュンするんだけど」
「ツンデレなんて言わないでよ……」
ふたりの会話に、慧が体育祭の設営を終えて戻ってきた。
「お疲れ様」
茉莉奈が声をかけると、慧は少し照れたように目をそらしながら、
「お疲れ」
と言った。
彩乃はその様子を見逃さない。
「ねえ先輩、あんたがもっと素直になれば、先輩だってもっと話しかけやすくなると思うよ?」
「そ、そんなの難しいよ……」
「だったらあたしが手伝ってあげる!」
そう言って、彩乃は腕を組み、どこか作戦を思いついたような笑みを浮かべた。
「これから先輩をサポートして、もっと先輩の良さを藤井先輩にアピールしちゃうから」
「え、彩乃……?」
「任せなさい!」
その日の放課後。茉莉奈は彩乃に言われるまま、体育館の裏でちょっとした練習をすることになった。
「まずは、藤井先輩に笑顔で話しかける練習!」
彩乃の指導はまるで体育会系の先輩のようで、茉莉奈は思わず笑ってしまう。
「笑顔が大事だよ!クールな先輩も、笑顔に弱いから」
「そ、そうなんだ……」
彩乃は、ふと真剣な表情になって、
「でもさ、先輩が無理しないで、自分らしくいることが一番だよ。だから変に頑張らなくていい」
茉莉奈はその言葉にじんわり心が温かくなった。
翌日、体育祭の準備が終わった放課後。茉莉奈は慧とふたりきりになった。
「ねえ、先輩」
「……何?」
「今日はありがとう。彩乃のおかげで、ちょっと勇気が出たよ」
慧は少し照れてから、
「そうか」
と言った。
「ねえ、私、先輩のこと、もっと知りたいな」
茉莉奈が素直に言うと、慧の表情が柔らかくなる。
「俺もだ」
その言葉に、茉莉奈の心臓はバクバクと跳ねた。
「先輩……」
「これからは、もっと一緒にいろんなことを経験しよう」
慧がゆっくりと言葉を続ける。
「茉莉奈のこと、俺だけの太陽にしたい」
突然の言葉に、茉莉奈は目を丸くした。
「そ、それって……?」
慧は少し照れて、でも真剣な眼差しで、
「俺の気持ちだ」
その瞬間、茉莉奈の胸に甘くて熱いものがじわじわと広がった。
「ありがとう、先輩」
「こちらこそ」
ふたりは手をつなぎ、校庭に降る夕陽の光に包まれた。
体育祭当日、茉莉奈と慧、そして彩乃も一緒に、全力で楽しんだ。
彩乃は明るく盛り上げ役として大活躍し、茉莉奈と慧の距離も一段と近づいた。
甘酸っぱい青春の一ページが、またひとつ刻まれたのだった。