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第18話「先輩って、意外と嫉妬深いんですね」

「……あのさ、今日、体育祭の準備でさ、男子と一緒に作業することになったんだけど」


茉莉奈がふと慧に話しかけると、彼の眉がほんの少しだけピクっと動いたのが見えた。


「そうなんだ」


声は低く、無機質で、けれどいつもより少しだけ硬い。


「なんか、機嫌悪い?」


茉莉奈は不安げに首をかしげた。


慧はしばらく黙ったままだったが、ふっと視線をそらして言った。


「別に」


「……ほんとに?」


「……」


無言のまましばらく歩くふたり。雨上がりの風が、濡れた校庭の匂いを運んできた。


茉莉奈は心の中で、ドキドキが止まらない。


「……もしかして、やきもち?」


茉莉奈が小さな声で聞くと、慧はハッとしたように顔を上げた。


「……っ!」


「あっ、ご、ごめん。余計なこと言った?」


「……うるさい」


でも、その声は怒っているのに、どこか照れている。


茉莉奈は嬉しくなって、小さく笑った。


「そっか。やきもち、か。なんか、かわいい」


「……バカ」


慧は慌てて顔を背けたけど、茉莉奈は手をつなぎなおした。


「ねえ、私も嫉妬するから、安心して」


「なんだそれ」


「だって、先輩だけのものにしたいもん」


「俺もだよ」


ふたりの手がぎゅっと絡まった。


そのとき、後ろから声が聞こえた。


「あのさ、天野先輩。ちょっといい?」


振り返ると、体育祭委員の男子がひとり、慌ててやってきた。


「手伝ってほしいことがあってさ、テントの設営を――」


慧は一瞬ためらいながらも、返事をした。


「わかった。行こう」


茉莉奈の手を離して、彼は男子と一緒に歩き出した。


茉莉奈は寂しさと少しの不安で胸がざわついた。


「先輩……」


しかしその時、ふいに背後から強く手を握られた。


「離すな」


慧の声はいつもよりずっと低くて、真剣だった。


「大丈夫。すぐ戻る」


「……わかった」


ふたりは見つめ合い、ほんの一瞬だけ時間が止まった気がした。


準備が終わるまで、茉莉奈は教室の後輩、柏木彩乃と過ごすことになった。


「先輩、めっちゃ照れてましたね~」


彩乃が茶化す。


「もう、やめてよ!」


「でもかわいかったっスよ。あのツンデレっぷり、最高でした~」


「ツンデレじゃないし!」


彩乃はにこにこ笑いながら、体育祭のポスター作りを手伝ってくれた。


「先輩って、ほんとに素直じゃないけど、ちゃんと好きって伝わってるんだなぁ」


「そ、そうかな……」


茉莉奈の心は温かくなった。


やがて慧が戻ってきて、ふたりは校庭の端で合流した。


「終わったよ」


慧は少し汗ばんだ顔で微笑んだ。


「おつかれさま」


茉莉奈はさりげなく彼の腕に触れる。


「さっきはごめんね、なんか拗ねちゃって」


「いや……俺も悪かった。大事な人を不安にさせるなんてな」


「えへへ、素直だ」


「バカ」


慧が笑って、肩をポンと叩いた。


その瞬間、ぽつりぽつりと雨が降り出した。


「傘、持ってきてないよね?」


茉莉奈は慧を見つめる。


「……もう、いい」


慧は何も言わず、茉莉奈の手を取って校舎の屋根の下へ走った。


雨の匂いと、ふたりの息づかい。


甘くて、切なくて、でも温かい。


この先もきっと、ふたりで乗り越えていける――そう思った。

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