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第17話「雨の日の傘と、秘密の距離」

「やばっ……降ってきた……!」


夕方の空が、しとしとと濡れ始めたのは、放課後のチャイムが鳴ってすぐだった。茉莉奈は教室の窓を見上げて、小さくため息をつく。


「傘、持ってきてないのに……」


誰かに連絡しようかな、とスマホを取り出そうとして――


「先輩っ!」


――後ろから、元気すぎる声が響いた。


「……って、わぁっ!? あやのちゃん!?」


振り返ると、1年生の柏木彩乃かしわぎ・あやのが全力疾走で駆け寄ってきた。小柄な体にふわふわのポニーテール、ちょっと派手めなアクセと爪。けれど笑顔は無邪気で、茉莉奈に懐いている後輩だ。


「先輩、今日もおつかれっス~! ……って、あれ? 泣いてた?」


「泣いてないし!? 雨にびっくりしただけだから!」


「ふふ、ウソウソ~♪ でも先輩、今日もかわいーっすね~。まじ天使」


「そ、そんな持ち上げてもお菓子は出ません!」


茉莉奈は苦笑しながら彩乃の頭をくしゃっと撫でた。

最近、この後輩との距離もずいぶん近くなった気がする。


「……にしても、マジで雨やばいっすね~。うち、チャリなんで詰みました」


「私も傘忘れちゃってて……困ったなぁ……」


と、そこへ――


「……おい、天野」


その声に、びくっと肩が跳ねた。


「せ、先輩っ……!!」


藤井慧が、無言で一本の傘を差し出してきた。


「……行くぞ」


「う、うんっ!!」


茉莉奈は彩乃に「また明日ね!」と手を振って、慧の傘に駆け寄る。雨音がふたりの距離を近づけ、傘の下で世界が変わったみたいに感じた。


「……ありがと、先輩。傘、持っててくれたんだ」


「お前が忘れると思って」


「……むぅ、それって私がドジって前提で動いてるってことじゃん……」


「違うのか?」


「正解だけど、納得いかない!!」


くすっと笑う慧の表情に、茉莉奈はきゅんとしてしまう。最近、彼がちょっとだけ優しくなった気がして、それがたまらなく嬉しい。


雨の音がBGMみたいに優しく響く。


傘の中。並ぶ肩。ぴったりとくっついた距離。ふと、慧の指が、茉莉奈の手をそっと握った。


「……こういうの、初めてだから。うまくやれるかわからん」


「私も……はじめて。だから、ふたりでゆっくり進みたい」


「……うん」


肩が触れるたびに、心が高鳴る。


これから先、笑ったり、すれ違ったり、もしかしたらケンカしたりもするのかもしれない。


けど今は――


「……好きだよ、先輩」


茉莉奈の小さな告白に、慧が静かに微笑んだ。


「……俺も」


傘の中の世界は、まだ少し不器用で、でも確かに――恋の色に染まり始めていた。

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