「やばっ……降ってきた……!」
夕方の空が、しとしとと濡れ始めたのは、放課後のチャイムが鳴ってすぐだった。茉莉奈は教室の窓を見上げて、小さくため息をつく。
「傘、持ってきてないのに……」
誰かに連絡しようかな、とスマホを取り出そうとして――
「先輩っ!」
――後ろから、元気すぎる声が響いた。
「……って、わぁっ!? あやのちゃん!?」
振り返ると、1年生の
「先輩、今日もおつかれっス~! ……って、あれ? 泣いてた?」
「泣いてないし!? 雨にびっくりしただけだから!」
「ふふ、ウソウソ~♪ でも先輩、今日もかわいーっすね~。まじ天使」
「そ、そんな持ち上げてもお菓子は出ません!」
茉莉奈は苦笑しながら彩乃の頭をくしゃっと撫でた。
最近、この後輩との距離もずいぶん近くなった気がする。
「……にしても、マジで雨やばいっすね~。うち、チャリなんで詰みました」
「私も傘忘れちゃってて……困ったなぁ……」
と、そこへ――
「……おい、天野」
その声に、びくっと肩が跳ねた。
「せ、先輩っ……!!」
藤井慧が、無言で一本の傘を差し出してきた。
「……行くぞ」
「う、うんっ!!」
茉莉奈は彩乃に「また明日ね!」と手を振って、慧の傘に駆け寄る。雨音がふたりの距離を近づけ、傘の下で世界が変わったみたいに感じた。
「……ありがと、先輩。傘、持っててくれたんだ」
「お前が忘れると思って」
「……むぅ、それって私がドジって前提で動いてるってことじゃん……」
「違うのか?」
「正解だけど、納得いかない!!」
くすっと笑う慧の表情に、茉莉奈はきゅんとしてしまう。最近、彼がちょっとだけ優しくなった気がして、それがたまらなく嬉しい。
雨の音がBGMみたいに優しく響く。
傘の中。並ぶ肩。ぴったりとくっついた距離。ふと、慧の指が、茉莉奈の手をそっと握った。
「……こういうの、初めてだから。うまくやれるかわからん」
「私も……はじめて。だから、ふたりでゆっくり進みたい」
「……うん」
肩が触れるたびに、心が高鳴る。
これから先、笑ったり、すれ違ったり、もしかしたらケンカしたりもするのかもしれない。
けど今は――
「……好きだよ、先輩」
茉莉奈の小さな告白に、慧が静かに微笑んだ。
「……俺も」
傘の中の世界は、まだ少し不器用で、でも確かに――恋の色に染まり始めていた。