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第21話「初めての、好き」

放課後、部活を少し早退して向かったのは、旧校舎裏の中庭だった。

生徒もほとんど来ない静かな場所。そこに慧は、先に着いて待っていた。


秋の風が髪を揺らし、空が少しだけ赤く染まりはじめていた。


「……来た、んだな」


慧は、いつも通り無表情に見えて、でも目の奥が少しだけ泳いでいた。

たぶん、緊張してるんだ。

茉莉奈はそれを感じ取って、ちょっとだけ心が温かくなった。


「うん。……慧が“ふたりきりで話したい”って言うなんて、びっくりしたけど」


「……俺、あんまり……そういうの、得意じゃないけど」


慧は深呼吸するように目を閉じて、数秒後に茉莉奈をまっすぐ見つめた。


「……頑張って伝えるから、聞いてて」


「う、うん……!」


まるで心臓が口から飛び出しそうな勢いでドキドキしてる。

慧が、こんな真剣な顔で、自分のために言葉を選んでくれるなんて——。


「……俺、最初はただ、お前のこと“明るい奴だな”くらいにしか思ってなかった。剣技もまだまだで、よく転ぶし、変な声出すし……」


「え!? へ、変な声ってなにっ!?」


「……それは今はいい」


慧は口元を少しだけほころばせ、続ける。


「でも、気づいたら……お前の声が聞こえるだけで、どこにいるか分かるようになってた」


「えっ、それってストー……」


「違う」


即答だった。そこだけはやたら早い。


「剣技も、部活の後の水筒の中身も、好きなキャラクターも……全部、少しずつ知っていくうちに、俺はたぶん——」


慧は言葉を切って、一歩、茉莉奈に近づいた。


その距離が、今までよりもぐっと近い。


「……好きになってた」


その一言が、茉莉奈の頭の中を真っ白にした。


風の音、遠くのチャイム、赤く染まる空——すべてが一瞬、静止したようだった。


「……え、いま……えっ、慧……?」


「ごめん、急に言って。でも……お前のこと、ちゃんと“好きだ”って伝えたかった」


「………………あ、あの……わ、私も」


言葉が詰まって出てこない。

声にならない音が喉の奥で跳ね回って、胸の中がくすぐったくて、熱くて、こそばゆい。


「わ、私も……慧のこと、気になってた……。最初は、ただ“カッコいいな”って思ってただけだけど……」


勇気をふりしぼって、顔を上げる。


「でも、手をつないで、名前を呼び合って、ちょっとずつ近くなって……それが、嬉しくて、ドキドキしてて……私も、慧のこと……」


目を合わせたまま、最後の一言を、震える唇でそっと結んだ。


「……好き、です」


慧の目が、ゆっくりと細められ、ほっとしたように笑った。


その瞬間、茉莉奈は思った。

——あ、慧、笑うとこんな顔するんだ。


「……名前、呼んでいい?」


慧がそっと尋ねる。


「う、うんっ……!」


「……茉莉奈」


たったそれだけで、心がふわっと跳ねた。


「じゃあ……私も……慧っ」


お互いの名前を呼び合うだけで、どうしてこんなに甘くて、優しくて、くすぐったい気持ちになるんだろう。


「手、つないでもいい?」


「……うん」


慧が茉莉奈の手をそっと握った。体育祭のときと同じ、でもあのときよりもずっと、柔らかくて、あたたかくて、意味のある手。


手のひらから伝わってくる“好き”の気持ちに、茉莉奈の胸がぎゅっとなった。


「これから、もっとちゃんと気持ち伝えるから」


「うん……私も……いっぱい伝えたい」


ふたりの影が、夕焼けに重なって長く伸びていた。


まだ“付き合おう”とか“彼女”とか、そんな言葉はなかったけど——


“好き”って気持ちだけは、ちゃんと伝わった。


それで、今は充分すぎるくらいだった。


その夜。


茉莉奈の部屋。

スマホの通知が光る。


【慧】

今日、来てくれてありがとう。

茉莉奈って、やっぱり太陽みたいな子だなって思った。

また、明日も名前で呼ぶから。

茉莉奈は、スマホを抱きしめながらベッドに転がる。


「ふへぇ……慧ぃ……っ」


顔を真っ赤にして、枕に顔をうずめた。


「すき……めっちゃすき……」


まだ“彼氏”でもない、でも“両想い”なふたりの距離。

甘くて、酸っぱくて、くすぐったい。


キュンキュンの恋、始まったばかり。



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