放課後、部活を少し早退して向かったのは、旧校舎裏の中庭だった。
生徒もほとんど来ない静かな場所。そこに慧は、先に着いて待っていた。
秋の風が髪を揺らし、空が少しだけ赤く染まりはじめていた。
「……来た、んだな」
慧は、いつも通り無表情に見えて、でも目の奥が少しだけ泳いでいた。
たぶん、緊張してるんだ。
茉莉奈はそれを感じ取って、ちょっとだけ心が温かくなった。
「うん。……慧が“ふたりきりで話したい”って言うなんて、びっくりしたけど」
「……俺、あんまり……そういうの、得意じゃないけど」
慧は深呼吸するように目を閉じて、数秒後に茉莉奈をまっすぐ見つめた。
「……頑張って伝えるから、聞いてて」
「う、うん……!」
まるで心臓が口から飛び出しそうな勢いでドキドキしてる。
慧が、こんな真剣な顔で、自分のために言葉を選んでくれるなんて——。
「……俺、最初はただ、お前のこと“明るい奴だな”くらいにしか思ってなかった。剣技もまだまだで、よく転ぶし、変な声出すし……」
「え!? へ、変な声ってなにっ!?」
「……それは今はいい」
慧は口元を少しだけほころばせ、続ける。
「でも、気づいたら……お前の声が聞こえるだけで、どこにいるか分かるようになってた」
「えっ、それってストー……」
「違う」
即答だった。そこだけはやたら早い。
「剣技も、部活の後の水筒の中身も、好きなキャラクターも……全部、少しずつ知っていくうちに、俺はたぶん——」
慧は言葉を切って、一歩、茉莉奈に近づいた。
その距離が、今までよりもぐっと近い。
「……好きになってた」
その一言が、茉莉奈の頭の中を真っ白にした。
風の音、遠くのチャイム、赤く染まる空——すべてが一瞬、静止したようだった。
「……え、いま……えっ、慧……?」
「ごめん、急に言って。でも……お前のこと、ちゃんと“好きだ”って伝えたかった」
「………………あ、あの……わ、私も」
言葉が詰まって出てこない。
声にならない音が喉の奥で跳ね回って、胸の中がくすぐったくて、熱くて、こそばゆい。
「わ、私も……慧のこと、気になってた……。最初は、ただ“カッコいいな”って思ってただけだけど……」
勇気をふりしぼって、顔を上げる。
「でも、手をつないで、名前を呼び合って、ちょっとずつ近くなって……それが、嬉しくて、ドキドキしてて……私も、慧のこと……」
目を合わせたまま、最後の一言を、震える唇でそっと結んだ。
「……好き、です」
慧の目が、ゆっくりと細められ、ほっとしたように笑った。
その瞬間、茉莉奈は思った。
——あ、慧、笑うとこんな顔するんだ。
「……名前、呼んでいい?」
慧がそっと尋ねる。
「う、うんっ……!」
「……茉莉奈」
たったそれだけで、心がふわっと跳ねた。
「じゃあ……私も……慧っ」
お互いの名前を呼び合うだけで、どうしてこんなに甘くて、優しくて、くすぐったい気持ちになるんだろう。
「手、つないでもいい?」
「……うん」
慧が茉莉奈の手をそっと握った。体育祭のときと同じ、でもあのときよりもずっと、柔らかくて、あたたかくて、意味のある手。
手のひらから伝わってくる“好き”の気持ちに、茉莉奈の胸がぎゅっとなった。
「これから、もっとちゃんと気持ち伝えるから」
「うん……私も……いっぱい伝えたい」
ふたりの影が、夕焼けに重なって長く伸びていた。
まだ“付き合おう”とか“彼女”とか、そんな言葉はなかったけど——
“好き”って気持ちだけは、ちゃんと伝わった。
それで、今は充分すぎるくらいだった。
その夜。
茉莉奈の部屋。
スマホの通知が光る。
【慧】
今日、来てくれてありがとう。
茉莉奈って、やっぱり太陽みたいな子だなって思った。
また、明日も名前で呼ぶから。
茉莉奈は、スマホを抱きしめながらベッドに転がる。
「ふへぇ……慧ぃ……っ」
顔を真っ赤にして、枕に顔をうずめた。
「すき……めっちゃすき……」
まだ“彼氏”でもない、でも“両想い”なふたりの距離。
甘くて、酸っぱくて、くすぐったい。
キュンキュンの恋、始まったばかり。