昼休みの屋上は、風が気持ちよかった。
「ねえ茉莉奈先輩、あたしのこと、ちゃんと女の子として見てる?」
「はぁっ!?」
私の口から盛大な変な声が飛び出した。
お弁当のオムライスが口に入ったままだったので、思いっきりむせた。
「げほっ、げほっ! な、なに言ってんの彩乃ぉっ!」
「んー? いや、だって最近さ、なんか冷たくない?」
そう言って、柏木彩乃はぷくっと頬を膨らませた。
ピンクベージュの髪はゆるく巻かれていて、まつげはバサバサ。ネイルも薄ピンクで、ちゃんと校則ギリギリ。
でもギャルっぽい見た目とは裏腹に、なぜか剣王会では真面目に汗を流してる、ちょっと不思議な後輩。
「べ、別に冷たくなんてしてないよ!? っていうか……それ、どゆ意味?」
「うーん、やっぱ分かってないか。鈍いな〜茉莉奈先輩って」
彩乃は悪戯っぽく笑って、指で私の額をちょんっと突いた。
「じゃ、ヒントあげる。藤井先輩と仲良くなったあたりから、あたし、ちょっとモヤモヤしてんの」
「えっ……」
(え……なにそれ……)
彩乃の笑顔は相変わらずチャーミングで明るかったけど、そこには少しだけ、翳りが見えた気がした。
「先輩さ、自分じゃ気づいてないけど、けっこう独占欲強いよね?」
「そ、そんなことないよ!? ないよ!? 多分!」
「うんうん、じゃあ最近、藤井先輩に話しかけてる女子見て、もやっとしてるのは?」
「……」
「図星かぁ〜〜〜」
にやにや笑う彩乃に、私は顔を真っ赤にして、うつむくことしかできなかった。
(そんなの……言えるわけないじゃん)
私だって、自分の気持ちがちゃんと分かってるわけじゃない。
ただ、最近藤井先輩と話すたびに、心臓がふわっと持ち上がるような、こそばゆい感覚があるだけで。
彩乃がそれをからかうように、でもちょっと寂しそうに笑うから、なんだか心がチクっとした。
「……ごめん、なんか、あたし……」
「ううん、謝んないでよ。あたしが勝手にモヤってただけだし」
彩乃はふいっと視線を逸らした。
その横顔は、いつものギャルで明るくて元気な後輩じゃなくて、ちょっとだけ年上に見えた。
(彩乃……)
「それに、あたし、藤井先輩狙ってるとかじゃないし。たださ、ちょっとだけ、あたしの茉莉奈先輩を取られた気分だっただけ」
「えっ……?」
「だーかーらっ! そういうとこだってば、鈍感先輩!」
彩乃がいきなり肩をつかんで揺さぶってきて、私はぎゃー!と情けない声をあげた。
「彩乃、あたしのこと、好きなの?」
「んー、好きだよー? 先輩として! 女の子として! 人として!」
「それ、全部じゃん!!」
「ま、冗談半分、本気半分ってとこ?」
彩乃はふっと笑った。
その笑顔は、さっきよりずっと軽やかだった。少しだけ、わだかまりが溶けたみたいな。
でも、その後ろで――ドアが、カチャッと開く音がした。
「……楽しそうだな」
その声は、少し低くて、でもどこか静かに響く。
(――藤井、先輩!?)
そこには、無表情でこちらを見ている藤井先輩がいた。
だけど、その目は、いつもよりちょっとだけ冷たくて。
「せ、せんぱいっ!? ちが、これは、えっと、その……!」
「別に。昼飯、持ってきただけ。……お前、弁当忘れただろ」
無造作に差し出された紙袋の中には、学校近くのパン屋さんのサンドイッチと、私の大好きなクリームパンが入っていた。
「……え? ど、どうしてそれ……」
「……お前が教室に忘れていったって、柏木に聞いた」
「え?」
横を見ると、彩乃が小さくウインクした。
「気づいてなかったみたいだから、あたしが先輩にLINEしといたんだ〜。ほら、せっかく仲良くなってんだから、甘えなきゃ損だよ?」
「……彩乃……」
なんだか、さっきの話も全部、計算のうちだった気がして、私は心の中で土下座した。
「……ありがと、ございます。先輩」
「……礼はいい。パン、落とすなよ」
そう言って、藤井先輩はそっぽを向いた。
けど、すぐに言い直すように、ぽつりと呟いた。
「……お前の、オムライス弁当、わりと好きだったのに」
「――え」
私の中で、何かが音を立てて崩れた。
今のって……今のって……!
「……せ、せんぱいっ! 明日、ちゃんと作ってきます! リベンジオムライス!」
「……別に、そこまでしなくていい」
「し・ま・す! あ、彩乃も食べるよね?」
「うぇ? あたしも!?」
「当然でしょ! 親友だもんっ!」
思わず、二人の手をぎゅっと握って笑った私に、藤井先輩は呆れたように目を細め、彩乃は肩をすくめた。
「ったく……茉莉奈先輩って、ほんとずるいんだから」
「え?」
「なんでもないっ」
――春の風が、ふわりと三人の間を通り抜けた。
屋上から見える空は、どこまでも青かった。
そして私は、ようやく少しずつ、自分の「好き」に向き合い始めていた。
次にこの胸がぎゅっとなるのは、いつだろう。
多分、すぐにまた来る気がする。
それが、恋ってやつだから。