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第21話「近すぎる距離、知らなかった温度」

昼休みの屋上は、風が気持ちよかった。


「ねえ茉莉奈先輩、あたしのこと、ちゃんと女の子として見てる?」


「はぁっ!?」


私の口から盛大な変な声が飛び出した。

お弁当のオムライスが口に入ったままだったので、思いっきりむせた。


「げほっ、げほっ! な、なに言ってんの彩乃ぉっ!」


「んー? いや、だって最近さ、なんか冷たくない?」


そう言って、柏木彩乃はぷくっと頬を膨らませた。

ピンクベージュの髪はゆるく巻かれていて、まつげはバサバサ。ネイルも薄ピンクで、ちゃんと校則ギリギリ。

でもギャルっぽい見た目とは裏腹に、なぜか剣王会では真面目に汗を流してる、ちょっと不思議な後輩。


「べ、別に冷たくなんてしてないよ!? っていうか……それ、どゆ意味?」


「うーん、やっぱ分かってないか。鈍いな〜茉莉奈先輩って」


彩乃は悪戯っぽく笑って、指で私の額をちょんっと突いた。


「じゃ、ヒントあげる。藤井先輩と仲良くなったあたりから、あたし、ちょっとモヤモヤしてんの」


「えっ……」


(え……なにそれ……)


彩乃の笑顔は相変わらずチャーミングで明るかったけど、そこには少しだけ、翳りが見えた気がした。


「先輩さ、自分じゃ気づいてないけど、けっこう独占欲強いよね?」


「そ、そんなことないよ!? ないよ!? 多分!」


「うんうん、じゃあ最近、藤井先輩に話しかけてる女子見て、もやっとしてるのは?」


「……」


「図星かぁ〜〜〜」


にやにや笑う彩乃に、私は顔を真っ赤にして、うつむくことしかできなかった。


(そんなの……言えるわけないじゃん)


私だって、自分の気持ちがちゃんと分かってるわけじゃない。

ただ、最近藤井先輩と話すたびに、心臓がふわっと持ち上がるような、こそばゆい感覚があるだけで。


彩乃がそれをからかうように、でもちょっと寂しそうに笑うから、なんだか心がチクっとした。


「……ごめん、なんか、あたし……」


「ううん、謝んないでよ。あたしが勝手にモヤってただけだし」


彩乃はふいっと視線を逸らした。

その横顔は、いつものギャルで明るくて元気な後輩じゃなくて、ちょっとだけ年上に見えた。


(彩乃……)


「それに、あたし、藤井先輩狙ってるとかじゃないし。たださ、ちょっとだけ、あたしの茉莉奈先輩を取られた気分だっただけ」


「えっ……?」


「だーかーらっ! そういうとこだってば、鈍感先輩!」


彩乃がいきなり肩をつかんで揺さぶってきて、私はぎゃー!と情けない声をあげた。


「彩乃、あたしのこと、好きなの?」


「んー、好きだよー? 先輩として! 女の子として! 人として!」


「それ、全部じゃん!!」


「ま、冗談半分、本気半分ってとこ?」


彩乃はふっと笑った。

その笑顔は、さっきよりずっと軽やかだった。少しだけ、わだかまりが溶けたみたいな。


でも、その後ろで――ドアが、カチャッと開く音がした。


「……楽しそうだな」


その声は、少し低くて、でもどこか静かに響く。


(――藤井、先輩!?)


そこには、無表情でこちらを見ている藤井先輩がいた。

だけど、その目は、いつもよりちょっとだけ冷たくて。


「せ、せんぱいっ!? ちが、これは、えっと、その……!」


「別に。昼飯、持ってきただけ。……お前、弁当忘れただろ」


無造作に差し出された紙袋の中には、学校近くのパン屋さんのサンドイッチと、私の大好きなクリームパンが入っていた。


「……え? ど、どうしてそれ……」


「……お前が教室に忘れていったって、柏木に聞いた」


「え?」


横を見ると、彩乃が小さくウインクした。


「気づいてなかったみたいだから、あたしが先輩にLINEしといたんだ〜。ほら、せっかく仲良くなってんだから、甘えなきゃ損だよ?」


「……彩乃……」


なんだか、さっきの話も全部、計算のうちだった気がして、私は心の中で土下座した。


「……ありがと、ございます。先輩」


「……礼はいい。パン、落とすなよ」


そう言って、藤井先輩はそっぽを向いた。

けど、すぐに言い直すように、ぽつりと呟いた。


「……お前の、オムライス弁当、わりと好きだったのに」


「――え」


私の中で、何かが音を立てて崩れた。


今のって……今のって……!


「……せ、せんぱいっ! 明日、ちゃんと作ってきます! リベンジオムライス!」


「……別に、そこまでしなくていい」


「し・ま・す! あ、彩乃も食べるよね?」


「うぇ? あたしも!?」


「当然でしょ! 親友だもんっ!」


思わず、二人の手をぎゅっと握って笑った私に、藤井先輩は呆れたように目を細め、彩乃は肩をすくめた。


「ったく……茉莉奈先輩って、ほんとずるいんだから」


「え?」


「なんでもないっ」


――春の風が、ふわりと三人の間を通り抜けた。


屋上から見える空は、どこまでも青かった。


そして私は、ようやく少しずつ、自分の「好き」に向き合い始めていた。


次にこの胸がぎゅっとなるのは、いつだろう。


多分、すぐにまた来る気がする。


それが、恋ってやつだから。



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