「ふ、ふふん……今日は気合い入れて作ったからねっ!」
放課後の剣道場。稽古の後、私、朝倉茉莉奈は、体育館裏のピクニックスペースに設置されたベンチの上で、お弁当箱をどーん!と広げた。
「じゃーん! 今日のメニューは、特製ケチャップライスにふわふわ卵の――」
「オムライスね。わかったから、早く食わせろ」
「も〜、先輩、ちょっとは感動してくださいよぉ!」
藤井先輩は呆れたように、でもほんのちょっとだけ笑って、私のお弁当箱を受け取った。
……そう。これが、リベンジ弁当。
昨日、うっかり教室に置き忘れた私のお弁当を、わざわざ買ってきてくれた藤井先輩に、どうしてもお礼がしたくて。
今朝はいつもより30分早く起きて、気合いを入れて作った。
「うまい。……けど、卵ちょっと火通しすぎ」
「えっ!? しょ、しょんな……!」
「でも、ケチャップライスは前より格段に良くなった。……努力したんだな」
「えへへ……で、でしょ!?」
藤井先輩のその一言に、私はじわっと顔が熱くなるのを感じた。
ふと隣を見ると、彩乃は自分のお弁当を食べながら、こっちをちらちら見ていた。
「お〜い、茉莉奈先輩〜。あたしの分も見て〜。今日の卵焼き、ハート型だよ?」
「え!? ほんとだ、かわいい〜〜!」
「ふふん。ちなみに慧先輩にもどうぞ♡」
「いらん」
「そっけなっ!? ちょっとは照れてくださいよ〜、こっちは乙女の手作りなんですけど!」
「知らん」
ぶすっとむくれる彩乃に、私はちょっと笑ってしまう。
……こうやって、三人で過ごす放課後の時間が、少しずつ日常になってきているのが嬉しかった。
だけど。
「――お邪魔かしら?」
風を切るような、涼やかな声がした。
振り向けば、そこには――紗綾が立っていた。
制服の上に、薄手のカーディガンを羽織って、日が傾き始めた空の下、ほんのりと頬を染めている。
「さ、紗綾っ!?」
「……あなたたち、すっかり“剣王会の仲良し三人組”って噂されてるわよ?」
「へっ、そうなの!?」
「まあ、茉莉奈先輩と慧先輩の距離の近さは、もう完全にカップル認定されてるしね〜」
「ええええっ!? ちょ、ちょっと待って、ちがっ、そ、そんなんじゃっ!」
「落ち着きなさい」
紗綾は苦笑して、私の頭にそっと手を置いた。
「べ、別に……そういうんじゃ、ないもん……」
(でも、そういう“かも”って……最近、思い始めてる自分がいる……)
私は胸の奥がむず痒くなるのを感じながら、視線をそらした。
そのとき――
「……慧先輩。少しだけ、いいかしら」
紗綾が、すっと立ち上がって言った。
「俺?」
「ええ、ちょっとだけ。大事な話なの」
その空気に、私も彩乃も、言葉を呑んだ。
紗綾と藤井先輩は、ふたりで少し離れた場所に歩いていく。
(……な、なんだろう。すごく気になる……)
「ねえ、茉莉奈先輩。あたし、ちょっとだけ嫉妬してるんだよ」
「えっ、な、なに急に……」
「ほら、さっきの空気。紗綾先輩が慧先輩呼び出した瞬間、完全に“過去の女”っぽくてさ」
「……え、彩乃、なんで知って……」
「さすがに気づくって。見てれば分かるもん」
彩乃は、いつものチャラっとした笑顔で言った。
「でもね、紗綾先輩はいい人だよ。きっと、ちゃんと区切りつけに行ったんだと思う。……あたしだったら、無理だけどね」
「……」
(彩乃って、ほんと、ちゃんと見てるんだな……)
その後ろで、紗綾と藤井先輩がゆっくり戻ってきた。
紗綾は、ふぅっと一息吐いて、私の方を見た。
「茉莉奈」
「……な、なに?」
「好きになったら、ちゃんと伝えなさい。悩んでる時間より、想いをぶつける方が、ずっと誠実だから」
「え……」
「私は、もう伝えた。……想いを、終わらせるために」
その言葉は、夕日を背に受けて、すごく綺麗だった。
きっと、長い片想いを、ようやく終わらせる覚悟を持って、先輩に気持ちを伝えたんだ。
その姿は、すごく、すごくかっこよかった。
「……紗綾、ありがとう」
「ふふ。がんばりなさいよ、茉莉奈。あなたは、前を向ける子だから」
そう言って、紗綾は私の背中をぽんと軽く押した。
そして藤井先輩は、私の方を見て、ぽつりと言った。
「……オムライス、また作ってくれよ。明日も、できれば、な」
「えっ……う、うん!」
(うわぁぁぁぁああああああ! それってそれって!)
顔が一気に真っ赤になった私に、彩乃は笑って、
「こりゃ、ライバル多いな〜。先輩、もっと頑張らなきゃ♡」
と、ニヤニヤ顔でからかってくる。
でも、今なら――全部、前向きに受け止められる気がする。
恋って、苦いだけじゃない。
甘くて、熱くて、ちょっと焦げたりするけど……でも、ちゃんと、自分の手で育てていくものなんだ。
私は、藤井先輩にもう一度笑いかけた。
「……明日も、頑張ってつくるね。リベンジの、リベンジ!」
その笑顔に、先輩もほんの少しだけ、表情を緩めてくれた。
春の夕陽の中、私たちは静かに並んで座った。
お弁当箱の中身は空っぽになったけど、胸の中はあったかくて、ちょっとドキドキしてて――。
これは、私の恋の一ページ。
明日は、どんな味のオムライスにしようかな。