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第23話「すれ違い、でも目が離せない」

教室の窓から差し込む午後の日差しは、春とは思えないほど温かくて。

カーテンがふわりと揺れるたび、どこか遠くへ飛んでいってしまいそうな、そんな気持ちになる。


「……はぁ……」


私は頬杖をつきながら、意味もなく窓の外を眺めていた。


最近、藤井先輩と、なんだか話せてない。

前は練習が終わったあと、ちょっとしたことで言い合ったり、くだらないことで笑ったりできたのに。


――最近の藤井先輩、ちょっと冷たい気がする。


別に怒ってるわけじゃない。むしろ、話しかければ普通に返してくれるし、練習中だってアドバイスもくれる。

でも、あの頃の“さりげない優しさ”が、少しだけ遠くに感じる。


(……私、なにかしたかな)


その答えがわからなくて、胸の奥がむずがゆい。


「おっはよー! まりな先輩〜!」


明るい声とともに、教室のドアがバンッと開いた。


「彩乃……もうすぐ放課後だよ? 授業終わってから何してたの?」


「購買に並んでたの〜。ほら、これ、最後のチョコパン! 先輩、チョコ好きでしょ?」


「え、うそ、くれるの? ありがとっ!」


ぱぁっと顔が明るくなる。こういう時の彩乃はほんとに天使みたいだ。


「てかさ、最近藤井先輩と仲良くしてないっぽくない? どしたの?」


「うっ……い、いきなり何そのストレートな質問……」


「だって、わかりやすすぎなんだもん、先輩のテンション!」


にひひと笑う彩乃は、まるで探偵みたいな目をしていた。

ほんと、こういうところだけは鋭いんだから。


「……なんか、最近、藤井先輩がちょっと、冷たいっていうか」


「距離取られてる感じ?」


「……うん」


素直に答えると、彩乃は一瞬だけ表情を曇らせた。だけど、すぐにニヤッと笑って私の背中をどん、と押す。


「なら、逆に行くっきゃないでしょ〜! オムライス作ってアタックよ!」


「えっ!? な、なんでオムライス!?」


「先輩の好物じゃん? “おいしいものを通じて距離を縮める”作戦だよ!」


「えっ、ちょ、それって私が料理できる前提じゃ――」


「安心して! 私、ギャルだけど家庭科は得意だから!」


「それ、なんのアピール!?」


わいわい言いながら、放課後の教室を後にした。

向かったのは、家庭科室。放課後は空いてるらしく、貸し切り状態だった。


「んでね、ケチャップでメッセージ書くの! “ありがとう”とか、“また練習お願いします”とか!」


「ま、まさか、“好きです”とか書けって言わないよね!?」


「は!? 書けるわけないじゃん、先輩がそんなことできる度胸ないって知ってるもん!」


「う、うるさい〜!!」


そんなふうに言いながらも、私は内心ドキドキしていた。


(先輩に、気づいてほしい……気づかれたくないけど、気づいてほしい……)


――結局、私はただの“後輩”のままじゃ、いやなんだ。


***


出来上がったオムライスは、見た目もけっこう良かった。彩乃の指導のおかげで、ふわっとした卵とケチャップのコントラストが映える。


「じゃ、これ持っていこっか。先輩まだ体育館で練習してるよ」


「うん……!」


私は、お弁当箱に詰めたそれを大事に抱えて、体育館へと向かった。


扉を開けると、静かな空気の中で、“シュッ、バシッ”と心地よい音が響いていた。


「……先輩」


「……茉莉奈?」


私の声に振り返った藤井先輩は、少し驚いた顔をして、すぐに表情を戻した。


「どうした」


「……あの、これ、よかったら……」


私はそっとオムライスのお弁当を差し出す。先輩は一瞬、眉を上げたあと、小さくため息をついた。


「……お前、なんかしたのか?」


「えっ……?」


「最近、やたら避けてたから。気まずいこと言ったかと思った」


「え、ま、待って! 避けてたの、こっちじゃなくて、むしろ先輩のほうじゃ――!」


「……俺は、距離を取った方がいいかと思った」


静かなその声に、私の心臓がドクンと跳ねた。


「お前、俺といると、変に意識して、集中できてなかっただろ」


「……っ、それは……」


図星だった。けど、それって――


「……嫌だったの」


私の口からぽろっとこぼれた本音に、先輩の目がわずかに見開かれた。


「私、先輩に避けられてるって思って、すごく、寂しくて……。でも、どうしてそんなことになってるのか、わからなくて……」


「茉莉奈――」


「だから、オムライスで和解したいなって思って……!」


最後は勢い任せだった。でも、それが今の私の精一杯の勇気だった。


藤井先輩はしばらく黙っていたけど、やがてふっと笑った。

ほんの少し、優しい、あの昔みたいな顔で。


「……オムライス、ありがとな。食べる」


「えっ、ほんと!? じゃあ、ケチャップのメッセージもちゃんと見てね!」


「ケチャップ……?」


開けた蓋の中には、私が手書きしたひとこと。


《また一緒に練習、してくれますか?》


それを見た先輩は、少しだけ目を伏せて、頷いた。


「……いいよ。付き合う」


「えっ、つ、つきあうって、練習だよね!? 練習付き合うって意味だよね!?」


「……どっちでも」


「どっちでもって何〜〜〜!?」


顔が真っ赤になって叫んだ私に、藤井先輩は珍しく、ぷいっと顔を背けながら小さく笑った。


(……もう、ずるい)


でもその笑顔が、ずっと見たかった。ほんとうに、ほんとうに、見たかったから――

オムライスを持ってきて、よかった。


すれ違った分だけ、今日の夕焼けは、ちょっと甘い。


そして、まだ言葉にはできないけれど。

この胸のときめきは、きっと、恋という名前をしてるんだ。

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