教室の窓から差し込む午後の日差しは、春とは思えないほど温かくて。
カーテンがふわりと揺れるたび、どこか遠くへ飛んでいってしまいそうな、そんな気持ちになる。
「……はぁ……」
私は頬杖をつきながら、意味もなく窓の外を眺めていた。
最近、藤井先輩と、なんだか話せてない。
前は練習が終わったあと、ちょっとしたことで言い合ったり、くだらないことで笑ったりできたのに。
――最近の藤井先輩、ちょっと冷たい気がする。
別に怒ってるわけじゃない。むしろ、話しかければ普通に返してくれるし、練習中だってアドバイスもくれる。
でも、あの頃の“さりげない優しさ”が、少しだけ遠くに感じる。
(……私、なにかしたかな)
その答えがわからなくて、胸の奥がむずがゆい。
「おっはよー! まりな先輩〜!」
明るい声とともに、教室のドアがバンッと開いた。
「彩乃……もうすぐ放課後だよ? 授業終わってから何してたの?」
「購買に並んでたの〜。ほら、これ、最後のチョコパン! 先輩、チョコ好きでしょ?」
「え、うそ、くれるの? ありがとっ!」
ぱぁっと顔が明るくなる。こういう時の彩乃はほんとに天使みたいだ。
「てかさ、最近藤井先輩と仲良くしてないっぽくない? どしたの?」
「うっ……い、いきなり何そのストレートな質問……」
「だって、わかりやすすぎなんだもん、先輩のテンション!」
にひひと笑う彩乃は、まるで探偵みたいな目をしていた。
ほんと、こういうところだけは鋭いんだから。
「……なんか、最近、藤井先輩がちょっと、冷たいっていうか」
「距離取られてる感じ?」
「……うん」
素直に答えると、彩乃は一瞬だけ表情を曇らせた。だけど、すぐにニヤッと笑って私の背中をどん、と押す。
「なら、逆に行くっきゃないでしょ〜! オムライス作ってアタックよ!」
「えっ!? な、なんでオムライス!?」
「先輩の好物じゃん? “おいしいものを通じて距離を縮める”作戦だよ!」
「えっ、ちょ、それって私が料理できる前提じゃ――」
「安心して! 私、ギャルだけど家庭科は得意だから!」
「それ、なんのアピール!?」
わいわい言いながら、放課後の教室を後にした。
向かったのは、家庭科室。放課後は空いてるらしく、貸し切り状態だった。
「んでね、ケチャップでメッセージ書くの! “ありがとう”とか、“また練習お願いします”とか!」
「ま、まさか、“好きです”とか書けって言わないよね!?」
「は!? 書けるわけないじゃん、先輩がそんなことできる度胸ないって知ってるもん!」
「う、うるさい〜!!」
そんなふうに言いながらも、私は内心ドキドキしていた。
(先輩に、気づいてほしい……気づかれたくないけど、気づいてほしい……)
――結局、私はただの“後輩”のままじゃ、いやなんだ。
***
出来上がったオムライスは、見た目もけっこう良かった。彩乃の指導のおかげで、ふわっとした卵とケチャップのコントラストが映える。
「じゃ、これ持っていこっか。先輩まだ体育館で練習してるよ」
「うん……!」
私は、お弁当箱に詰めたそれを大事に抱えて、体育館へと向かった。
扉を開けると、静かな空気の中で、“シュッ、バシッ”と心地よい音が響いていた。
「……先輩」
「……茉莉奈?」
私の声に振り返った藤井先輩は、少し驚いた顔をして、すぐに表情を戻した。
「どうした」
「……あの、これ、よかったら……」
私はそっとオムライスのお弁当を差し出す。先輩は一瞬、眉を上げたあと、小さくため息をついた。
「……お前、なんかしたのか?」
「えっ……?」
「最近、やたら避けてたから。気まずいこと言ったかと思った」
「え、ま、待って! 避けてたの、こっちじゃなくて、むしろ先輩のほうじゃ――!」
「……俺は、距離を取った方がいいかと思った」
静かなその声に、私の心臓がドクンと跳ねた。
「お前、俺といると、変に意識して、集中できてなかっただろ」
「……っ、それは……」
図星だった。けど、それって――
「……嫌だったの」
私の口からぽろっとこぼれた本音に、先輩の目がわずかに見開かれた。
「私、先輩に避けられてるって思って、すごく、寂しくて……。でも、どうしてそんなことになってるのか、わからなくて……」
「茉莉奈――」
「だから、オムライスで和解したいなって思って……!」
最後は勢い任せだった。でも、それが今の私の精一杯の勇気だった。
藤井先輩はしばらく黙っていたけど、やがてふっと笑った。
ほんの少し、優しい、あの昔みたいな顔で。
「……オムライス、ありがとな。食べる」
「えっ、ほんと!? じゃあ、ケチャップのメッセージもちゃんと見てね!」
「ケチャップ……?」
開けた蓋の中には、私が手書きしたひとこと。
《また一緒に練習、してくれますか?》
それを見た先輩は、少しだけ目を伏せて、頷いた。
「……いいよ。付き合う」
「えっ、つ、つきあうって、練習だよね!? 練習付き合うって意味だよね!?」
「……どっちでも」
「どっちでもって何〜〜〜!?」
顔が真っ赤になって叫んだ私に、藤井先輩は珍しく、ぷいっと顔を背けながら小さく笑った。
(……もう、ずるい)
でもその笑顔が、ずっと見たかった。ほんとうに、ほんとうに、見たかったから――
オムライスを持ってきて、よかった。
すれ違った分だけ、今日の夕焼けは、ちょっと甘い。
そして、まだ言葉にはできないけれど。
この胸のときめきは、きっと、恋という名前をしてるんだ。