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第24話「ギャップと鼓動と、彼の手の温度」

桜の花びらが、ふわりと宙を舞う放課後。


「……春って、こんなに眩しかったっけ?」


ぼそっと呟いた言葉に、隣を歩く慧がちらりと視線を向けた。


「お前が眩しいんじゃないの?」


「えっ?」


「顔、赤いぞ」


「う、うるさい! それは先輩のせいでしょ!」


私は思わず頬を手で覆った。あの“付き合う”発言から数日。

まだ気持ちは整理できてないし、言葉の真意も聞けていない。

でも、それでも。こうして隣にいてくれるだけで、心がふわっと浮くような気がして――


「ねえ、慧」


「ん?」


「今日、ちょっと寄り道しない?」


「どこに?」


「……駅前の、アイス屋さん」


「……アイス?」


先輩の声が、ほんのわずかに上ずった気がした。


「だって、甘いもの食べたくなるじゃん、春って」


「お前、年中甘いもん食ってるけどな、俺甘いもの苦手だし」


「むぅ~、いまのは“可愛い”って言ってくれる場面だったのに~!」


「可愛いは、自分で言うもんじゃない」


「くっ、冷静なツッコミ……!」


そんな軽口を叩きながらも、私の心はどこか落ち着かなかった。

理由は、わかってる。


――今日、聞かなきゃいけない。


あの時の「どっちでも」って、どういう意味だったのか。

練習のこと? それとも……もっと、違う意味?


勇気を出して、聞いてみようって決めていた。


***


アイスを片手に並んで歩く道は、妙に心臓の音が大きく感じられた。


「なあ、茉莉奈」


「……ん?」


「あのさ。こないだ、あの“オムライス”の時」


先輩が唐突に切り出す。


「うん」


「……実は、ちょっと照れてた」


「……へ?」


「ケチャップで文字とか、初めてだったし、なんか……こう、ぐっと来たっていうか」


「え、えぇ!? うそ、ほんと!? 先輩がぐっと来たの!? そんなこと、あるの!?」


私が目を丸くすると、先輩は微妙に顔を背けながら、ぽつりと呟いた。


「……俺だって、男なんだけど?」


「……へ?」


「あんま、可愛げ爆発させんなよ。困る」


ぐさぁっ。


その一言で、アイスの甘さなんてどっかに吹き飛んだ。


「ちょ、ちょっと待って、何それ! 今のセリフ、反則でしょ! なんなの!? 先輩、そんなキャラだった!?」


「いや、だから俺、男だって」


「そ、それは知ってるけど!? なんか、その、無自覚にドキドキさせないでよ!!」


慌てふためく私を見て、藤井先輩が珍しくクスッと笑った。


「……お前のそういうところ、可愛いよな」


「う、うそだ……今日は絶対、熱でもある……!」


「ほら、手、冷たい。触ってみろよ」


「えっ、う、うん……」


差し出された手に、おそるおそる自分の指を重ねる。

――あったかい。


私の指先はまだ少し冷たかったけど、先輩の手はびっくりするほどぬくもりにあふれていた。


「ほらな、冷えてる。ちゃんとあっためろ」


「…………」


言葉が出ない。


その手のひらの温度は、まっすぐすぎて。

伝わってくる優しさに、どうしようもなく胸が高鳴る。


(……藤井先輩って、こんな人だったんだ)


冷たくてクールだと思ってた。でも違った。

照れ屋で、不器用で、それでいて誰よりもまっすぐで――


「……先輩」


「ん?」


「……私、あの日の“どっちでも”って言葉、気になってたの」


「……ああ」


「……練習の話? それとも……」


先輩は少しだけ、黙ってから。私の目を、真っ直ぐに見て言った。


「どっちも、だな」


「――えっ?」


「練習にも付き合うし、お前のことも――」


声がふっと、風に紛れて聴こえなくなった。


「え、なに!? 今、なんて言ったの!? 風のせいで聞こえなかった!」


「……お前のことも、ちゃんと見てるって、言ったの」


「……っ!」


その瞬間、心臓が跳ね上がった。


鼓動がうるさすぎて、たぶん顔も真っ赤で。

でも、そんな私を見ながら、先輩はふわっと微笑んだ。


「だから、ちゃんと自覚しとけ。俺、男だから」


「~~~~~!!!」


もうだめだ。これ以上、心臓もたない。


「け、けい、バカ……っ!」


私はアイスのカップをぎゅっと握りしめたまま、桜並木を走り出した。


後ろから聞こえる笑い声が、くやしいけど、すごく、すごく嬉しかった。


***


あの日から、世界が少しずつ変わり始めた。


相変わらず、練習では厳しいし、無愛想なときもある。

でも――


「ほら、背筋。猫背になってるぞ」


「も~、そういう言い方やめてよ~! もうちょっと優しく!」


「……頑張ってるの、知ってる」


「……へ?」


「お前は、ちゃんと見てる人がいる」


そのひと言だけで、私は何度でも、頑張れる。


桜が散っても、想いは散らない。


そして、きっとこれからもっと――甘くて、くすぐったくて、胸がぎゅっとなるような日々が始まる。


「ギャップと鼓動と、彼の手の温度」――

それは、私の恋の温度。

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