目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第25話「制服とポニーテールと、その視線の意味」

「慧~っ! 今日の私、ちょっと違うのわかる?」


「うるさい。朝から声でかい」


「え~、いいじゃん! だってせっかく髪型変えたのに、反応なかったんだもん!」


「……ちゃんと、見てたよ」


「……へ?」


朝の通学路、制服のスカートが風になびく中、慧はぼそりとそう言った。


「ポニーテール、似合ってる」


「~~~っ! うそっ、ほんと!? え、え、やば、今日たぶん記念日だよこれ!」


「勝手に記念日作るな」


「もう、慧のそういうとこほんとズルい~!」


私は顔を隠すように両手を頬に当てて、くるくるとその場で回った。

きっと今の私は、陽の光よりまぶしい。いや、うるさいだけかもだけど。


それでも――慧が「見てくれていた」って、それだけで、朝から心がぽわぽわして止まらなかった。


***


放課後。


体育館裏の自販機前。

ふたりだけの、いつもの場所。


「なあ」


「ん?」


「なんでポニーテール?」


「えっ、えーっと……えへへ。慧、髪、結んだ方が好きかなって……」


小声で呟くと、慧の表情が一瞬だけ止まる。

その顔がほんの少し赤くなったように見えたのは、たぶん陽のせいじゃない。


「……そんなことで、髪型決めんの?」


「そんなこと、って言わないでよ~。こっちは勇気出して結んだんだから!」


「……」


「そりゃ、毎朝ちょっと面倒くさいけどさ。でも、慧が少しでも“いいな”って思ってくれるなら、頑張っちゃうっていうか」


自販機のペットボトルを両手で抱えたまま、私はじっと慧を見つめた。


「……なに?」


「慧ってさ。甘いの苦手なのに、私のこういうベタ甘っぽいの、ちゃんと聞いてくれるよね」


「……」


「もしかして、私のことだけは“甘くてもいい”って思ってるとか……だったりして?」


「……調子に乗るな」


慧は視線をそらしながらそう言ったけど、その耳はほんのり赤かった。


(ずるい……そうやって無表情に言いながら、ちょっとだけ照れてるの)


そんな慧の“ギャップ”が、私はたまらなく好きだった。


***


それから、ふたり並んでベンチに腰かける。


「今日さ、剣王会の練習、ちょっと早く終わったの」


「ん」


「で、部室でひとりで道着たたんでたら、誰かの視線感じてさ」


「……視線?」


「そう。ほら、慧も知ってるでしょ? あの、新しく入ってきた後輩のギャルっぽい子」


「……柏木、か?」


「そうそう! 彩乃ちゃん。あの子、私のことよく見てるんだよね~」


「……」


「今日も言われた。“センパイ、最近マジで女の顔っすね”って」


「……何それ」


慧の眉がピクリと動いた。


(あ、ちょっとムッとしてる……?)


「でね、“やっぱ、センパイって慧先輩のこと、好きなんすか?”って聞かれて――」


「――答えたのか?」


慧の声が、ほんの少し低くなる。私は慌ててペットボトルを抱きしめるようにして答えた。


「えっと……その……」


(言ったよ、“たぶん、そうかも”って)


でも、口にするのがなんとなく恥ずかしくて、私は小さく頷くだけにとどめた。


慧は黙っていたけど、隣で微かに唇が緩んだ気がした。


「……彩乃、あんま調子乗らせんなよ」


「えっ、なんで?」


「……お前にちょっかいかけたら、めんどくさい」


「もしかして、焼いてる?」


「焼いてない」


「焼いてるでしょ?」


「焼いてない」


「ふふ、慧、かわい~!」


その瞬間、慧の手がふっと私の頭に伸びて、ポニーテールをぽん、と軽く叩いた。


「似合ってる」


「……っ!」


ふいの言葉に、心臓が跳ねた。


(うわ、ずるい……また急にそういうこと言う……)


私はうつむいて、膝の上に置いたペットボトルを握りしめる。


「……慧って、ずるいよね。甘いの苦手なはずなのに、私にはちゃんと甘いんだもん」


「お前には、別腹ってやつだ」


「それ、スイーツじゃん!」


ふたりでふふっと笑い合う。

春の風が、ポニーテールをふわっと揺らした。


(視線の意味なんて、もうわかってる。だって慧の目は、いつだって――)


私の“今”を、まっすぐ見てくれてるから。


***


その日の帰り道。


私は、ちょっと背伸びして、慧の袖をきゅっと引っ張った。


「ねえ、慧」


「ん?」


「今日のポニーテール、気に入ってくれた?」


「……ああ」


「じゃあさ、また明日も、見てくれる?」


「……」


ほんの数秒の沈黙。


そして、ふいに――


「毎日、見てる」


小さな声だったけど、しっかり届いた。


私の心臓が、音を立てて跳ね上がる。


(やばい……今、呼吸忘れそう)


「……慧、今日も反則だよ」


「お前がしかけてきたんだろ」


「ん~~~、でも……やっぱ、慧が一番好き!」


「……知ってる」


その言葉に、私はもう、何も言えなかった。


制服姿のまま、ポニーテール揺らして、全力で走って帰った。


顔が熱すぎて、春風なんて冷たく感じる暇もなかった。


――“彼の視線の意味”、それはもう、とっくに知ってる。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?