~制服のまま、ふたりきりの教室で~
放課後の教室は、文化祭準備の熱気が去ったあとの、静かな余韻に包まれていた。
誰もいないはずのその空間に、私と慧だけが取り残されている。
窓から射す西日が、彼の後ろ姿をやわらかく照らしている。
「……ポスター、貼り忘れてたって言ってたの、嘘だった?」
慧が、黒板に向かっていた背をゆっくりとこちらに向ける。
ドキリと胸が跳ねる。
無表情なのに、なんでそんなに人をドキドキさせるの、この人は……。
「嘘じゃない。……けど、お前が来るかなって、少し思った」
「……バカじゃん。なんでそんなことで賭けみたいなことすんの」
「来たじゃん」
慧は、ゆっくり歩み寄ってくる。
「……そっちこそ、なんで制服のままなんだよ」
「文化祭の係のことで、先生に呼ばれてただけだし……慧こそ、まだいたの?」
「……お前、来そうだったから」
繰り返すように、彼はそう言って、小さく笑った。
いつもの無口な慧からは、ちょっと想像できないくらい、柔らかい笑み。
「……なんか、最近の慧、ちょっと変わった」
「俺も思った」
「え?」
「お前のせいで」
「…………は?」
「お前と話すと、変になる。たぶん俺、恋してる」
――どんっ。
頭の中で、雷でも落ちたみたいな音がした。
時間が止まったような気さえした。
慧が……慧が、今……。
「ちょ、ちょっと待って! それって、ど、どういう――!」
「付き合ってほしい。俺と」
その言葉に、心臓が追いつかない。
呼吸も、まばたきさえも、どこかに忘れてきたみたい。
慧の瞳は、ただまっすぐ私を見つめていた。
冷たいようで、あたたかい。
怖いようで、優しい。
まっすぐで、真剣で、逃げ道のないその目に――私は、完璧に落ちていた。
「……ほんとに、私でいいの?」
「他に誰がいるんだよ。剣も下手、天然で、騒がしくて……」
「ちょっ! 言い方!!」
「でも、まっすぐで、明るくて、俺にないものをいっぱい持ってて……好き」
最後の一言に、もう胸が壊れそうだった。
顔が熱い。手も足も震えてる。
それでも――
「……私も、慧が好き」
小さく、だけど確かに言えた。
この想いが、嘘じゃないって証明するみたいに。
慧が、ほっとしたように息をついた。
「……じゃあ、いい?」
「……な、なにが?」
「俺、男なんだけど?」
「……それ、今言う!?」
「……キス、したいんだけど」
「~~~っ!?」
もうダメだってくらい、顔が真っ赤になった。
でも、逃げなかった。
むしろ、じっと見つめ返した。
「……いいよ。慧なら」
次の瞬間――
制服のままの私を、慧がそっと抱き寄せる。
細くて、でもあたたかくて、強い腕に、全身が包まれる。
そして。
触れるか触れないかの距離。
視線が、そっと絡まる。
「……目、閉じて」
囁かれて、素直に目を閉じた。
やさしく、そっと。
ほんの一瞬――けれど永遠みたいな、やさしいキス。
触れた唇は、ほんのり苦くて、でも――私の心を、甘く溶かしていった。
***
「……文化祭、楽しみだな」
「緊張するくせに」
「だって慧と一緒なんだもん」
「……甘すぎ。糖尿なる」
「慧、甘いもの苦手だもんね」
「……でも、お前のことは……好き」
「……私も、好き。慧のこと」
赤く染まった教室の片隅。
制服と、ポニーテールと、彼の手の温度――
すべてが、初めてなのに懐かしい。
甘くて、ちょっと切なくて、でも幸せな時間。
そう、これは私たちの青春。
始まったばかりの、恋の物語。
完