「ふぅ、行ったか」
「そうみたいだね」
茫然自失のアルジムを騎士達が連れて帰るのを見届けた野次馬達は、関心が失せたようなにその場から次々と立ち去った。
そして、剣吞な雰囲気が包まれていた広場は、いつもの穏やか雰囲気を取り戻していた。
「全く、騎士が平民に剣を向けるなんてあってはならないことだということを忘れたのか?」
(これはいっそ、騎士見習いから出直しか?)
アルジムの愚行に悪態をついたメストは、当事者である親子と木こりに対して、シトリンと共に深々と頭を下げた。
「「この度は、大変申し訳ございませんでした」」
2人の騎士からの謝罪に、木こりと親子が思わず言葉を失った。
すると、頭を上げたシトリンが3人にお願いをした。
「そのことで、お3方に聞きたいことがありますので、よろしければ騎士団まで来ていただいてもよろしいでしょうか?」
「騎士団ですか!?」
声を上げる母親に、メストとシトリンは互いにアイコンタクトを交わすと、今度はメストがお願いを口にした。
「あの、無理でしたら遠慮なく仰っていただいても構いません。ですが、私たちとしてもあなた方に剣を向けた騎士に対しての処罰を考えないといけないものですから」
「は、はぁ……そういうことでしたら」
メストの言葉で納得した母親は、困惑しつつも腕の中にいる息子と立ち上がった。
すると、用は済んだとばかりにレイピアを鞘に収めた木こりが、さっさとその場から立ち去ろうとした。
「あの!」
その場を去ろうとする木こりに気づいたメストが慌てて声をかけると、足を止めた木こりがメストに冷たい目を向けた。
その瞬間、メストは胸の奥から何かがこみ上げてくるのを感じた。
(あれっ? 何だ、この
「何ですか? 事情聴取でしたら応じませんよ。どうせ、あなた方の茶番ですから、付き合う時間が勿体無いです」
「『茶番』って、私たちは事実を確認しようと……」
「でしたら、事情聴取でしたらそちらにいる親子だけで十分じゃないですか。当事者なんですから」
「それを言うなら、あなただって……」
「それでは、私は急いでいるのでこれで失礼します」
「ちょっ……!」
(今回の件で一番の重要人物なのに、どうして……)
引き留めようとするメストを無視した木こりは、今度こそ立ち去ろうと一歩を踏み出した。
その時、大人達の会話をポカンとした顔で見ていた少年が、木こりの細長い手を引いた。
「木こりの
満面の笑顔でお礼を言う少年に、木こりはアイマスクから覗いていた目を一瞬だけ丸くした。
そして、僅かに口角を上げた木こりは、少年の小さな頭を軽く撫でるとその場を後にする。
そんな2人の見ていたメストは、少年の笑顔を見て僅かに表情を綻ばせた木こりに、ほんの少しだけ
◇◇◇◇◇
「どうやら、追って来る気は無いようね」
そこには、大勢の人達で賑わう穏やか光景が広がっていて、木こりを追いかけてくる騎士達の姿は
満面の笑顔でお礼を言う少年に、木こりはアイマスクから覗いていた目を一瞬だけ丸くした。
そして、僅かに口角を上げた木こりは、少年の小さな頭を軽く撫でるとその場を後にした。
すると、店主の奥さんが店の奥から顔を出した。
「すみません。突然、荷馬車を置いて行ってしまい」
「良いのよ! 私たち平民にとって、木こり君は唯一騎士様と渡り合える人なんだから!」
「はぁ……」
(よく考えたら、今の平民が騎士と渡り合うことなんて無理なんだよね)
安心した奥さんの顔を見て、木こりは腰に携えているレイピアの柄をそっと握り締める。
「それで、今回も厄介な騎士様は退治出来たの?」
「『厄介な騎士様』って……」
「本当じゃないの! 私たち平民にとって、騎士と貴族は厄介な存在じゃない!」
「はぁ、まぁ……」
(そう言えば、この店の奥さんって厄介ごとの話が大好きだったわね)
目をキラキラさせる奥さんに、15歳にしては妙に大人びている木こりは、内心で苦笑した。